第4話 撤退戦の始まり


 6月26日。


 ついに、アステカ軍による激しい攻撃が始まった。

 夜明けともに、雨のように石投げ器で石を打ちかけてくる。王宮全体が激しい音に包まれた。


 窓や壁から顔を覗かせれば、狙いすました槍がすぐさま飛んでくる。アステカ人は百メートルの距離で、正確に獲物を打ち抜く槍投げ術を持っていた。


 そこに、まさに豪雨のように矢が降り注ぐのである。

 コルテス軍は、一歩も外に出ることができず要塞化した王宮に釘付けになるしかなかった。

 コルテスは、まず王宮内の戸板や柱、木という木を集めさせた。湖上の首都テノチティトランからの退却で、困難なのは陸地へ続く堤道の切れ目だった。


 元々、首都防衛のために堤道は何ヶ所もわざと橋を架けて、たやすく切断できるようにしてあった。今では、すべての橋が落とされている。王宮から見ても、すでに五ヶ所の切れ目ができているのだ。


 その上湖には無数のカヌーがひしめき合い、武装した戦士を乗せている。


 堤道の補修と防衛に、デ・オルダスという副官を三百名の兵と小銃手と射手を向かわせた。


「オルダス殿、アステカ軍の強襲を受けて負傷。部隊の被害甚大。撤退いたします」


 出撃してすぐ、伝令がコルテスの執務室に駆け込んできた。


「全砲門開け。大弓射手隊、前へ。アステカの追撃からオルダスを守れ」


 結局、死者二十名。負傷者は百名を超えた。

 堤道にたどり着くことさえ、できなかったという。

 大損害である。


 守備兵を除いて、一度に投入できるほぼ最大戦力でさえ、この結果だった。


 王宮の各所に火がつけられ、突破口からは無数の勇士がなだれ込んでくる。水路からも王宮に侵入しようとしてくる。夜になっても、死闘は続いた。


 翌日。翌々日も激しい死闘が続いた。


「イタリア、フランス、トルコへの戦争に従軍した兵士が言っております」


 戦闘がいったん落ち着いた深夜。

 やつれ、まぶたに大きなクマを作ったディアスが言った。


「いかなる砲兵戦でも、これほどの激烈な戦闘は経験したことがないと」


「そうであろうな」


 かすれた声でコルテスも答えた。アステカ軍の隊列は、どんなことがあろうと密で崩れない。一人一人が、まさに一騎当千の勇士で、向かい合うとこの上ない畏怖の感情を引き起こされる。


「今となっては、もう遅いがアステカ人は尊敬に値する人々だったな」


 朝日を受けて輝くテノチティトランを初めて見た時は、神話の国が実在したとさえ思ったものだ。


 大市場で売買される布や食べ物、あらゆるものが上質で、整然と並べられて売られていた。

 町は活気にあふれ、歌と踊りで賑わい、それでいて規律は遵守され、酔っ払い一人いなかった。


 人々は、一人残らず誠実で温厚で、約束は絶対に守る。

 腹を空かせている者には、必ず食べ物をやり、転んだ者には手を差し出す。

 物を大切にし、一つとして無駄にしない。驚くべくことに、スペインにはなかった公衆トイレという施設が至る所にあり、町はもちろん湖もどこも綺麗で輝いていた。


「我々は、彼らとこそ、よき友人にならねばならなかったのかもしれぬ。彼らは、礼節を常にわきまえた紳士で、蛮族などでは決してなかった」


 

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