第6話 最悪な後輩②

 まるでそれが当然であるように、初対面の後輩に無邪気な笑顔を浮かべながら巴戸場瑠美はとばるみは恐喝をしてきた。入学して早々、上級生に絡まれ、挙げ句の果てに恐喝をされる恐怖を新入生に植え付ける。それが巴戸場瑠美の密かな楽しみであった。

 当然受け入れられるものではない。そう思っていた。

「理由は」

「あたしが先輩だからってのは説明が足りない?」

 こちらはそれ以上の言葉がいるのかと有無を言わさない態度を示している。

 有咲霞からしたらいきなり先輩という立場をわからせようとしてきたものだから、たまったものではないはず。

 実際、巴戸場瑠美は目の前の後輩を試そうとしていた。目の前の後輩がどんな行動に出るか。そのはじまりの挙動を待ち望んでいた。

 拒絶か反抗か、はたまた恐怖か。先程の反応から見るにそっちの線がありそうだと巴戸場は期待をしていた。

「わかりました、ちょっと待っててください」

 あっさりと承諾する霞。部屋に戻ろうとする霞を見て

「あれ、いいんだ」と面食らう巴戸場。

 さっきは驚いてたじゃん。なんなのこの落ち着きようはと、こちらの期待を大きく裏切ってきた。


──いや!もしかしたらおもちゃのお札を持ってきたりして。


「3万円でしたっけ」

「え、うん」

 手渡された3枚の諭吉を丁寧に受け取る巴戸場、その3万円は紛れもなく本物であった。

「ほんとに、いいの?生活厳しくならない??」

「?」


──まー不思議そうな顔してるじゃんこの子。あたしがその顔したいくらいなんだけど。


 春先に贔屓にしているシルバーアクセサリの専門店で派手な散財をして以来、生活に必要な資金が底をつきた巴戸場瑠美にとって素直に恐喝に応じてくれる存在は、実の所ありがたかった。

 求めていた反応とはちょっと違ったけど、こうもすんなりと3万円を渡してくれんなら今後とも贔屓にさせてもらうしかないよねと、巴戸場は1人自己完結した。

「それじゃこのお金あたしが有効活用しておくからさ。あとはごゆるりと」

 巴戸場は3枚の一万円札を握りしめ、ジャケットのポケットに手を突っ込み、そそくさと有咲の部屋を後にして2つ隣の自室へと帰っていった。

 ドアを開けるなりすぐ横のスイッチに手を伸ばし、明るくなった部屋の奥に鎮座する黒光した物体に目掛けて一直線に向かっていった。

 温泉宿で見る小型冷蔵庫ほどのそれは、巴戸場瑠美が愛用する金庫であった。

 取手に相当するダイヤル式のつまみを廻し、扉を開くと、中からひと回り小さい同じ金庫。それを同じようにダイヤルを廻して扉を開く。それらを4回ほど繰り返して、ようやくまとまった札束がお目見えとなる。

 恐喝して得た金は決まってこの金庫の中に入れるのが巴戸場瑠美の日課であった。

 巴戸場は早速ポケットにしまっていた3万円を金庫の中に入れようとする。

「あれ」

 ポケットのなかをポケットの中を再度確認する。しかし何度つかんでもこの手に残る感触は空気のみであった。

「なんで」

 もう一度、ポケットの中を探る。それでもあるはずの3万円はそこになかった。

 部屋の隅々、玄関、廊下、有咲霞の部屋の前、それらの床を舐め回すように探しまわったが、ついに見つけることは叶わなかった。

 すれ違いざまに、有咲霞は巴戸場が自室に戻ったのを見計らって霞のがそれを取り戻していたことを巴戸場が知るのはこれよりもう少し後の出来事であった。


──なんでだーーーーー?!?!?!


 この日の夜、巴戸場瑠美は無くなった3万円を求めて寮内をくまなく探し回ったが、それは有咲霞の知るところではなかった。

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