第5話 「殺します」
人気の無い道を抜け、ナナシと琳寧は人の賑わう道を歩いていた。
彼の見た目は目立ってしまいそうなため、彼女が指摘すると「問題ありませんよ。私の姿は誰にも見えませんので」との事だった。そのため、周りから変な目で見られないように無言のまま歩き続ける。
「もうそろそろですね」
「…………」
「なぜ無視をするのですか? 酷いです」
「いや、周りに見えないんでしょ? 私一人で話しているように思われたくないし」
「一人? 酷いじゃないですかぁ。私が隣にいるのに」
「──えっ?」
琳寧は思わずポカンとし、瞬きをした。
「私が存在しないような言い方……。泣きそうです」
わざとらしく彼は顔を押え、泣き真似を始めた。
琳寧がぽかんとしていると、前方から歩いてきた女性と彼がぶつかってしまった。
「あ、すいません!!」
「いえ。私の方こそ前を見ていませんでした。申し訳ありません」
ぶつかった女性は顔を少し赤らめ「失礼します」とそのまま走り去ってしまった。
「あ、あんた!! 嘘ついてたの!?」
「この姿だと目立ちますので、周りの人には『学生さんがデートをしているような姿』で映っているはずです」
その言葉に琳寧は怒りを口にしたが、彼は気にせず指を鳴らした。
「これで、私達の姿は今と変わらずです」
「もういいわ。考えるだけ無駄ね」
頭を抱える彼女を無視し、ナナシは近くにある壁に背中を付けた。彼女も同じく壁に背を付け、曲がり角から顔を覗かせる。
「あ、あいつら……」
曲がり角の先には、手を繋いでいる香苗と翔が歩いていた。その様子を目にして、琳寧は怒りが込み上げてきたのか、歯を食いしばり拳を握る。
「このまま尾行しましょう」
「なんでですか!? 今ここで──」
「今ここで復讐を達成するのは簡単ですが、後始末がめんどくさいです」
小声で話していると、香苗と翔はどんどん先へと進んでしまう。見失わないように二人は付いて行くと、デートには到底向かない自然豊かな森が姿を現した。
「なぜ森に」
「そんなのどうでもいいですよ。早く何とかしてよ。あの最低女を!!!」
浮気現場を目の前にして、彼女は冷静を保てていない。
「私から彼氏と親友を奪った。いや、元々親友なんてモノは存在しなかった。絶対に許さない。必ず殺してやる」
「落ち着いてください。行きましょう」
ナナシは怒り心頭の彼女を宥め、そのまま歩き出してしまった。その後ろを、琳寧は手を強く握り静かに付いて行く。
☆
森の中を歩き続ける二人。すると、いきなり翔と香苗は周りを気にするような素振りを見せ始めた。
「よーやくここまで来たな」
「そうね……」
翔と香苗はそう短い会話をかわすと、手を離した。次の瞬間────
────────バチンッ!!!
いきなり乾いた音が、森の中に鳴り響いた。
琳寧は目を見開き、ナナシは表情一つ変えず見続けている。
「ようやく、ストレス発散ができるな」
「っ…………」
先程の音は、翔が香苗の頬を平手打ちした音だった。香苗はその勢いのまま倒れ込む。
「おら、さっさと立て。お前が言ったんだからな、責任取れよ」
「……っ。今、立つから……」
「声を出していいと誰が言った?」
バチンッ ガンッ
翔は香苗のお腹、腕、足と。頬以外は、服で隠れる所を集中して殴っている。
「お前が言ったんだよな? 『今の彼女に暴力を振るわないで。どうしても我慢できないなら、私が全てを受ける』ってな」
翔の言葉に、琳寧は驚きのあまりその場に崩れ落ちた。
ナナシは先程から変わらない表情で二人のやり取りを見続けている。
「わかっているわ。まだ私は大丈夫。だから、大事な親友の琳寧には、暴力しないで……」
「あぁ、俺がお前に飽きない限りはな」
その二人を琳寧は、見ているしか出来ない。
「さて。では、貴方の復讐をやり遂げましょうか」
何事も無かったかのようナナシは、木の影から歩き出した。突然現れた彼の姿に、二人は戸惑いの表情を見せた。
そんな表情を気にせず、ナナシは口角を上げ優しく微笑み、言葉を口にした。
「では、貴方のご友人である神楽坂琳寧さんからのご依頼で、樹理香苗さん。貴方を今ここで殺します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます