第6話

「お父さん……?待て、それはどういう事だ――」

 

 怪訝そうな顔で女騎士は私を見つめていた。どうやら独り言と思っていた言葉が口に出ていたらしい。


「団長!今はそれ所ではありません!早く指示を!」

「あ、あぁ」


 急かす兵士に、詰まった言葉を言う女騎士を見て、何故か僕は笑ってしまいそうになった。

 この世界が絵だから?それとも、自分が嘘で塗り固めた二枚舌の存在だから?

 分からないが、ただ一つだけ確信した事があった。それは、私が贄になれば、この世界に破滅を呼び起こせると言う事。


 あの時見た絵の通りのシナリオを描くと言うのなら、きっとそうなるのだろう。そして、それは唯一無二父親の作品を壊せると言う事だ。――ならば、潔くこの世界を終わらせてしまいたい。

 この絵は、僕の夢を壊したものなんだ。逆恨みなのは理解してる。だが、それ以上に大事にしていたモノを、壊される気持ちを味わさせたい。あの父親に。

 

 ()


「――分かりました。ひとまずそれで対処しようと思います」


 女騎士と兵士の男の話は終わっていた。一体何の話をしていたのかも分からない最中、女騎士に手を握られた。


「君は、贄になると言った。で、あれば急いで仕度をして欲しい」

「えと……あの、今すぐ?」

「あぁ、勿論病み上がりの君にそんな無理はさせたくないのは事実だが、カレビトの進行を食い止めるには君の力が必要だ」

「今ならまだ儀式を行えば、カレビトの進行を止める事が出来るだろう。騎士団には、時間稼ぎを行って貰い、君には私が儀式の場所へと送り届ける」

「良いな?君がそう望んだ以上、私も出来る限りの事はしよう」


 淡々と進む話に、私はただ素直に頷く事以外出来なかった。それと同時に、違和感ある虚しさが私の気持ちをちくちくと刺すような痛みが続く。


        *          *          *


 そこからは早かった。女騎士と共に、ごつごつとした座り心地が良いとは言えない馬車の裏に乗って、目的の地へと向かっていた。


「本当に良いのか?何度も言うようだが――」

「良いんです」


 私は女騎士の言葉をわざと遮る様な口調で返事を返した。騎士はだんまりとしたまま、揺られる馬車の中で思い詰めるような顔をする。きっと、過去に救えなかった人と照らし合わせているのだろう。


「着きましたよ。団長」


 長らく座っていた身体を、外へと伸ばして、辺りを見渡す。廃れた様子の祭壇、この様子だと手入れもされて居なかったと伺える。私は、その祭壇へと歩き始めると、女騎士も付いてくる。


「君は祭壇の中でジッとしててくれ」


 そうして中央へと先導されると、淡い光が舞い始める。眩い程とは言い難いその光は、私の身体を包み始めていく。痛くも冷たくもなくて、優しく包まれる光を見てはほんのりと意識を沈めていく。


「団長殿、これで――」

「話しかけないでくれ」


 私は目を閉じ、閉じていく意識の中で、運んでくれた団員と団長のやり取りが聞こえてきた。騎士の言葉は冷たい言葉で、私との縁を切ろうとしている。

 それが一番だ。私は――


 『絵空事の花』


 絡まった糸は解けていく気がした。


        *          *          *


 私はまた、花畑へと戻ってきた。男も勿論居る。


「戻ってきたんだね」

「こんな世界で私が居ても意味は無いんですもの、だってこの身体は借り物なんだから」


「……ご名答」


 男は、最初と同じように手を大きく打ち鳴らした。


「でも、どうしてなんだい?」

「私は私である以上、この世から消えるべきだと思っただけです」

「あんなにも、貴方のお父さんは貴方が居て欲しいと、わざわざ絵に書いてまでこうして、貴方との紡ぎを残そうとしているのに?」

「あの時、見ていた子供が本当の子だから……私は所詮、絵空事の花なんです」


 誰かに救われても良い花なんかじゃない。大層な嘘を私は付いてしまっていたから


「本当に、勿体無い。君があの子と双子だとしてもかい?」

「勿論です。だって、私の身体は無くて、一人の身体に二つの精神があるなんて合っちゃいけないんです」


 それに、私はお姉ちゃんだから。


「そうかい、そうかい。……それじゃあ、君はこれからあの絵画の作品としても、あの子の中でも生きられない。それはつまり、君が消える事になる」

「構いません」


 ……誰かに造られた嘘を纏って、生きる喜びなんて微塵も感じたくありませんから


        *          *          *


 


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