第2話
正面には、つばの大きいしゃっぽを被った一人の人間。声からして男だろうか。
顔は見えず、服装は大きな黒いトレンチコートに身を包んでおり、背丈は190cmもあるのではと錯覚するぐらい長身。
そして、男はこちらへと向かって歩いてくる。
「驚いた?」
男は手を葛の方へと向けて、手のひらから突然、一つの花が現れた。
一輪の花は、葛へとふわふわと向かって行き、飛んできた花を手のひらを広げて、受け取る。
「プリムラ……」
葛はこの花の名前を知っていた。何故ならば、この花をある美術館で見たから。
そう、忘れもしない。あのワクワクを。
花言葉は『青春のはじまりと悲しみ』
「君は、今の青春を苦しんでしまってる」
「だから、この花は――」
枯れてしまう。
男がそう低い声で呟くと、その花は先程まで元気だったのに、萎れてしまった。
「……」
葛は、言葉の意味を深く考える。
今、自分に置かれた環境は正にこの花の通り、昔ほどの青春は今は無く、ただただ友人から言われる画家は諦めた方が良いと言われてしまった言葉だけが棘として心に突き刺さる。
「でもね、君に渡したのはプリムラ・マラコイデス。花言葉は――」
「運命を開く、でしょ」
「ご名答。よく花の一つ一つの花言葉を知ってるね?」
男は手で、子供が拍手するように大きく鳴らして男は笑う。
「……これでも、花屋の娘ですから」
「そうかい。じゃあ、君は合格だ」
「それってどういうこ――」
葛が言いかけると、花が更に強風で舞い始める。
目も開けられない程の強風に、腕で風を防いでいると、少しして収まり始める。
目を開けると男は居なくなっていた。
「……何なのよ。夢なら早く覚めてよ……」
ウンザリとする中、私は驚愕した。
目の前に広がる光景に唖然としたと言ってもいい。
丘の上から、見下ろしながら葛は思う。――あの時、見た絵と全く同じ街並みだったからだ。
* * *
「嘘……何、これ」
国際色豊かな光景、美しさは葛の瞳を覆い、遠くから奏でた心地よい花の香気な香りが嗅覚を刺激し、通り抜けて行く。
葛は心行くまま、足が釣られていった。どうやら、恐怖心より好奇心が葛をただ、突き動かしていたようだった。
駆け足になりながらも、町の入り口である橋を渡り、丘の上で見た光景の場所へと直走る。
あぁ、なんて美しい場所なんだろうか。
舞い踊る心を必死に抑え、至る場所に咲き乱れた商店の花々が、どれも美しい。
浮かれ顔の中、葛は思った。きっと、これは神様のくれた夢見心地というものなんだと。
「いらっしゃい!――お嬢ちゃん、この辺りじゃあ、見た事が無い格好だね。遠い所から来たのかい?」
「え、あ……はい!」
突然、一人の店主から声を掛けられた。浮かれていた自分が恥ずかしさを覚えつつも、葛は答える。
爽やかな風が吹く中、店主はニッコリと微笑みを返してくれる。
「そうかい、そうかい。まぁゆっくりしていきなよ、ここいらは平和だからね」
優しい店主の言葉に、目もくれず今までにない花々を見て歩き回る葛。
そこに、一人の女性が近付いてくる。だが、葛は気付かない。
風貌は、女騎士と言った面付きで右腰には、上物と思える剣を携えていた。
そして、花に気を取られる葛は騎士の方へと歩いていき――
「いってぇ!おい、お前何処見てんだ!!」
葛は、ぶつかってしまった。勢いよくぶつかった訳ではないが、軽く尻餅をつきながら、相手を見る。
先程の風貌の女性を見て、葛は恐怖で逃げそうになりながらも、すぐさま葛は立ち上がり頭を下げて、謝罪を行う。
「あ、えと、ごめんなさい!花を見てて……本当にすみません!」
「ちゃんと謝るなら、良いさ」
「は、はい……」
どうやら、許してもらえたようだった。
だが、鋭い眼差しは未だ変わらず、全身を食い入るように見て、騎士の口が開く。
「……付いてきな。あんた」
「はい、すみません……」
* * *
「こっちだ」
連れられて来た場所。そこには、立派に聳え立つ礼拝堂が見える。
外見は至って普通の礼拝堂で、古びている訳でもなく、かといって新しい感じもしない。
「あの……私、何かしま――」
葛は不安な気持ちを口に出そうとするが、それを遮るように女騎士は葛の口を手で遮る。
「ここからは粗相の無い様にな」
ただの一言で、葛は黙らされた。中央扉は大きく軋んだ音を立て、礼拝堂内へと手を掴まれ連れていかれる。
中央には、一人の老人。そして、ちらほらとお祈りをしている様子の人々。ざっとみても、数名は居た。
「……ディアラ、今は祈祷中ですぞ」
背を向けていた筈の老人は、振り向いては重い面付きで女騎士を見つめる。
まじまじと見つめる中、老人は騎士の後ろに隠れている葛を見つけては、驚いたような顔をする。
「ご無礼をお許しください。ですが、ハナビトを見つけた以上、どうしても司祭様にお伝えしなくては、と思いまして」
重そうな鎧を鳴らしながら、片膝を立てしゃがむ騎士。
中世にはよくある忠誠の誓いを葛は背にしていると老人が言葉を挟んできた。
「君、名前を何と言うのですか?」
「え、あっ、葛……です」
状況が呑み込めない葛。
取り合えずは名乗ったものの、老人の鋭い目つきに恐縮し、縮こまる様に隠れながら、女騎士の腕を不意に掴んでしまう。
「お、おい!何をしている!」
「いや、だってあの……ごめんなさいっ!」
未だ、ここが何処なのか。そもそも、日本だとしてもこんな中世染みた料地などあるのだろうか。
葛自身、不安だけが内の心に取り残されてしまっては、萎縮するのも無理は無かった。
「余り、不安がられるな」
とはいえ、無理も無いがの。 と、老人は表情を緩め、ゆっくりと壇上から降りてくる。
「カズラ……と、言ったか。お前さん、この世界については知っておるのか?」
「日本、じゃないんですか?やっぱり」
「はて?ニホン?……まぁ、知らぬのならば致し方無い」
そう言って、老人は右手から仄めかしい光を手に造り出していく。
現代では理解不能な光は、のろりのろりと光が中央の壇上へと向かって行き、壇上の後ろにあった本棚から一冊が浮かび上がった。
そして、一冊は葛の方へと浮遊し、葛は無意識にその一冊を受け取る。
「後はディアラ、任せたぞ」
「分かりました」
スッと華麗に立ち上がり、くるりと身体を翻しては、先程入った扉へと戻っていく。葛はというと、起きた事実に対して、ぼんやりとした顔でディアラの服を掴み、不安な気持ちを押し殺す他無かった。
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