第4話


 不思議と不安な気持ちは消え、温かい日差しがカーテンの隙間から零れ、鳴り響くスマホにセットされたスヌーズの音に一起きする。――やっぱり、夢では無かった。起こした身体は、何処となく気怠さを覚えつつも、身支度を済ます。

 

 済ませた後は、カーテンと窓を開け、一息吸い込んだ。香る花の匂いと共に、動き出した世界が葛はこれが現実なんだと示しを付ける。


「お嬢ちゃん居るかい?朝ご飯出来上がったから持ってきたんだけど、食べるかい?」

「あ、はーい!」


 開いた窓を背にして、葛はドアの方へと向かい手を掛けた。ドアの開けた後と同時に、ふんわりと香ばしい匂いが通り抜ける。店主が持っているのは焼き立てのベーカリーとベーコンエッグらしき見た目の料理。

 

 異文化の食事がどんなものかと、少しの不安を持っていた葛だったが、その心配はなさそうだった。だが、ホッとしたのも束の間、葛にとっては嫌な相手である彼女の顔が葛の瞳に映る。


「お邪魔するよ」

「おぉ、これは騎士様、おはようございます」


 いつの間にか、そっと覗くように現れたディアラという女騎士はこちらの顔を見ては、不意に笑ってきた。


「……まだ答えなんて出せませんよ」

「分かっている。いや、何。ちょっと気になったのもそうなんだが、君はその恰好でまた出歩くのかと思ってな」


 騎士の言う通りだ。今の恰好は明らかにこの世界とは合っては居ない。何せ、突然の異世界に連れて来られた結果、部屋着のままであったからだ。

 お気に入りのパーカーに、下はスエット。学校が終わった後の部屋着のまま、この世界に来てしまったのだから、似付かわしく恰好なのは間違い無いだろう。


「だから、どうだろう?身なりを整える為、今日は市場に連れて行こうと思ったんだが……」


 対して、葛はそっと目を逸らした。


「どうやら、気乗りする様子では無さそうだな」


 残念そうにするディアラ。突然、一緒に服を買いに行こうなんて、大層な笑顔を持ち込んで言われても昨日の事を思い出せば、何か裏があるようにしか感じる他無かった。

 剣先を喉元へ、それも数ミリも無い所へと突き付けられた。葛にとって恐怖の対象として覚えるのは無理は無く、昨日今日であの出来事を曖昧に出来やしないだろう。

 

「……まぁ、カズラ。お前が良いのなら、その恰好でも左程問題無いだろう」


 失礼する。と一声掛けて、葛を背に足音を立てながら、騎士は階段を下りていく。


「騎士様と仲良くなれるなんて、君は一体何者なんだい?」


 店主が女騎士の背を見ながら、呟く。

 知らないからこそ、呑気そうに言えるだけなのは理解は出来る。だが、葛にとっては自信を贄に成れと脅迫してきた本人を尊敬の意を持つ店主が、不気味で仕方なかった。もし、彼が私を贄にしようとしていると知った時、騎士と私のどっちの味方をしてくれるのだろうか――なんて、考える必要も無かった。


「朝ご飯。食べて終わったら、そのままにしておいてくれ。後でこっちから取りに向かうから」


「分かりました」

 

 浮かない調子の顔つきで、受け取りながら、葛はドアを閉めた。


        *          *          *


 久々に食べた洋食に、舌鼓を打つ最中、葛は考えていた。この世界の事やあの時の男。何故、自分が贄にならないといけないのか。考えれば考える程、理解は追い付かない。けれども、贄になると言う、理不尽を大して良くも悪くも思えなかった。

 むしろ、必要としてくれる。やって欲しいと言われているだけ居心地良さすら感じている始末で、あの時の騎士の言動も優しさを持っての事なら……と考えていたが、流石にそれは無いと一人、首を振る葛。


