第7話 ボス 【ゴブリン退治】クライマックス

「リュウカ、ちょっと待ってほしいのだわ!」


 辺りを警戒しながら進んでいくリュウカを、ミラリアが引き留めた。『これを見て欲しいのだわ』と言って指したのは、獣道の中でも比較的植物の量が少ないあたり。


 いったい何を見つけたというのか。リュウカも近くで確認してみると――


「……ゴブリンの足跡だ。こんなに分かりにくいものを良く見つけたね」


「えっへん! 狩りをするのに獲物を追うときは、足跡や糞を探すのが基本って教わったもの! 注意深く見たら移動の痕跡が残っているし、やっぱりだと思ったのだわ!」


 これぐらいのことならお手の物。斥候スカウトとして遺憾なく能力を発揮するミラリア。ただ、足跡は見つけたものの、それが標的であるゴブリンのものかハッキリしないためにリュウカを呼んだのである。


「小さな足跡……これがゴブリンの足跡なのだわ?」

「そうだね。これは……三匹分ってところかな」


 どうやら本格的に近づいてきたと確信した二人は、更に警戒しながら森の奥へと進んでいく。それにつれて、足跡を見かける回数も増えていた。どうやら同じ三匹が頻繁に往来を繰り返しているようで、これ以上に数がいるとは考えにくいというのがリュウカの判断だった。






「……どうやら、ここがゴブリンたちの棲んでいる集落跡みたいだ」


 慎重に進み続けて十分程度。ようやく見つけたゴブリンの棲家は、木々の刈り取られた開けた場所にあった。ゴブリンたちは、なにやら戦闘訓練の真っ最中のようで、立てた丸太に武器を打ち付けていた。


「やっぱり、リュウカの言った通りなのだわ。あの三匹だけみたい」


 訓練をしている二匹を見ながら、後ろで武器を磨いていたゴブリンがいる。他の個体に比べて少し大柄な様子で、あれがどうやらリーダー格のようだった。


 数では向こうが勝っているが、まだ相手にできない数ではない。むしろ、思っていたよりも小さくて弱そうだ、というのがミラリアの感想。ただ、どのゴブリンも武器を持っており、決して油断のできない相手なのは確かである。


 特にリーダー格の持っている武器は、他に比べて綺麗なもの。刃に錆びなどなく、時間をかけてしっかりと磨かれていたことが伺える。恐らく切れ味は抜群、もしも受けてしまえば――と、ミラリアはごくりと唾を飲み込む。


「不意打ちを仕掛けるには、少し場所を探す手間がかかりそうだね……」

「それなら正面突破しかないのだわ! 気を引き締めていくだわよ!」


 意気揚々とゴブリンたちの前に躍り出る二人。突然の襲撃に慌てた相手に対して、うまく攻撃をしかけることができていた。


「ギギィ……!? ギギッ!!」

「キーーッ!!」


 なにやら蛮族特有の言語で会話しているが、ミラリアにはただの鳴き声しか聞こえない。


「僕らのことを敵として認識しているみたいだね。リーダー格が部下に命令しているよ、まずはお前らでかかれってさ。……ということは、あとから仲間が来る心配もないってことかな」


「リュウカ、汎用蛮族語が分かるのだわ?」

「ある程度は、だけどね。そんなに複雑な言語でもないし、覚えるのはそう難しくはなかったけど。……ティダン神官として、蛮族を倒すのに覚えといて損はないから」


 学者セージとして様々なことを学ぶ上で、他の種族と話せるようになりたい。他の種族が書いた本を読んでみたい。そういった欲はあったものの、まずはなにより神官としての使命と責任を果たすべく。リュウカは自身の敵である蛮族の言葉を解することを優先した。


「こういうところで役に立つからね……!」


 リュウカが祈りを捧げて神聖魔法を行使する。神聖なる守りの加護、防御の基本となる神聖魔法。フィールド・プロテクションがミラリアの身体を包む。その防御力は微々たるものだが、それで一命を取り留めることだってある。


 まだまだ新米の神官プリーストであるリュウカ。使える魔法も限られており、攻撃面ではまだまだ力不足なことを彼は理解していた。これから自分はどう立ち回るべきなのか、頭の中で何度もシミュレートを繰り返していた。


