第10話 自由なきシャバ僧 ①

 釈葉綜高校保健険教諭、桐ヶ谷透華。彼女の夜は長い。

 日中は生徒たちの健康状態を把握するための情報共有を教員たちと交わし、全校生徒の健康状況を頭に入れないといけないのが保険教諭である。そこには当然心のケアも含まれている。日頃保健室に通ってくる生徒たちにとっての「心の休憩所」を、桐ヶ谷は教員の立場で提供している。

 そんな保健険教諭としての業務を全うする傍ら、業務を終えた後は昼とは違う別の仕事を桐ヶ谷は請け負っている。

 それは、釈葉綜高校生徒の<<教育的指導>>である。


 都市への移動がスムーズで土地の相場が安い、そんな懐の寂しい学生にとってはまさに住み心地の良い場所、それが『釈葉綜』という地である。

 しかし、家賃が低いということはそれなりの理由が存在する。一言で言ってしまえば治安が悪い。

 都市から流れ着いた極道者が居を構えているという噂が立ったことが事の発端で、それは根も葉もない噂でしかなかった。しかし噂が膨らんでいった事で、それまで土地の値段が下がることを恐れた釈葉綜の元住人たちは下がり切る前に家を売り払いどこか遠くへ行ってしまった。それからはあっという間に街は荒んでいった。廃墟が立ち並び半グレが住処としてそこに居座り初めてしまった。

 そんな治安が落ちに落ちた『釈葉綜』という土地のイメージアップとして立ち上がったのが共学高校である『釈葉綜高校』の設立だった。

 そうした背景をもとに設立された高校が生徒を入れて本格的な学校を運営する頃には、学生のための寮が立ち並び、それにならう形でショッピングセンターや遊び場が駅前を中心に広がっていった。

 しかしまだ治安の悪さがなくなったとはとてもいえないのが現状である。

 それというのも『釈葉綜』の夜には若者が集まるからだ。

 彼らは己の欲望に忠実である。

 彼らはその欲望がであると錯覚する。

 桐ヶ谷透華は『青少年教育委員会』に所属している。

 それが意味するものはそんな若者の天敵であることを意味する。



 有咲霞──親友の妹を寮に送り届けた桐ヶ谷は、そのの仕事のため先に現場に向かっていた同僚のもとへ向かっていた。

 道中でタクシーを拾い、指定された場所に向かう。

 向かっていたのだが……。




「遅い。 連絡してからどれだけ時間経ってると思ってるんだい。 もう終わってしまったよ」


 着いた頃にはすでにことは終わっていた。

 待っていたのは黒ジャージ一式を見に纏い、飾り気のない服装でありながらも余りあるエネルギッシュな爽やかさが溢れる体育教師然とした女性だった。


「……いつもすまん」


 桐ヶ谷はその同僚である長身の体育教師に頭を下げる。


「いいよ。今日はが来たんだって? ちゃんと送り届けられたのかい」


「問題ない。ちゃんとタクシー使ったからな」


「それはすごい。 ちゃんと目的地がどこかを言えたんだね。 感動したッッッ!!!」


「それは日頃の行いに対する嫌味か」


「それ以外にあると?」


 黒ジャージの彼女は口にこそ悪態をついてはいるがそれ以上何かをいうことはなかった。

 今頭を下げている相手というのが桐ヶ谷が高校の頃からの付き合いがある、真桐銘述木まきりめのこ。彼女は桐ヶ谷と同様にに勤める指導員である。


 そして、彼女もまた有咲花の友人であった。

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