 幾ら何でも、会って数時間の人に突然、死ぬか贄に成れなんて言われても、答えなんてのは出せない。そう考えながら、お腹一杯になった後の余韻に浸っていると、

トントン。ドアをノックする音がした。


「はーい」


 また、あの騎士だろうか。妙な気持ちになりつつも、ドアを開いた。すると、そこには、あの時のしゃっぽの被った男が居た。

 やぁ、また会ったね。と言わんばかりに、口元を緩ませるその男に対して、葛は驚きつつも口を出す。


「早く、私を元居た場所に戻してください」


 葛はキツメの口調で、答えた。確かに、この世界はとても美しいのは葛自身の瞳で映してきた。だが、この世界に居たいと思うかどうかと問われれば、それは違う話だ。

 この世界が見惚れる程の美しい花園があったとしても、現実世界に居る友達、家族は今、葛が居なくなった事で騒ぎになってるかもしれない。

 

「ふむ、お気に召さなかったかな?」


 とぼけた口調で、その男は言う。


「当たり前です。……というか、ちゃんと説明してください。ハナビトって何なんですか?どうして、私がそんな役目をやらなくちゃいけないんですか」

「言ったろう?君は合格した。それだけの事だよ」


 質問が答えとして帰ってきてない返事を貰い、余計に口に出そうと必死になる。


「合格ってなんですか?私がハナビトになれば、この世界が救われるから成れって言うんですか?何の為に?少しは合理的に話を――――」


 気に障った言動を貰った結果、早口になる中、しゃっぽの男は少し屈みながら、口元に手を差し伸べ、人差し指を立てながら声を出さないでとジェスチャーをする。

 

「良いかい?君は合格しただけ、ハナビトに成れとは言ってないよ」


 目線を合わせ、葛へと返事を返しては、元の高さへとスッと戻る。対して、葛は答えになってないと文句を漏らすが、男は首を振った。


「君は――どうしたいんだい?元の世界に帰って、今のようにまた自分の願いすら叶えず、かといって誰かに虐げられて奮起する訳でも無い」

「まるで君は、目的の失った機械だ。機械は誰かの指示を聞いて動く事が出来る。けれども、君は何かの目的を教えてあげないと、何も出来やしない」


「君は合格したんだ。その意味を他人に聞くなんて野暮な真似はしないでくれ」

 

 男はそう言って、颯爽と立ち去って行く。葛はただただその大きな背を見て、何も言えずで突っ立ってしまっていた。

 

 

        *          *          *


 『君は合格したんだ』 胸につっかえる様なその言葉の意味を、葛は考えていた。この世界で何が出来るのかを自分自身で考えろと言う事なのだろうが、そもそも考えるも何も何をすべきかも分かってない。


 ハナビトになって、この世界を救う?自分の現実世界へと元に戻る方法を見つける?――違う、そんなんじゃない。もっと大事な……そんな想いがあった筈なのに、ぽかりと空いたは失ったような感覚で酔いそうな感覚に襲われる。

 

「よし」


 そして、葛は決意をそこで固めた。泥団子みたいに緩い堅さだが、葛にとってはそれぐらいの決意が今、思えば良かったのかもしれない。

 "自分が何をしたいかを探そう" それが葛の決めたこの世界での事だった。


 となれば、善は急げ。ハナビトになってしまうかもしれない一か月内に見つけて、それを行動に起こさなくては。

 まずは、騎士に居る礼拝堂に向かう事にした。先程、衣類の類を整える為に市場に連れてってくれると言っていた。一ヶ月もこの街に滞在するのであれば、恰好以外にも必需品があるかもしれない。


 葛はドアを開け、礼拝堂へと足を運び始めた。


「今思えば、本当に大きな建物よね……」


 宿から歩いて、数十分。一度は来たとはいえ、やはりというかその圧倒されそうな神聖さと年月をかけて、建てたであろう建築物は二回目でも慣れない。身を翻せば、辺り一面に広がる美観。

 丘の上と言う事もあってか、爽やかに香る風が吹き、まるで歓迎してくれるような感覚にさえ、陥る。


「おや、カズラじゃないか」


 そんな情景に見とれていると、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。振り返ると、あの騎士である。


