第7話 終幕

 少女は喜び、少年は泣いていた。

 絵画の中の少女は、華麗に咲き乱れている花園の中、天に祈る姿をしている。誰かに虐げられた訳でも無い。誰かに諭された訳でも無い。

 唯一無二、彼女が願った願いは叶えられたのだ。

 

「葛、どうしてなんだ。悪いのはあいつらじゃないのか!」


 一部屋の中で少年は、床を殴りつけては憤怒を隠せないでいる。


「……どうして、君が花へとならなくてはならないんだ。余りにそれは残酷じゃないのか」


 絵画の少女は答えなかった。

 

「お兄ちゃん」


 一室のドアが開かれ、葛と瓜二つの少女が声を掛けてくる。悲しそうに、少年を見つめ、ふとして絵画へと目を逸らす。

 少女も何かを理解したようで、視線を逸らし、見えない顔からは一滴の涙が垂れていた。


「雫……。ごめん、駄目だった」


 謝る少年に、雫と呼ばれた少女は首を横に振った。


「良いの。葛お姉ちゃんが決めた事なんだもん」

「それに、今のお姉ちゃんはとても嬉しそうだよ?」

「……きっと、お姉ちゃんは夢を今も見ているんだよ」


 病室の中、雫はそう呟いた。


        *          *          *


「犯罪者の娘!贋作屋!」


 教室に飛び交う誹謗中傷の中、葛は絵を描き続けていた。


「………」

「なぁ?いい加減に書くのやめろよ。お前は犯罪者の娘なんだからさ」

「キモイんだよ」


 キッと、睨みつける葛。彼女に出来る唯一の抵抗なのだろう。だが、彼らはそれを快くは思わない。 


「あ?なんだよ。第一、お前の父親が悪いんだろ」

「そーそー。あんたの絵をあたかも、自分が書きましたー!なんて公表しちゃって」

「しかも!その後、その絵パクられた!って証言者も出てきちゃってさー」

「ほんっとクズだよね。アンタも、あんたの父親も」

「実力も無いのに、本当に上手い人の絵をパクって、絵なんて掛ける訳無いでしょうが」


 取り囲むように、彼らは葛への悪口は止めない。類似した作品など、探せばあるのに、ただ少しだけ似たような作品を描けば、誰しもが口に出すのはやれ盗作だ。やれパクったと騒ぎ立てていく。


「ホント、死んで良かったわー。私の作品もパクられちゃうかもー」

「あはは、やだー!」


 葛は涙を流す。だが、その涙は彼らの誹謗中傷によって流した涙ではない。どうして、彼らは悪口しか言えないのかという慈悲の涙だ。

 だが、彼らはそれを見て更に皮肉を言い始める。


「泣いてんの?お前が作品をパク――」

「いい加減にしろよ。お前ら」


 そこに現れたのは、一人の少年だった。


「げっ、優作……」 

「葛がパクったか、どうか以前にお前らじゃああんだけの絵を描く実力はあんのかよ」

「無い癖に大層なご身分だよな。少なくとも、葛はこうして頑張って絵を描いてるじゃねぇか」

「大方、自分が絵を上手く描けないからって僻んでんだろ」


 少年の言葉に、誰一人共言い返す事は無かった。


「葛、こんな奴らほっとけよ」

「盗作つったって、お前はお前の絵を描けばいいじゃねぇか。親の事は――」

「それ以上は言わないで」

 

 葛は遮るように言った。


「あ……わりぃ」

「優作、あんたは正義感を振りかざしてるつもりなんだろうけども余計なお世話なの」

「私は私の絵を描きたいだけなの。邪魔しないで」

「……あぁ、そうかよ。なら勝手にしろよ」


 折角、助け船を出したのに葛はそれを払いのけ、教室から出ていく。


「おい、何処行くんだよ」

「帰る。ここで書いても、気分が悪いから」


 冷徹に装う葛は、手提げ鞄を手にそのまま、帰路へと向かって行った。


        *          *          *


(……分かっている。私に絵を描く権利なんて無いぐらい)


 歩行者用信号機の前で、俯いたまま葛は考えていた。自分は犯罪者の娘であり、そして、絵を盗作した加害者。

 堕ちた信用は、二度と戻る事も無く、失墜したまま、浮かび上がる事が無い事も。

 だが、葛は諦められなかった。絵を描きたい。あの時見た絵の喜びを知ってもらいたい。

 それが為に、描いた絵がそのまま出てきてしまっただけなのだと、そう言い聞かせていた。

 でも、違った。実際は、ただの盗作だ。

 

 どんなに、良いように事実を捻じ曲げようとも。葛は、その時の絵を丸々再現してしまった。それを見た父親が、その絵をそのまま同じように書きあげてしまい――


 盗作者として、死んだ。


(悪いのは、私)


 ただ、あの時見た花畑の絵が大そうなもので、見る人々の気持ちを揺り動かしたい。そう思って、無名の展覧会にあったその絵の魔力に魅せられたのだと、葛は言い聞かせていただけに過ぎない。


 実際は、本当に盗作をしていた。


 自分が描いた絵は、あの時の無名の画家が描いたものであって、自分の絵ではない。

 それなのに、自分がまるでその絵を描いて、人々の気持ちを揺り動かした。そんな迷い事のように、あの絵に魅せられた。


「……ごめん、父さん」


 そう彼女が言い残すと、赤く光ったそれが死の宣告とも捉えられるように、葛は飛び出していた。



 END

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絵空事の花 ステラ @sazann403

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