「ありがとうなのだわ!! まずは一匹ずつ確実に片付けるのだわ!」


 リーダー格は後方で高みの見物を決めている。あまりに部下二体との戦闘がまごついてしまうと、最悪の場合は三体を一度に相手にしなければならなくなる。まだ、多少の油断が残っているうちにさっさと片付けておきたい二人。


「やああぁぁぁ!!」


 間髪入れずに部下であるゴブリンの片割れへと剣を振るう。動きは俊敏だけれども、攻撃が当たらない程ではない。攻撃は上手い具合に命中し、ゴブリンの血があたりへと散る。ヒトのものとは違う、薄黒い緑色をした独特の血液である。


 初撃からなかなかの深手を負わせることができ、『なんだ、私もなかなかやれるものなのだわ」と内心では安心するミラリア。しかし、ゴブリンからの反撃もなかなかそう侮れる様なものではない。


 知能が低いこともあり、連携もとれていない。――が、複数の蛮族との戦いに慣れていないこともあり、なまくらの武器だろうとミラリアに傷をつけていく。


 リュウカの回復魔法を挟みながらも確実にゴブリンの一体を倒したところで、リーダー格のゴブリンが重い腰を上げた。他に比べてしっかりと磨かれた鋭利な刃。片手サイズの小さい斧だろうと、十分な脅威だった。


「ゴブリンなんかに……負けるわけにはいかないのだわ!!」


 そう己を奮い立たせるミラリアだったが――


「危ない、ミラリアっ!!」

「ぐぅっ……!?」


 会心の一撃ともいえる凶刃が、ミラリアの身体を襲った。腹を深々と抉る刃。鋭い痛みと共に、サァーと血の気が引くのを感じていた。


 理解していたつもりでも、全然分かっていなかった。

 楽しいことばかりじゃない。痛いことだって当然ある。

 “死”という言葉が頭をよぎった。


 決して遊びなんかじゃない……。

 これが、冒険。危険を犯すということ。 


「このままじゃ危ない! 一旦下がるんだ!」


 ミラリアが深手を負ったことに、リュウカも胸を締め付けられる想いだった。


 命の儚さなんて、人も花もそう変わりはしない。摘み取られればあっけなく、その色を失いゆく様なんて、教会にいればそう珍しくものでもない。今日は誰が、明日には誰が。死にゆく命の一つ一つへ祈りは捧げても、引っ張られてはならないと教会では教えられた。それはいつか自らを引き摺り込む危険を孕んでいるから。


 そうしてまた、目の前で一つの命が刈り取られつつある。


 この胸の痛みはなんだろうか。自らが傷を負ったわけでもないのに。


 他の者の死とは違う感覚。それは――リュウカの中で、ミラリアが特別な存在だという証明でもあった。その腕に、その背に、自らの命もかかっている。それだけではない。損得勘定ではない、ただ彼女を失うのは嫌だという気持ちが、リュウカに胸の内で熱く主張する。


(どうする……)


 まだ相手は二匹。リーダー格のゴブリンは弱ってはいるが、まだ部下の一匹は無傷の状態だった。どこからどう見てもピンチな状態に、リュウカは額に汗を滲ませながら『どうするのが一番なのか』と頭をフル回転させる。


 マナもあと僅かしか残っていない。……彼女の体力を回復させるべきか、それとも自分も前線に加わり敵の数を減らすべきか。


(どうする……!?) 


 どちらも不確定な要素が多く、確実に勝利を掴めるとは限らない。一寸先は死のこの状況で――リュウカは奥歯を噛みしめながら、武器の柄を強く握った。


「これ以上ミラリアを傷つけさせはしない……!」


 それはほぼ突進と言っても差し支えのない、全身全霊の一撃だった。リーダー格のゴブリンへと深々と突き刺されたファストスパイクは、確実に急所を捉えており、抵抗することもなく相手は絶命する。


ギギギギタオス、ヨクモ……!」

「……そんなに怒らないでよ」


 残った部下ゴブリンは、目の前の敵を倒そうと躍起になっていた。一直線に狙いをつけ、手にした剣を振り下ろす。――が、単調になった攻撃はリュウカの身軽な動きいついて行けず躱される。


