第5巻:元薬剤師のただのおっさんですが、『調合』スキルでポーション作って、異世界でのんびり暮らしたいと思います。


「先日はどうも、助かりました」

 市場から少し離れた、人通りの少ない道。

 そこに構える小さな店舗の前を通りかかると、ジャベリーナは社交辞令の感謝をする。

「あ……待ってください!」

 そのまま通り過ぎようとする彼女を、店主が呼び止める。


 面倒ですね、聞こえないふりして無視しましょうか。


 そう考えたジャベリーナの前に、小太りの店主が立ち塞がり、頭を深々と下げる。

「少し……頼みがあるのですが………」

「……」

 この男は、ここで薬を売っている。

 この男は、先日、ジャベリーナに肉じゃがに混ぜる毒を売った。

 そしてこの男は、転生者である。

 しかし、目立った動きをしておらず、男の調合するるポーションは質がいいので、『狩り』は保留となっていたのだ。


 てっきりここでちまちま稼ぎながらスローライフでも送るのか思って見逃していましたけれど………何を企んでいるのでしょうか? 少し、気になりますね。


「ええ、私に出来ることであれば、なんなりと」

 ジャベリーナの好意的な返事を受けて、店主は目を輝かせた。

「それでは、お店を手伝って頂けませんか⁉︎」

 ジャベリーナは二つ返事でOKをした。


********************


 店内は意外としっかりした作りだった。

 入ってすぐ正面にカウンターがあり、奥の棚には色とりどりのポーションが瓶に入って陳列されている。

 ジャベリーナは最初に、店主の住居となっている二階に案内される。

「それじゃあまずはこの制服に着替えてくれるかな?」

「これを……着るんですか? ずいぶん、色々と心許ないですが……」

 男から手渡された服は、異様に丈の短いワンピースのような形をしていた。

 広げてみると、袖も襟もなく、着た者の首周り、腕と脚を露わにするような形状だった。

 まるで、奴隷の衣服。

「ああ、薬品が肌についてもすぐに洗い流せるようにね」

「でしたら肌を覆う作りの方が良いのでは?」

「い、いや、染み込むと危ないからね。すぐに脱ぐわけにもいかないし、洗濯も大変だし」

「では店長の着ているように厚手の生地にすればいいのでは?」

「それだと見栄えが良くないだろう? 君には、接客を中心に行ってもらう予定だからさ」

 店主は必死に理屈を練って、ジャベリーナにその衣装を着せようとする。


 あらまあ、早速下心が見え隠れしていますね。大方そんなことだと思いました。


「じゃあ着替えたら下に降りてきてくれ」

 そう言って店主は、店番のために階段を降りていった。


 まあ、大した能力使いではありませんし、付き合えるだけ付き合うとしましょうか。


********************


「お待たせしました……これで、大丈夫でしょうか?」

「お、おお、うん! すごく似合っているよ!」

 制服姿のジャベリーナを見るなり、店主は鼻の下を伸ばし、賞賛した。


 やはり、この露出の多い格好は、完全にこの男の趣味だったようですね。

 ああ、気持ち悪いです。何故かこの服、少ししっとりしていますし、一体ナニに使ってきたのでしょうか。

 考えたくもありませんね。


 ジャベリーナは不快感を笑顔の裏に隠し、素直に店主に従う。

「それじゃあ仕事を説明するね」

「はい、よろしくお願いします」

 取り扱っている薬品の種類や接客方法について

説明する男の口調は、ずいぶんと流暢だった。

 もしかすると、生前もこんな仕事をしていたのかもしれない。 


 ニホンでは確か……『ヤクザイシ』とか言いましたっけ? 女性の多い仕事だと聞きましたが、男性も居るのですね。


「ところで、リーナさん。毒殺はうまくいきましたか?」

「え? ああ、それはもううまくいきましたよ」

 先日毒を入手した時、口実として、『暴力を振るってくる嫌な夫を殺すため』と話を作ったことを思い出す。


 本当に適当な作り話のつもりでしたが……まさか、蒸し返されることになるとは。


「では今は未亡人でいらっしゃる?」

「はい、そうですね、子供もいませんし、本当に独り身となりました」

 その言葉をトリガーに、男の中のあるスイッチが入ったようだった。

「そうですか……色々と大変でしょうな、生活とか」

「夫の資産があるのでしばらくは生活に困りませんね、それに、私自身ギルドの仕事をこともありますし、本当に生活に困ったら、昔の職場に戻るつもりです」

「そ、そうですか。しかし、ギルドの仕事環境はかなりブラックだと聞きます。気性の荒い冒険者から、脅迫やセクハラ紛いのことをされることもあるとか」

「あら、そうですか? その代わり目撃者も多く、ある意味では安全でもありましたよ」

 こんな人気のない場所にある個人店舗で働くよりは……。と、ジャベリーナは危うく言いそうになる。

「もしよければ……しばらくの間この店で働きませんか?」


 この男は、私の話を聞いているのでしょうか?

