第3話

「さて、カズラと言ったか……」


 連れてこられた場所は最初に街を見下ろした丘だった。美しい花々が足元から香る最中、葛の表情はやはり曇ったまま。一体、何をさせられるのかとたどたどしさの中、女騎士と向き合う。


 「今、君には二つの選択肢がある。一つはハナビトとしてこの世を変えるか――」

 「この世の糧としてなるか」 


 先程の老人と同じ面付きで、一向きその刃が首元へと突き付けられた。突然、刃が向けられた事で酷く怯え、勢いよく尻餅を付く葛は手元にあった本すらも転げ落ちてはただただ寒気立ち、そして涙を流す事しか出来なかった。

 殺される。かもしれないそんな恐怖が花園の中で包む中、葛は一思いに呼吸を整えて、押し殺した言の葉を生み出す。


 「あの、何で……」


 ただ、それしか言えなかった。


 まだ、齢十八もいってない葛にとって、それ以上の言葉など出る訳が無かった。

 身体の内に秘めたものは、恐怖一筋であり、疑問視と言葉が出た事さえむしろ驚きに等しい。


 「……君はまだ良い方だ」


 怯えた葛を見て、物哀しさの瞳で見つめる女騎士は、酷く重い溜息を突いた。


 「分かった。ちゃんと君にも今の状況を伝えよう」


 突き付けた刃は、左にある帯越しと仕舞われ、尻餅のついた葛の隣へと騎士は座る。


 「さっき、司祭様に渡された本を読んで欲しい。何、君が読めない言語では書かれてないだろうから安心してくれ」


  女騎士はそういうと、葛はすぐさま先程落とした本を拾い上げて、本の留め具を外し中を見る。

 萎れた紙が如何にも古代の本として様相を呈してる中、一つの大きな花の絵が出てくる。


 「それがハナビトだ」


 絶句する他無かった。いや、それ以前の問題だったかもしれない。

 書かれている内容、そこから照らし出される文字の意味は至って簡単だった。


 ハナビトとは贄であり、そしてこの世界の先天である太陽の移り変わりとして未来永劫、ここで――

 死ねない身体に成れ と言う事だったのだから。


『よくよく考えておいてくれ。何、決断は何時でも構わない。勿論だが、元の世界に帰る為に必死になっても良い。その時は、敵だがな』


 丘の上で、最後の聞いた言葉。それは、葛にとってはただ残酷で、言い換え難い不安の塊でしかなかった。

 別世界に来たと思えば、変な男からは突然合格通知を貰い、いざ花に誘われて街の中へと行けば、お前には贄となるか、死ぬかを選べと言われた。

 勿論、決めようの無い二者択一を促された所で、決める事も出来ない。ただ、泣く事しか出来なかった葛を、女騎士は


 『一ヶ月の間は、考えて貰って構わない。宿代は私の名を出せば良い。後、お金も渡しておこう。もし追加で欲しい時は私に言って欲しい。礼拝堂に来てくれれば良い』


そう言い渡されたのは、見た事の無い通貨。正直、投げ捨てたかったが、投げた所で変わる訳でも無い。仕方なく受け取り、そのまま丘から街へと走ってきてしまった葛。

 

 「何なのよ、もう」


 近くの宿が何処なのかも、分からず、ただただ延々とうろうろとする中、先程の花屋の店主が葛を見つけ、声を掛けてきた。


 「あ、お嬢ちゃんじゃないか――ってどうしたんだい?そんな暗い顔して」

 「あ――――えと、宿を探してて……」

 「宿かー。それならうち宿も経営してるから、どうだい?お安くしとくよ?」


 ニッコリと相も変わらず、笑顔を絶やさない店主に対して、小さく声も出さずに頷くだけだった。

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