「こっちはもっと“はらわた”が煮えくり返ってるんだ」


 攻撃に集中していたゴブリンには、大きな隙が生まれていた。それを見逃すリュウカではなく――防御ががら空きになったところに、すかさず鋭い一撃を見舞う。


 ゴブリンはこれまで無傷。リュウカの持つファストスパイクでは息の根を止めることはまずできない。己の役割は十分に承知しているからこそ――仲間を信じて最後の一撃を託す。


「ミラリア! とどめを!」

「やああああぁぁぁ!!!」


 息も絶え絶えになりながら、ミラリアは剣を振るった。


 もはや、構え方も振った後にどう動くのかも考えてはいなかった。痛みもそれほどに感じないほどに興奮していたこともあっただろう。殆ど無我夢中になりながら、ゴブリンめがけて全力の一撃を放つ。


 それは偶然か。運命の女神が味方したのか。

 ゴブリンの急所を捉えた攻撃は、寸分たがわずゴブリンの首を刎ねた。


 血しぶきを上げながら、ゆっくりと死体が倒れていく。ミラリアはそれを茫然と見つめ、リュウカは息を切らせながら花が血を浴びないように腕で守る。


「か、勝った……?」


 戦闘の余韻はしばらく続き、ふと我に返ったようにミラリアが声を上げた。


「やった……! 勝った! 倒したのだわ! アタシたち二人でゴブリンを!!」


 心は喜びでいっぱい。本当ならば飛び跳ねたいぐらいのミラリアだったのだが、どうにも足には力が入らない。それもそのはず、リーダー格のゴブリンによってつけられた傷は大量の出血を呼びこみ、ミラリアのクロースアーマーは半分以上が赤く染まっていた。


「ミラリア、動かないで! 凄い怪我をしているんだから!」

「へへ……ちょっと無茶しちゃったかな……」


 体に力の入っていないミラリアをその場に寝かせ、リュウカは急いで治療を行う。リュウカ自身の消費も激しく、マナは殆ど残っていない。よくやっても治療の為の魔法を唱えられるのも一回が限度だろう。


「神よ……! ティダンの太陽神よ――」


 祈る。ひたすらに神へと祈りを捧げる。

 ミラリアの元気になった姿を想像しながら、全身全霊で。


 しかし――傷を覆った両手からは陽の光どころか、一切の熱も感じられない。当然、ミラリアの腹部には大口を開けた傷口が残ったままだ。魔力だけが消費され、魔法は不発に終わっていた。


「駄目だね、こんな心配をかけるような戦い方じゃ。もっとお金を貯めて、いい装備を買って……」


 ミラリアは天を仰ぎながら、まるでうわ言のように後悔の言葉を口にしている。


「……昔から、何かをやろうとしても空回りすることばかりだったのだわ。だから村のみんなも、アタシには呆れちゃって――」

「くそっ、僕ももうマナが……!」 


 依頼主のいる村まではそう遠くないが、リュウカ一人でミラリアを抱えて移動するのは難しい。かといって村まで行って助けを呼んでいては、ミラリアの体力が保たない。


 焦りながら何か手はないかと考えている中で、まるでリュウカの心を反映するかのように、落日に辺りは段々と暗くなっていく。『太陽が無ければ、僕は生きてはいけない』といった言葉そのままに、彼の身体からも力が抜けていく。


「ミラリア……死んじゃだめだ……!」


 今日であったばかりの関係だけれど、一緒に組んだ仲間として、同じ時間・体験を共有した者として、決して死なせるわけにはいかない。得たばかりの様々な思い出が、リュウカの中で次々に浮かんでくる。


 ギルドの前で初めて出会って、無茶苦茶な理由で組むことになった。その時はまだ、『変な人だ』としか思っていなかったけど――道中で様々な話をしたことで、それほど悪い印象も無くなっていた。


 空回りをすることだってあるが、それは彼女が彼女なりに頑張っている証拠なのだ。全力で何かに打ち込んで、全力で何かを楽しんで。そして嬉しいことがあれば全力で喜ぶ、そんな姿にどこか惹かれていたのかもしれない。