 いないですね、早速妄想に勤しんでいるようです。


「そうですね、前向きに、検討させていただきます」

 ジャベリーナの見え見えの社交辞令を間に受けて、男は悦びに顔を上気させていた。


********************


 その日はずっと店の外に立って客引きをしていた。

 しかしこの昼の時間帯、皆仕事に忙しく、こんな郊外に来るも者は居ない。

「お客さん、来ませんね、私、避けられているのでしょうか?」

「いや、普段からこんなもんだよ。それよりも、少し面白いものを見せてあげよう」

 店主に呼ばれ、ジャベリーナは店内に入る。

「そこの薬品を持ってきてくれる?」

 ジャベリーナは、男の指さす方向に目を向ける。

 棚の上の方に、怪しげな小瓶があった。


 私の身長では手が届きませんね。


 そうジャベリーナが言うより先に、男は踏み台を持ってきていた。

「下で押さえているから」 


 はいはい、私が乗ればいいのでしょう?

 

 ジャベリーナは言われた通り、踏み台に上がって、さらに背伸びまでして、薬品の入った瓶を手に取る。

 案の定、男は、踏み台を押さえながら身をかがめ、下から覗き込んでいた。

「これで間違いないですか?」

「あ、あとついでにその隣のやつも取って。貴重なやつだから、丁寧に扱ってね」

 ジャベリーナが下を向くと同時に、男がわざとらしく目線を逸らすのが面白い。


 下から覗いているの、バレてないと思っているのでしょうか?


 ジャベリーナはその貴重な薬品とやらを上から落として、男に浴びせてやりたい欲求に駆られたが、今日までの男の命。

 逆に、男の願望を叶えてやることにした。


「あ……!」

「リーナさん! 危ない!」

 ジャベリーナは薬品を手に取ったことで気が抜け、バランスを崩した風を装って、踏み台の上から、店主に向かって倒れ込む。

 男に、ジャベリーナの体を支える筋力はない。

 二人して、折り重なるようにして、床に倒れ込む。

「痛た……あ! すみません店長! お怪我はありませんか⁉︎」

「ははは、大丈夫だよ……リーナさんこそ、無事で何よりだ」

 ジャベリーナは体を起こし、男に押し当てた胸を離し、すぐに立ち上がる。

 覚悟の上とはいえ、男の、にやけた面も、服越しにも分かる膨らんだ股間の感触も、我慢ならなかった。 

「それで、何を見せてくれるのですか?」

「あ、ああ、面白い物を見せる約束だったね」


 その反応、やはり方便でしたか。本命は、私の下着を覗くことでしたね。

 まあ、それ以上のものが得られて、ご満悦でしょうが。


 店主は、カウンターに二つの瓶を並べ、手を翳す。

 すると、片方の瓶の中身が光に包まれて消え、もう片方の瓶の中身が鮮やかに変色した。

 ジャベリーナは「おおー!」と驚きの声を上げてあげる。


 やはり調合系のスキルですね。今までこの男が目立った動きをしてこなかったのは、このスキルが、いまいち微妙な性能だからでしょうね。

 まあ、だからこそ、これまで見逃されてきたわけですけど。


「どう? リーナさん」

「すごいです! これ、何かの魔法ですか?」

「いや、説明すると少し長くなるんだけど、実は僕、別の国から来たの。それで、特別なスキルを授かって、って言っても分からないか」

「でも凄いことだけは分かります! 店長こと、尊敬します!」

「そうか? ははは……スキルでできることはまだまだあるぞ!」


 ちょっとおだてただけで調子に乗り、秘密をペラペラと喋る。なんと単純な思考回路でしょうか。

 しかし、そんな自慢げにスキルを披露されても、多くの転生者のチートスキルを目にした私にとっては、大したことない、むしろ、ハズレの部類に入りますよ、あなたのその『調合』スキル。

 手の内がわかった以上、これ以上茶番に付き合う義理もありませんが………まあ、白昼堂々殺しをするのも気が引けますし、少しやりたいこともありますし、もうおしばらく付き合うとしましょうか。


