開拓村の直観力談義 ~欠けた開拓地のそこそこ平和な日常~

海原くらら

よく育った畑の横で。

 あ、どうもどうも。

 ん? ああ、いえいえ。自分はこの開拓村の警備兵です。


 鎧を着てない? それはそうです。今日は非番ですから。

 さすがにお休みの日には鎧を脱ぎますよ。

 いい天気ですし、ちょっと散歩でもしようと思いましてね。


 あー。もしかして農作業中でしたか?

 作業のお邪魔なら退散しますけども。

 休憩時間だから大丈夫? ならよかった。


 しかし、休憩中にしてはずいぶん真剣な顔をしてましたね。

 あっちの畑を見てたようですが、なにかあったんですか?

 落とし物とか、害獣でも出たとか。


 ふむふむ、土の違いですか。

 そこの畑の土は良い土だってベテランの農夫さんが言っていた。

 直観だが俺にはわかるって自信満々に。

 でもあなたは違いがわからないから、ちょっと見ていた、と。


 うーん、自分にもわかりません。

 そもそも自分はまともに農作業をやったことがないですからねぇ。

 うちは代々、兵士の家系なんですよ。


 そもそも直観ってもの自体がよくわからない?

 あてになるのかって?

 なかなか言いますねぇあなたも。

 さっきのベテラン農夫さんに聞かれても知りませんよ?


 自分の意見を言わせてもらえれば、直観ってのもなかなか大事だと思いますよ。


 農業と兵士では、それこそ畑が違いますけども。

 兵士の業界でも似たようなことを言う人がいるんですよ。

 あそこがおかしい、あっちのほうから魔獣が来る気がするとか、あそこを歩いてる人が怪しいとか。


 で、これがけっこう当たるんです。

 そのおかげで危険を避けることができたことも何度かあります。

 兵士稼業での危険といったら、自分の命はもちろん、同僚や住民の命までかかりますからね。

 効果があるなら、なんでもありがたいってもんです。

 そうやってお世話になっている以上、直観は役に立たないなんて言えないんですよ。


 とはいえ、自分の直観があてになるかってのはまた別の話になるんですよね。

 鍛えようとしても直観ってもの自体がよくわからない。

 直感の鋭い人に聞いてもわからない。


 そもそも、そういう人って説明が下手なんですよ。

 なんでそう思ったのかって聞いても、なんとなく、とかしか答えてくれない。

 ひどい人だと、これくらいわからないとやっていけないぞ、とか怒られたり。

 そんなこと言われても、わからないのはわからないんだし、わからないから聞いてるってのに。


 ははは。あるあるですか。どこも同じですねぇ。


 ただ、そんな中で、ある先輩の兵士さんからこんな話を聞かされたことがあります。

 直観ってのは、結局のところは「なんとなく」って感覚だと。

 で、それの根っこにあるのは経験とひらめきだと。


 その人に言わせれば、なんとなくおかしいっていうのの原因は二種類あるそうで。

 ひとつは、いつもと違うということ。

 説明することが難しいような、ごくわずかな変化を感じ取っている、と。


 前に、こんなことがありました。

 その先輩と一緒に外の巡回警備をしていたときの話です。


 先を歩いていた先輩が足を止めました。

 その視線の先には草むらがあって、その草はほんの少し揺れていました。

 でも、近くには別の草むらもたくさんあって、どれも風に吹かれて同じように揺れていたんですよ。

 なんでもない、ごく普通の風景です。少なくとも自分にはそう見えました。


 でも、その先輩は自分に槍を構えさせて、先輩は先輩で持ってた槍をその草むらに突き立てたんですよ。

 そしたら、そこからマヒムカデが二匹飛び出してきましてね。

 あの時は本当にびっくりしましたよ。

 知ってます? マヒムカデ。かまれたら半日は動けなくなるマヒ毒を持ってる魔獣です。


 そのマヒムカデを退治した後、なんであの草むらが怪しいと思ったのか聞いてみたんですが。

 風向きと草の揺れ方、草むら近くの土のへこみ方、そういうのが他の草むらと違った、と言われました。

 でも、自分で見てみても全然わからない。

 近づいてよーく見てみて、ようやく、ほんの少しだけムカデの歩いた跡がついてるのかな? ちょっとへこんでるだけかな? って気がする、そんな程度の違いしかないんですよ。


 あれは自分には真似できませんなー。

 そういうのも経験をつめば見分けられるようになるんですかねぇ。


 おや、どうしました?

 あそこの畑?

 けっこう実ってますね。


 あそこの揺れ方がいつもと違う?

 魔獣がいるかもしれない?

 まるで今の話ですね。


 でも、確かに揺れてますね。

 しかも、だんだんこっちに近づいているような。


 自分、非番だからナイフぐらいしか持ってないんですよ。

 なにか使えそうな物ってあります?

 槍が一番ですが、棒みたいなものであればそれでも。

 あら、ない?


 ひとまず立って。

 自分の後ろにいて、少しずつ下がってください。

 目はなるべくそらさないで。魔獣は背中を向けた人を優先して襲うことが多いんです。凝視するのもあまりよくないですが。


 やばそうなのが出たら大声で助けを呼んでください。

 自分がなんとか食い止めますんで。

 いや、言い合ってる暇はないですよ。

 揺れ、すぐそこまで来ました。

 そろそろ顔を出します。


 あら。

 あらあら。

 キツネさんですね。


 あれは騎士様が使い魔にしてるキツネさんですよ。

 ほら、しっぽにリボンついてるでしょ。

 畑の警備をしてくれてるんですかね。

 あぁ、キツネさん行っちゃった。


 そちらは大丈夫でした?

 ありゃ、転んじゃいましたか。

 ケガしてないですか? 慌てないで、ゆっくり起きてください。


 まあまあ、そんなに落ち込まないでくださいよ。

 こういうこともありますから。

 私だってこのとおり、魔獣とキツネさんの区別もつかなかったんですからねぇ。


 お互い、直観は鈍いようですね。はっはは。


 ま、あまり気にしないほうがいいです。

 鈍いのも悪くはないそうですよ?

 鈍ければ細かいことにいちいち気を取られずにすむ、それは大事なことを見失いにくい、前に進みやすい、だそうです。


 え、もうひとつはなにかって?

 なんのことでしょう?


 ああ、なんとなくおかしい、の二種類あるうちのもうひとつですか。

 今の騒ぎですっかり頭から飛んでましたよ。


 もうひとつは、いつもと変わらなすぎる、ということだそうです。

 どんなものでも、一か月やそこらならともかく、一年二年と過ぎてもずっと同じってことはそうそうない。

 ちょっとした変化があるはずだと。


 いつまでも、全く何も変わらない。

 そういうときは、裏で何かが隠れて動いているのではと考えたほうがいい、んだそうです。

 自分が見ていないどこかで、ね。

 あるいは、変化に気づけないほど鈍っているのかも、とも言ってましたが。


 しかし、考えてみれば。

 そんなことをいつも考えながら生きてたら、気の休まる暇もないかもしれませんか。

 うーん。直観が鋭いのと鈍いの、どっちがいいんでしょうね?

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