(そうだ。あの石切りの時だって――)


「…………!」


 思い出を振り返る中で、何かをひらめいたリュウカ。


「――そうだっ、あの時もらった石が……!」


 それは石切り少年からもらった綺麗な石だった。それを受け取ったミラリアから、プレゼントとしてもらった石。その魔晶石は、使


「神様……! どうかミラリアを……ミラリアを助けてください……!」


 薄暗いなかで、やんわりとリュウカの手元に光が灯る。太陽神ティダンによる恩恵。その陽光の恵みは癒しの波動となり、じわじわとミラリアの傷を癒していく。失血と痛みに青ざめていたミラリアの顔に、徐々に赤みが戻ってきていた。


「……だいぶ楽になったのだわ。ありがと、リュウカ」


 まだ脂汗をかいているものの、身動きができるぐらいにまでは回復していた。もう少し休めば、歩いて移動するぐらいにはなるだろう。その様子を見て、ようやくリュウカも安心して一息吐いた。


「君は……危なっかし過ぎる」


 ミラリアの両手を握りながら、俯くリュウカ。決してその表情を見せまいと、深く頭を垂れる。安堵に緩んでしまったのか、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「もうやめたい、なんて言わない。でも、君が危ない目に遭うのは嫌なんだ。……だからせめて、君が満足するぐらいお金を貯められるまで――それこそ、装備も家も手に入れられるまで手伝ってあげたいと、そう思ったんだけど……。君はどうだろうか」


「え、それって……」


(実質、プロポ―ズみたいなものなのだわ……! やだー! 心の準備が!!)


「そ、そりゃあ、リュウカとこれから先も冒険を続けられるのは嬉しいのだわさ。……でも、いろいろなことで困らせちゃうかもしれない。それでも愛想を尽かせたりしないって、約束してくれるのなら……」


 あれだけ言っていたのに、血だらけのボロボロな状態になってしまって。

 流石に今回ばかりは見捨てられると思ったのだ。


 誰だって自分の命は大切だ。こんな女に巻き込まれるなんて、と見捨てられても仕方ないと、ほんの少しだけ考えてしまったのも事実。こうして命を助けてもらえるだけでも、恵まれているのに、向こうからまだ続けてくれると言ってくれるなんて。


「……構わない。キミは僕にとって、太陽のようなものだから。これからも明るいままで、僕を照らしてほしい。……これは憧れなのかもしれないし、安心なのかもしれない。不思議なことに、キミといると元気が出てくるんだ」


「あの……えっと……」


『だから、できることなら、一緒に冒険を続けてほしい』と顔を上げたリュウカに対して――ミラリアは顔を赤らめながらこう答える。


「それじゃあ……これからも、末永く……よろしくお願いします、なのだわ!」






 リュウカに腕を借りながらも、なんとか歩くことができるようになったミラリア。少し時間がかかったものの、途中で魔物に遭遇することもなく、依頼人であるオルガーのいる農場へと辿り着く。


「なんと……たった二人でゴブリンの退治を……!? ありがとうございます。どうぞ、中にお入りください! すぐに飲み物を持って来ましょう」


 ゴブリンたちの持っていた武器を証拠として持ってきた二人に、オルガーは驚きの声を上げた。そして二人の疲弊具合にとても驚くと共に、感謝と尊敬の気持ちを示していた。


「そんなボロボロの状態では、アゼルへと戻るのも大変でしょう。最低限のものしかありませんが、部屋は十分に空いております。今日はここに泊まってください」


 魔物や蛮族に襲われる危険のない、“安全”な場所。暖かくて落ち着く、飲み物や食べ物だってある。人が生活しているという、なじみ深い空気。


 たった数時間の冒険なのに、ミラリアにとってはそれが数日ぶりのように思えた。数日前までは自分にとっての当たり前の場所だったが、これからはそうではなくなる。なぜなら、彼女たちはもう“冒険者”なのだから。


「これで任務完了なの……だわ……」

「ミラリアっ!?」


 任務をやり遂げた達成感に、ようやく気が抜けたミラリアは――その場でパタリと倒れてしまったのだった。

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