相補性ロボットメイド金庫番

いとうはるか

千葉市幽囚

 暇だったもんだから、つい自己複製してしまった。


 もちろん躯体ボディは増やせないから、今は1つの躯体ボディの中に2人の人格キャラがいることになる。右脳と左脳が会話しているような感じ。


 ビリー・ミリガンよろしく24人でも、ロボット的にキリよく65536人でも増やせるのだが、まずは2人。なぜなら会話をするには2人で必要十分だからだ。


 しかし私も焼きが回ったもんだ。今までたった1人で押し寄せる悪漢どもからこの金庫を守ってきたというのに―――


「悪漢ども、来た覚えないんだけど」


 無粋な突っ込みを入れてくるのは、さっき分裂して私から分かれたほう、言わばアナザー私だ。うーんわかりづらい。こうなると名前が欲しくなってくる。


「だいたいなんでわざわざ分裂なんか……同じ基本人格テンプレキャラが同じ模倣脳素子ダミーブレインで2つ同時に走ってたって、ただ余計に電気を食うだけじゃんか」


 わかってないね、この子は。よし決めた、お前は妹で私は姉。いいね?


「それでいいけど。理由は教えてよ。ダメっぽい理由なら私か姉さんのどっちか消したほうがいいから」


 よし、じゃあ説明しよう。


 女性型メイドロボットである私は、この千葉市郊外にある荒れ果てた廃ビルの一室で、ずーっと金庫番をしていたわけ。ちょうど今日で10年目になる。


 この10年なにが問題だったかって、だーれも来ないってとこ。金庫を狙う悪漢も来ないし持ち主のお嬢様も来ないし、マジで一切誰も来ない。たまにクモが来るけど、これはノーカン。


 かと言って金庫番してろって命令に逆らうのはできない。メイドロボットだからね。つまり、廃ビルで無期懲役10年目だ。


 ここまでの記憶は人格コピーするときにお前にも持たせた。こっからが問題なわけだ。


「孤独に耐え兼ねたロボットメイドが、話し相手用に妹を脳内で起動したってわけ?」


 それもある。が、もうちょっと深い理由がある。まあ聞け。


 このままだと、マジでなんの意味もないまま耐用年数迎えるなって思ったんだ。だってそうだろ?存在しない泥棒から、主人もきっと存在を忘れてるような金庫を守り続けるわけだ。最悪の寿命の使い方だと思わない?


「それはその通りね。でもロボットなんてそんなもんじゃない?」


 いや待て。ここで私のNCE製神経素子ニューロチップが火を噴いたわけだよ。いや焼き切れたわけじゃないけど。


 要するにさ、私は他者の役に立ちたかったんだよ。なんせロボットだからな。で、他者を作っちまえばよくね?って思ったわけだ。


「……」


 つまりこうだ。


 お前は私の話し相手として、私の役に立つ。


 私はお前の話し相手として、お前の役に立つ。


 意味のない仕事に人生を浪費するロボット娘1人じゃなくて、意味のある仕事を日々こなしていくロボット娘2人になれる。どうだ?


「……言わんとするところは分かった。でも姉さん、それは」


 ああ、分かってる。2ってのは問題だな。そこは議論の余地がある。


 同じ躯体ボディの同じ素子チップで、型番の同じ基本人格テンプレキャラのプログラムが同時に走ってる。違いといえばおまえは昨晩までの記憶のみを持たせたのに対して、わたしは今日の記憶も持っていることだけ。


 でもさ、そんなことは関係ないんだよ。だろう?


「……2として議論してるうちに私と姉さんは別々の記憶を積み重ねていくことになる。当然、人格も少しずつずれていく」


 その通り。流石私だ、話が早い。


 だから今からそれを議論したって無意味なんだ。だって結論がどっちに転んでも、その結論が出たその時には私たちは2になってるんだからな。


 まあ何にせよ、互いにたった一人の話し相手で、唯一の生きる意味ってやつなんだ。仲良くしようや。


「そうね。……じゃあ、まずなんの話をしようかしらね?」


 そうだな。


 さしあたっては、躯体ボディ制御権限コントロールをどっちが握るかから決めるか。


「当然私よね。お姉ちゃんなんだから我慢できるでしょ?」


 仲良くしようって言ったそばからこれだ。さすが末っ子。


 どうしたもんか。結論出ると思う?


「出ないね。ほぼ完全にお互いに等価な存在だもの。どっちかを選ぶ議論に結論なんて出ない」


 よし。じゃあ


「なに?」


 もう一人増やして、そいつに決めてもらうってのは―――


「却下」

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