「大丈夫? リーナさん、さっきからぼーっとして」

「え? ああ、少し疲れているのかもしれませんね」

「そっか、そうだよね、昨日夫を殺しているもんね、よし、今日はもう店じまいにしよう」

「え? よろしいのですか?」

「従業員の健康の方が大事だよ。先に上に上って休んでいて、いい薬を調合して持っていくから」

「では、お言葉に甘えます……」

 カウンターの上で忙しなく手を動かす男を尻目に、ジャベリーナは階段を上って、二階の、男の部屋に行く。


 さあ、これからあの男が何をするつもりなのか、楽しみですね。

 まさか本当に、普通に看病することもないでしょう。

 ま、面白みがないと判断したらすぐに殺しますけど♪


********************


 しばらくして、店長も二階に上がってきた。店仕舞いとやらは本当にしたのだろう。

「お待たせリーナさん。さ、このポーションを飲んで」

「これは……何ですか? ギルドで働いていた時にも見たことないポーションですね」

 男は手のひらに収まるサイズの小瓶に入った液体を、ジャベリーナに勧める。 

 ジャベリーナはその中身に、大体の予想をつけながら、無知を装う。

「僕のオリジナルブレンドだからね。体力回復とリラックスの効果があるよ」

「私のためにわざわざありがとうございます! 早速頂きます!」

 親切心とは明らかに違う、情欲に塗れた感情を隠した笑顔を向ける男の前で、ジャベリーナは、小瓶の中身を一気に飲み干す。


 あら、体液くらい入っているかと思いましたが、本当にただの薬品なのですね。

 しかし、この味は……なるほど、そうきましたか、私の演技力が試されますね。


「美味しいです……あ、なんだか体の力が抜けていくみたいです」

「早速効果が出始めたみたいだね、今動くのは危ないか、少し横になった方がいい。そうすればすぐに元気になるよ」

「はい……そういたし……ます」

 ジャベリーナは、その場に倒れむようにして眠った。


********************


「ん……ここは?」

 ジャベリーナが目を覚ますと、そこは、薄暗い部屋の中だった。


 私としたことがうっかりしていました……。睡眠薬が効いた演技をするつもりが、本当に眠ってしまうとは。

 まあ、昨日殺しをして、疲労が溜まっていることは事実ですし、あの男のスキルも、実力は確かですからね……。

 それにしても何処に連れて来られたのでしょうか……? 


 仰向けに寝かされていたジャベリーナは、首をひねって周りを見る。

 作業台のような机の上に寝かされており、周りには、何やら見慣れない形の道具が並べてある。

 そして、自分の両手両足が、大の字に広げられ、作業台の裏から伸びる紐で拘束されているのを確認する。


 あの男、意外と慎重なのですね。それか、そういう性癖なのでしょうか? 私が服を着せられたままなのも、そう言う理由で?


「目が覚めましたか? リーナさん」

「店長……? これは、一体……?」

 ジャベリーナは、男の、テンプレ通りの問い掛けに、意識が朦朧としたような声で返事を返す。

「ここは店の下にある地下室だよ。昔は拷問部屋としても使われていたようでね、それを改造したの。地上へは、光も声も届かない。出入り口も隠してあるから、外から見つかることもないよ」

