【KAC20213】直観が得られるまで

星海 航平

第1話

 冒険者アドベンチャラーにとって一番大事なのは直観インテュイションだ。

 迷子の仔猫探しから邪龍討伐まで、正当な報酬が約束さえされればなんだって引き請ける「何でも屋」が長生きする秘訣だと言える。

「……え? 直感インスピレイション」じゃないんですか?」

 ザリアが訊いた。

「もちろん直感も大事さ」

 俺は答える。

「ただし、直感だけに頼って長生きしたヤツを、少なくとも俺は見たことがない」

「……なるほど。参考になります」

 全然参考になってなさそうな口調で言いつつ、ザリアはオークの腑分けを進めた。

「で、肝臓はこのまま切り取ればいいんですよね?」

「胆嚢を傷つけて胆汁の臭い汁をぶちまけ易いから、気をつけてな」

「了解です」

 とても初めてとは思えない手つきで、ザリアは肝臓を摘出していく。

「腹膜と癒着してますけど、これは?」

「まだ腸側が破ける方がマシだな」

「分かりました」

 ザリアが十二指腸と格闘しているところで、そのことに思い至った。

「……マズったな」

 偉そうに語っている場合ではなかった。

「手順を何か間違いましたか?」

 ザリアが質問してくるが、無視して立ち上がった。

 ……こりゃ、すぐそこまで来てるよな?

「肝臓を摘出する手順は間違ってないさ。そもそも討伐したばかりの魔物モンスターから討伐証明部位を、その場で切り取るのが正しい判断だったのかって話」

 答えつつ、背中に背負っていた両手剣バスタードソードを抜き出す。

「そもそも最初から尋ねたかったんですが、どうして今回は両手剣なんですか? 冒険者ギルドで姿を見かけたときはいつも短剣ショートソードを装備してましたよね?」

「このところ地下迷宮ダンジョンに潜る仕事が多かったからな。狭いダンジョンだと取り回しのいい小太刀を選ぶけれど、本来俺の得物はこれなんだ」

 長らく装備品インベントリの底に沈めてあった代物だが、手入れはキチンとしてある。

「さて、ここで冒険者になってからまだ二か月のザリアに質問だ。群れからはぐれたと思われるメスのオークが開拓村を襲った。はてさて、このオークは単独行動を取っていたか?」

「……え? でも、一匹しか目撃されてないんですよね?」

 さすがにザリアも腑分け作業を中断して、腰を浮かした。

「王都からの命令で入植したばかりの開拓民にオークの雌雄が見分けられるかって話さ」

 何気なく答えながら、俺は腰を低く落として背後を振り向く。

「オークは雄の方が体格が一回り大きいなんて、言われないと気づきにくいよな!」

 振り向く勢いを利用して、両手剣を思いきり降り抜いた。

 すぐそばの草むらから姿を現した雄オークの棍棒と俺の両手剣とがぶつかり、鈍い音が響く。

強化法術バフ!」

 俺の指示に遅れず、ザリアが打撃強化マイト攻撃速度加速ヘイストの強化法術を詠唱した。わずか経験二か月の新人ルーキーにしちゃいい仕事だ。俺の両手剣が強化法術を受けて、微光を放つ。

「くぬッ!」

 両手剣固有の武技スキルである出血爆破ブラッド・ブラストの一撃目が入ったところで武技中止キャンセルを入れて、抱えた剣を腰に引き寄せた。出血爆破は都合五撃を連続で相手に叩き込む強力な武技だが、直後に硬直してしまう諸刃の刃なのだ。発動が速いので一撃目の使いではあるのだが、漫然と流していいものではない。

「ヴァーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 必殺であったはずの一撃を弾かれて脇腹ががら空きになった雄オークに武技抜きの通常攻撃を叩き込むと、ヤツは大きな叫び声を上げた。

「はッ!」

 大きく開いた雄オークの口腔に、ザリアが得物の細剣を突き込む。

 しかし、ヤツは素早く口を閉じ、上下の歯でザリアの細剣を噛み込んだ。

「よくできました!」

 その隙を見逃さず、腰だめにしていた両手剣を振り抜く。もちろん武技を込めた必殺の一撃だ。厚手の刃が雄オークの首を切り飛ばした。

 噛み込まれて固定されていたザリアの細剣がへし折れて、金属的な音を立てた。

「ああッ!? 秘銀ミスリルの剣が!」

「残念だったな」

 全然残念そうではない口調で刃を返し、雄オークの胸板を両手剣で貫く。こいつらと来たら、脳と心臓をしっかり潰しておかないと、しつこいくらい起き上がってくるのだ。両手剣の分厚い刃に心臓を貫通された雄オークの身体が朽木のように倒れ伏す。

 切り飛ばされた首から折れてしまった細剣の切っ先を回収しながら、ザリアが尋ねた。

「よくこいつが襲ってくると分かりましたね。残念ながら、わたしはこいつが棍棒を振り下ろす直前まで、気配に気づきませんでした」

「脳みそを叩き潰される前に気づくことができりゃ、上出来さ」

 俺は懐から取り出したボロ布で両手剣の刃を汚す血脂を拭いながら答える。

「最初に言った、直観が大事って話」

「……直観」

 ザリアはまだ納得できていないらしい。

「冴えないおっさんに見えるだろうが、俺もこの歳まで野っ原や地下迷宮の底に骸を晒さない程度には生き残ってきたんだ。魔物の多くが番いで行動することは散々学習している。理詰めで思い至る前に、閃くものがあるのさ」

「なるほど。それが直観だと……」

 オークの骸を見下ろしながら、ザリアは誰にとはなく呟いた。

「心配しなくていい。その直観が得られるまで生き残るために、先達の俺が組んでるんだ」

 俺の言葉に、彼女は苦笑した。

「せいぜい、頼みますよ、先輩」

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