「あ……えと」


 突然、声が掛けられた為か、葛は言葉が詰まり目が泳ぐ。


「どうした?何か困った事でもあったからここに来たんじゃないのか?」

「いや、あの……ご、ごめんなさいっ!」


 突如、頭を下げて謝られ、騎士は首を傾げてしまった。葛自身も、何故謝ってしまったのかと、むしろ恥ずかしさで顔が赤くなっていき、その姿を見た騎士はくすりと笑ったと思えば、そのまま吹き出してしまう。


「ち、違うんです!まだ、ここに慣れなくて!それで上手く言葉を出せなくて……」


 焦りを必死に隠そうとする葛だったが、分かってるとジェスチャーを取りながらも、腹を抱えて笑う騎士。

 

「いや、すまんすまん。だが、突然……ふふっ。」

「わ、笑わないで下さいよ!こっちは真剣に話をしているですよ!」

「仕方なかろう。突然、何をした訳でも無いのに、謝られたら唖然とするものだ」


 時々、出る忍び笑いに対して葛は恥ずかしさを覚えつつも、自分の目的について話をする。


「ふむ……つまり、カズラ。君はハナビトになりたく無い。だが、元の世界にも帰る訳でもこの世界で出来る何かを見つけたい。 と?」

「はい」


 騎士はまた、首を傾げた。過去にそんな前例が無いのか。それとも、葛が言った目的が余りに漠然とし過ぎていて、理解されないのか。風の鳴り響く丘の上で、暫しの時が流れ――そして、騎士の口が開く。


「君は面白い奴だな」

「え、あの……」


 それは葛にとって、予想外の言葉だった。もっと、ハナビトになれと強要されるのかと覚悟をしていたからだ。


「私はね、そもそもハナビトを良くは思ってはいないんだ」


 そっと、近づきながら空を見上げてそう騎士は何かを追憶するような様子で言い放った。


「そんなに呆気にとられた顔をしなくても良いじゃないか。……それとも、怖いかい?」

「え、あ……そうじゃなくて、何かもっと強要されるというか、すみません。上手く言えないです」

「まぁ、大体言いたい事は分かるよ。」


 騎士は、首からゆっくりと手を回して、胸元に光るペンダントを手に取る。そして、そのペンダントを葛の近くへと持っていった。


「これはね、前のハナビトが持っていたものなんだ。彼には、彼女がいたらしくてね、どうしても、前の世界に戻りたいと願ってた」

「……でも、それは叶わなかったよ」


 悲しそうに、ペンダントを握りしめ、騎士の瞳からは一滴の涙が頬を垂れていく。

叶わなかったと言う事は、恐らくペンダントの持ち主は既にこの世には居ないのだろうか。

 ハナビトになったのか、それとも亡くなったのかは定かではないが、葛はその様子を見るに、余計に不安を煽られてしまう。自分もまた、その数少ないハナビトとしてこの世界に来てしまったのだから。


「あの、その……」


 先の状況で、返事もあやふやというか、どうしても暗い表情になってしまう葛だったが、それを見兼ねたのか。騎士は、首をゆっくりと振り、葛の肩へと手を乗せる。

 持っていたペンダントがじゃらりと音を耳元で立て、何をされるのかと、葛は一瞬反射的に目を瞑り、身体をびくっとさせた。

 

「そこまで怖がられるとは思ってなかったが……大丈夫、私は君の味方だ。」


 葛の肩に置いた手を、自分の首元へと戻し、ペンダントを掛けなおしていく。。


「君が元の世界に戻りたいと言った時、私は出来る限りの協力をしてあげようと思ってたんだ。あの時のようにはならないように……責めて、君がしたい事だけでも協力しようと心に決めていたんだ」

「けれども、君はこの世界で自分がしたい事を探したいと言ってきた。正直、驚いたよ。言ってしまえば、贄を探しているこの世界で自分が出来る事を探そうなんて」


 深紅の瞳の騎士は、何を悟ったのか。それとも、決意に染まるような熱い決断をしたのか。物悲し気に、葛を見つめては、大きく吸い込んだ息を吐きながら大空を見上げた。


「まるで、運命に逆らおうとしてるようじゃないか」



 

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