第6話 「復讐の時です」
「なっ、琳寧が……。貴方は一体」
香苗の言葉に返答はなく、ナナシは懐からカッターナイフを取り出した。流れるように左の手首に当て、深く切り、ドス黒い血で地面を赤く染めていく。
「さぁ、復讐の時です」
ナナシの手首から流れ出ている血が一つに集まり、大きな鎌へと形を変化させた。
「なっ?! なにそれ、なんで!?」
恐怖で体が震えており、彼女はその場から立ち上がれない。翔も同様でその場に崩れ落ちた。
「その質問は、私が答えるべき質問ではありません。では、さようなら」
「まっ、待って!」
────ザシュッ
琳寧がナナシを止めるため手を伸ばした時、香苗の体がある真上から赤い雨が降り注いだ。
彼女の頭が宙を舞い、地面に転がる。首から下は先程と同じ体勢のまま。
首から噴水のように血が溢れ、止まらない。鉄の匂いが森の中に充満し、気持ち悪い。
ナナシは、今まで見えていなかった赤い瞳が黒い前髪から覗かせている。その目からは狂気的な何かを感じ取れた。目の前の光景を楽しんでいるようにも見え、身震いする。
「さて。これで貴方は満足ですか?」
赤く染った顔で、いつもの微笑みを浮かべながら琳寧に振り向いた。
「な、こんなの、望んで……」
「おや? 貴方が言ったのですよ。殺してやりたいって。なので、私は貴方の復讐を代わりに行動したのです」
琳寧とナナシが会話している間、翔は顔を青ざめ、隣にある顔なし死体を一目見る。
「い、いやだ。俺はまだ、殺されたくねぇぇぇええええ!!!」
涙を流し、彼は情けない表情を浮かべその場から走り去った。
「情けない男も居たようですね。まぁ、私には関係ありませんが」
走り去って行った先を、微笑みながらナナシは見ている。
「なんで。私は、ここまで望んでない! 確かに殺したいほど憎かった。でも、香苗は私を守るためだった。私が早とちりで香苗を恨んで──」
「それがどうしたのですか?」
「えっ」
琳寧の言葉を最後まで聞かず、ナナシは抑揚のない言葉を投げかけた。
「それは私に関係ありませんし、興味もありません。私へのご依頼は『自分の彼氏を奪った友人に復讐したい』。そうだったではありませんか。それに、私は何度も聞きました。『殺してやりたいほどですか?』と。それに貴方はYESと答えた。だから、私は殺したのですよ?」
簡単に説明するナナシの言葉に、琳寧は涙を流しながら唖然とする。
「貴方はもう少し、周りを見ることをおすすめします」
「どういうことよ……」
「貴方が見せてくれた写真の中には、不自然な物が多々ありました。少し考えればわかったかと思いますよ」
琳寧の様子を一切気にせずに、彼はそのまま続ける。
「ご友人が暴力の痕を隠すため、肌を露出しない長袖や長ズボンを履いていることが多かった。右腕に巻かれていた白い布は包帯。三人で居ることが増えたのは、ご友人が貴方の彼氏を監視するため。考えれば考えるだけ、不自然な要素が沢山あります」
琳寧は彼の言葉を聞いているのか、それとも聞けるほどの余裕が無いのか。その場から動かない。
「まず、貴方は周りをしっかり見て、警察や探偵。いや、貴方と同じ人間に相談すべきだった。でも、貴方はそれすらせず私の所へと訪れた。人間とは醜い者ですね。自分の気持ちを最優先し、余裕がなくなり、大事な友人を自分のせいで殺してしまうなんて。あ、実際に殺したのは私ですね」
ナナシは自身に付着した血液など気にせず、言葉を続ける。
唖然としていた彼女は、急に息を荒くし、彼の胸ぐらを勢いよく掴んだ。
「返してよ!! 私の友達!! 一番の親友を!!」
叫びまくる彼女を、ナナシは冷めた目で見下ろす。
いつの間にか周りは暗く、夜になっていた。森の中なため光は月明かりしかなく、二人を寂し気に照らしている。
ナナシの赤い瞳は、彼女の怒りと悲しみの狭間にある感情を覗いているように、妖光していた。
彼女は怒りのまま、叫び声と共に平手打ちしようと手を振りあげた。
「酷いじゃないですか。私はただ、貴方の復讐を手伝っただけなのに──」
悲しげな声が響いた。それと同時に、まだ赤く染っていない地面を赤く染めた。
琳寧が見開いた目を後ろに向けると、そこには契約の証である赤い印が刻まれている右手が投げ出されていた。次に自身の右手に目を向ける。
そこには、いつもあるはずの手が存在せず、赤黒い液体がどくどくと流れ出ていた。
ナナシが琳寧の手首を、一瞬のうちに切り落とした。
右手を抑えその場に座り込んだ琳寧は、ナナシを見上げる。
「では、今回のご依頼は達成しました。なので、貴方から恨みの根源である赤い炎を頂きます」
座り込み青い顔を浮かべている琳寧に、彼は優しい微笑みを向けた。
その表情と言葉に彼女は恐怖を感じ、涙がとめどなく流れ、口は震えて声が出ない。
逃げ出そうと立ち上がろうとしても、腰が抜けてしまったのか立てないらしく、体を引きずって逃げるしかない。
「おやおや、そんなに怖がってしまって。可哀想に……。大丈夫ですよ。直ぐ、楽にしてあげますから」
彼女の様子を楽しむように見ているナナシは、ゆっくりと近付いた。
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