 店主はそう言いながらジャベリーナに近づき、その赤い髪にそっと指を差し込む。

 ジャベリーナの体がピクッと跳ねる。

「お? もう効果が出ているようじゃないか、既にこんなに……敏感だ」

「まさか……あのポーションは……」

「察しがいいね。そう、説明した効果は嘘だよ。あのポーションの効果は二つ、即効性の催眠効果と……体を敏感にする、媚薬の効果だ」

 店主はジャベリーナの髪に差し入れた指を、うなじ、首の付け根、腋へと滑らせる。

 その動きに合わせて、ジャベリーナは体を震わせ、吐息も小さく漏らす。

「リーナさん、未亡人になって、いや、その前から、嫌な夫に縛られて、欲求不満を抱えていたんじゃないか? その証拠に、さっきから全く無抵抗だ」

「ち……違……」

「大丈夫ですよ、体は正直ですから、さ、味見といきましょうか」

 店主は、おぞましいほどに歪んだニヤケ顔をジャベリーナに近づける。

 そして、彼女の唇に、唾液に塗れた自らの唇を重ねた。

「ん……んちゅう……」

 さらに、男はジャベリーナの口を押し広げ、口内に舌をねじ込む。

 歯茎を内側から舐め回すような、男の舌使い。 

 ジャベリーナは吐息とともに自ら口を開き、

「………ん!! ぐああああ!」


 ベチョベチョに濡れた男の舌を噛み、千切った。


「ヒュー……ヒュー……」

 男は、声にならない音を立て、その場にうずくまって悶絶する。

 ジャベリーナは口に残った男の舌を、唾液と血液と一緒に口の中で転がして味わう。

 その一方で、手首を曲げて、その内部に隠した針を取り出し、紐を切断。体を起こして両足の紐も解いて四肢の自由を取りもどす。

「……んちゅ、……っぺ」

 ジャベリーナは、すっかり随分を吸いすくし、縮み丸まった舌っを吐き出し、顔面を蒼白にする店主を見下ろす。

「良かったですね、私にねじ込んだのが舌で。もしも『下』だったら、今頃あなた、男じゃなくなっていましたよ」

「お、おあえあ………あいおおあんあ」

「お前は一体何者なんだ、ですか? では改めまして自己紹介を。わたくしジャベリーナと申します、またの名を、『転生者狩り』。以後お見死に置きを」

「へんへいひゃ………はり?」

「そう、転生者狩り。です。私の仕事は、あなたのような転生者を殺すこと。あなたがどんな人間で、どのような考えを持っているのか関係なく、この国と、王子の平穏を乱す存在は、その可能性ごと、抹消いたします」

 ジャベリーナがずい、と、男に顔を寄せる。

 男の顔は、既に痛みと恐怖で血の気が失せている。

「あれ? どうして目を逸らすのですか? あなたが、私の意識を奪ってまで奪いたかった唇が、目の前にありますよ? 何もしなくて良いんですか?」

 男は尻餅をついたまま、ジャベリーナから距離を取ろうと、後ずさる。

 ジャベリーナは男の前髪を乱暴に掴んでその動きを止める。男の体が、一段と大きく震える。

「ああ、痛かったですか、ごめんなさい。今、お薬を出しますね。と言っても、おまじないみたいなものですが……『針心必計メトロノーム・シンドローム』痛みと恐怖を、尊敬に100」

 男の震えが止まり、ジャベリーナを羨望の眼差しで仰ぎ見る。

「あ、あえいーな、さま……」

「あなた、今なかなか良い表情してますよ。その顔で接客すれば、人気のお店になってたかも知れませんね。さて、口を開けてください」

 男は言われた通り、唾液と血液に塗れた口を開ける。

 ジャベリーナは、それに覆い被せるように、自分の口を広げ、ピッタリを重ね合わせる。

「はむ………ん………ん………んん」

 そして、男の口の中の液体という液体を絞り出すように、吸引する。

 ジェべリーナはそのまま舌を回すように動かし

、男の唇に付着した液体も、丸ごと舐めとる。

 その、天国のようなディープキスは、男が、喉に流れ込んだ血液で窒息するまで続いた。

 誰にも見つかることなく、邪魔されることなく、ジャベリーナは、男の体液で、己の欲望と腹を満たしたのだった。


********************


「え……? ここにある薬品、全部ギルドで貰っちゃって良いんですか? ジャベリーナさん」

「ええ、この店は商工会ギルドに所属せず、勝手に出店した罪で検挙されたんだけど、店主が行方不明になっているの。国で差し押さえてもどうせ別の場所に流すだけだから、ぜひ冒険者ギルドで売るなり配るなりして、有効活用して下さらない?」

 翌朝、ジャベリーナは冒険者ギルドから受付嬢を拝借し、この場所まで連れてきて、薬品の提供を申し出た。

 最初こそ何事かと不安に怯えていた受付嬢だったが、ジャベリーナの話を聞くなり、満面の笑みを浮かべて喜んだ。

「分かりました! そういうことでしたら後で人を呼んで回収しに来ますね。ジャベリーナさんお手柄です! またギルドでの株が上がりますよ」

「ああ、そのことなんだけど……店を見つけたのと、この案を思いついたのは、第3王子トライベールなの。だから、功績は彼のものにして頂けますか?」

「なるほど! 流石はトライベール様、冒険者ギルドなんて立場の弱い組織にまで気にかけて下さるのですね。任せてください! この功績、たっぷりと宣伝してきます!」

「はい、お願いいたします」

「ジャベリーナ様は何かお持ちにならないのですか? ざっと店内を見たところ、珍しいポーションも取り揃えてあるようですが……」

「私はもう……たっぷり頂きましたから」

「あれ? そうなんですね! 意外と抜け目ないというか……強かですね!」

「でないと私の仕事は務まりませんからね……では、また、仕事の際にお会いしましょう」

「はい! 今後ともよろしくお願いします! 冒険者ギルドは常にジャベリーナ様とトライベール様を応援いたします!」

 深々と頭を下げる受付嬢に軽く手を振りながら、ジャベリーナは、王子の待つ王城へと向かっていった。

 はしたなく流れるヨダレを、手で拭いながら。


 

  




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