第5話

 運命に抗おうとしている。

 葛はその言葉を聞いて、あの時の出来事を思い出していた。長身のトレンチコートに身を包んだ男が渡したプリムラ・マラコイデスという品種の花。

 花には、運命を開くと言う花言葉の意があると葛は答えた。

 そして、答えた瞬間、君は合格だと言われた。


 何故、合格だったのか、それは分からない。自分が花屋の娘だったから、なのか。


「……あ、れ?」


 何故に、自分が今なんて思ったのだろうか。自分は――ただの贄でしかない筈。なのに、思い出そうとすればする程、焦燥感に駆られ、息が荒くなっていく。


「おい?どうした?」


 頭を抱え、息を荒くする葛に尋常じゃないと感じた騎士は葛の背中を優しく擦る。

だが、止まらない。違和感は胸の内をこみ上げ、口へと登り、それは吐き出された。


「おい!大丈夫か!――少し待ってろ!」


 騎士は吐き出される吐しゃ物を見ては、ただ事ではないと悟り、走り出していく。その間にも、葛の違和感は意識阻害へと移り変わり、支えきれなくなった身体は地面へと倒れた。そして、混濁した意識に呑み込まれていき――――


 

        *          *          *


 目が覚めると、そこは真っ白と真っ黒で塗り潰された空間が広がる。辺りを見渡しても何がある訳でも、歩いても足音すら立たない。虚無とも言えるその空間にぼんやりと、目の前で人のカタチをした靄が少しずつ浮かび上がる。


『ひでぇ話だ。……盗作疑惑が持ち上がって、死刑なんて普通あるか?』


 聞き覚えの無い若そうな男の声が聞こえてくる。と、思えばその形はまた消え去りゆっくりと小さな人のカタチになっていく。


『ねぇねぇ!見て見て、私も絵を描いたの!』


 あぁ、その途端に私はこの場所を理解した。というよりも、のかもしれない。そして、私はこの絵の住人にしか過ぎなくて、私は『絵空事の花』でしか無いのだ。


『……贋作風情が』


 今度の靄は、はっきりと見えた。男は、私に向かって真っ直ぐと歩いてくる。そう、私は『贋作』作りの娘。犯罪者の父親の娘。だから、皆からは夢を諦めろと言ってきたのだ。

 私は絵を描くのが好きなのに。たった一つの希望や絶望で、如何なる人生も簡単に砕け散り、自分は――――


 自分は――――……おい!……きろ!だいじょ……ぶ……!



        *          *          *


「おぉ……良かった。起きたのか」


 辺りを見渡せば、日よけのカーテンがふらりふらりと風によって揺れ、荷物置き場であろう場所には一輪のプリムラがあった。


「いきなり、吐いた時はどうしたものかと思ったが……どうした?その花が気になるのか?」

「いえ……」

「元気無さそうね。何か、嫌な夢でも見たのかしら」


 夢、とは程遠いあの記憶は今までに何度も記憶の奥底から呼びかけられていたに違い無い。けど、私はそれに鍵を掛けていた。私は花屋の娘と偽り、絵が描ける才女であると、あの現実世界らしき場所では虚勢を張っていた。

 だからこそ、今なぜこのに居るのかは分かる。そして、この世界の結末も、どうなるかも知っている。

 

「ディアラさん」

「ん?何だ。改まって」

「話したい事があるんです」

 

 何か、訳アリのようだな……そう言いながら、私を見つめてはディアラさんは頷いてくれた。


「この世界は間も無く終わります」

「突然すぎるな。君は一体、何を――」


 ディアラが言いかけたその時、突然ドアが勢いよく開く。息を切らしながら、鎧甲冑を身に着けた一人の兵士が駆け寄ってくる。


「失礼します!団長!急ぎの伝令の為、無礼をお許しください!」

「なんだ、慌ただしい。何があったんだ。手短に話せ」

「はっ!ただいま、都市中央区より謎の爆破が発生!その後、爆破によって空いた中央の地面に空いた大きな穴からカレビトの大群が押し寄せております!!」

「なんだと……!中央警護兵の奴らはどうしている!」

「必死に抑えております。ですが、彼らでは圧倒的に足りません!何れ、圧されるのも時間の問題かと!」


 淡々と進むこの情景。まさにあの絵と一緒だ。中央に映る枯れていく女性。そして、それを見つめる一人の男。私はその男を知っている。二人が言い合う背を見て、私は決意を固めて、声を掛ける。


「……あの、すみません」

「なんだ!……すまない。君に当たっても仕方ないのは、分かっている。だが、今は待ってくれ。緊急事態なんだ。今は構って――」

「あの!そうじゃなくて、……私が贄になります」


 途端、女騎士は顔色を変えた。それは、怒りでもなく悲しみでも無い。不甲斐ない自分へと申し訳無さだろうか。私には心を読む事は出来なくとも、何となく思ってる事は伝わる。


「君はそれで良いのか」

「良くはありません。枯れたくないのは誰もが一緒です。一生一度の人生を捨てるのは、私も嫌です」

「なら――」

「でも、それ以上に私はこの世界を守らなきゃいけないんです」


 私は必死に訴えた。自分がしたい事も、出来なくなったあの現実世界より、私はこの贋作とされた立派な絵を守る方が余程大事なんだと分かる。

 それにもし――あの男が言う合格というのならば、きっと違うのも分かっている。この世界を救う手立ては幾らでもある。君は運命を開く存在になれると言ってくれたに違いない。


 「そうでしょ?……

 


 

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