絵空事の花

ステラ

第1話


 少女は泣き、少年は夢を見る。

 何者かによって、虐げられた訳でも無いのに、少女はほつりほつりとその身体を枯らして行った。

 

 その解れは、一体何を伝えたかったのか。

 未だかつてない出来事で、理解し難い事だったに違いない。


 「絵空事の花」


 目の前に映る絵画は、少女の心を揺さぶり、輝かせるその瞳は一体何を映していたのだろうか。


        *          *          *


 時は、2000年代。人の心は、絵画へと移り変わっていった。様々な画家の誕生。

 名声を追い求めて、若くして崩れ去っていく。

 壮絶とも言える壁は余りに高かった。

 

 昔、絵という技術は軽んじる傾向があった。だが、今では違う。

 ネットワークの発達により、絵と言う物は大層な技術として認められつつあった。

 それ故、人はその流れを揺蕩い、いつの日か自分もあんな風に有名な画家に成り上がろうと様々な人々が"それ"を求めた。


 勿論、甘く蕩けそうなチョコレートに似た甘さなどは無い。世間様は、皆新たな感性を求めて絵を見る。

 同じような似た絵など過去を遡れば、幾らでも出てきてしまう。そんなのは猿真似にしか過ぎず、面白くは無い。そんな二番煎じ、皆飽き飽きしているのだから。


「いい加減、諦めなよ。画集なんて、あんたにゃ無理だ」


 窓から伸びた夕暮れ、学校机の上に座り、吹かしてはいけない火の煙をもうもうと立ち昇らせながら、上を見上げては身体を怠そうにしている誰か。

 年齢が既に二十歳を超えた留年性だとしても、クラスルーム内で吸ってる事が校内問題になりかねないだろう。

 だが、彼女はそんなのはお構いなしだ。そう言わんばかりに、口に含んだ煙を大きく吸っては吐き出す無駄な作業を繰り返していく。


「うっさい、うっさい!私には、これしか……これしか無いんだよ!」


 千波ちなみ かずらは、流れそうになる涙を堪え、顔を赤く染め上げて怒声をあげた。

 彼女もまた、一人の画家を目指して、画家としての最高峰である画集を作る事を目指している。だが、知り合いも目先で、煙草を吹かしている大の親友からすらも、そんな夢紛いは諦めろと諭す始末。


 勿論、葛も馬鹿ではない。

 

 多数の人々が明け暮れる中、夢を叶える事が出来るのは僅か数名弱の強者の世界。

 失敗すれば、自分の未来を捨てかねない選択だと言う事ぐらい、理解はしていた。


「あのなぁ……」


 携帯灰皿を取り出し、手元で立ち昇らせる煙を消し、葛の方へと向きを変える。


「あたしだって、何も応援はしたくないとは言ってないぞ?けど、お前だって知ってるだろ」

「……分かってるよ……そんなの」

「いーや、分かっちゃいないね」


 尻に敷いていた机から降りて、近くのフックに掛けられた可愛くデコが施された手提げ鞄を持ち上げ、歩いていく。

 教室の外のドアへと手を掛ける彼女はそっと背中を向け、こう言い放った。


「あたしはあんたの事、心配してそう言ってんだ。幾ら頑張ろうが、何をしようがあの世界は苦痛でしかない」

「諦めな」

 

 彼女が言い残した一言の空間は、静まり返っては、葛の気持ちを逆なでするように、窓が揺れる程の強風が吹き笑う。

 唯一志した強い思い、それをまるで馬鹿にしているようだった。



        *          *          *


 葛は自宅に帰ってからも、心底参っていた。

 親友からも、とうとう言われてしまった夢への道を強く否定され、既に残っているのは己の信念のみ。

 泣き渋る葛はどうにも気持ちを抑えられずにいた。どうして、皆応援をしてくれないのかと。

 

 昔は大層良かった。


『葛ちゃん、絵上手いねー!ねぇ、今度文化祭のイラスト頼んでいいかな!』

『ねー葛ちゃん!今度、私たちの集合絵をかいてよ!』


 クラスメート皆の気持ちに応え、自分なりに頑張ってきた努力の数々。今となっては、ただの思い出写真の一つにしか過ぎない。

 飾られた一枚の文化祭イラスト金賞を貰った時に、皆で撮った写真の笑顔が、憎いと感じてしまう。


「どうして……!どうして……っ!」


 強い歯軋りを覚え、踏み出せない苦痛を葛は一秒、一秒味わい苦しむ。


「ぅ……あぅうあぁ……」


 とうとう、涙が溢れ出てしまった。

 あの時、見た花が未だに忘れられないからこそ、そんな感動を葛は皆に見せたかっただけなのに。


「葛ー!ご飯よー!」


 二階に居る葛に向けて、母親が声を掛けてきた。

 正直、ご飯を食べる気になれない葛ではあったが、行かないと怒られる。そう思うと、自然とドアに向かって歩いて、ドアノブに手を掛けていた。


 そして、ドアを開けたその刹那、葛は驚きを隠せなかった。


「……やぁ、こんばんわ」


 辺りを埋め尽くす騒々しい程の花の舞が、葛を出迎えたのだ。

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