第4巻:不幸続きの異世界ライフも、『回復』スキルがあれば怖くない?
「ちょっと、君大丈夫? 傷だらけじゃない! 馬車にでも轢かれたの?」
「…………」
「と、とにかくこんな往来の真ん中じゃ危険だわ!安全場所まで移動しましょう? 自分で立てる? 無理?」
ジャベリーナは、街の冒険者ギルド前の広場で、全身を血で汚す、ボロ切れのような少年を拾った。
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「……ここは?」
「良かった、気がついたのね、ここは、冒険者ギルドに併設されている宿舎よ」
「僕を、助けて……?」
「ええ、そうよ、君、道の真んでボロボロになって倒れていたのよ? 一体何があったの?」
「……笑わないで、聞いてくれますか? 実は僕……日本という国から来た、転生者なんです」
ええ、知っています。だから拾ったんですよ?
という言葉と、思わず溢れる笑みを噛み殺し、ジャベリーナは、
どうやら、彼は、回復系の能力を持って転生し、その能力を使用して、広場で転んだ少女の怪我を回復させたところ、それを見ていた複数人の男にリンチに遭ったらしい。
それだけ聞けば、この少年は、紛れもなく善人で被害者だ。
しかし、転生者であるというだけで、あらゆる行動が否定され、憎悪の対象にとなる。
「それは災難だったわね。実は、この国の、特に冒険者ギルド関係者の中には、転生者を極端に敵視する人達がいるの」
「転生者を敵視……? なぜ?」
身に余る強大な力を使って、目に余る暴虐を尽くすからですよ。殺されて当然なほどの。
ジャベリーナは、笑顔の裏に殺意を隠し、優しく説明する。
「それはね。嫉妬によるものなの。転生者は大抵、普通の人間よりも強い。だから、ギルドの冒険者は仕事を取られ、報酬を取られ、魅力的な異性も取られてしまう。けれど、チート能力者には立て付けないから、彼らは、あなたのような優しい転生者に矛先を向けるのよ」
「そんな……僕、ここにいて大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とりあえず服を着替えて、それで人前で能力を使わなければ、転生者だとバレることはないわ」
ジャベリーナは、彼に質素な服を手渡す。
彼が意識を失っている間に、市場で買ったものだ。
「すみません……ええと、あなたの名前は?」
「私はリーナよ」
「リーナさん、どうして危険を冒してまで、あなたは僕を助けてくれたのですか?」
「それはね……私も、転生者だからよ」
「……え?」
それからジャベリーナは、かつて殺してきた転生者達から聞いた『ニホン』の情報を、さも自分の経験かのように話した。
それを聞いた和泉は、すっかり気を許し、ジャベリーナを信頼して二度寝をする始末だった。
「はあ……すみませーん」
「はい、お待たせしました……え? ジャベリーナ様ですか⁉︎」
「静かに……今、仕事中です」
ジャベリーナは和泉を置いて部屋を出て、ギルドの受付に足を運んでいた。
受付嬢は彼女を見るなり、驚きの声を上げ、すぐに慌てて口を閉じる。
見たことのない顔ですね、それにこの反応、新人でしょうか? では、丁寧に説明しないといけませんね。
「円滑に仕事を行うために、三つ、お願いしたいことがあります。一つは、私が今使っている二人部屋を……そうですね、三日間、予約できますか?」
「それなら……既に承っております」
おっと、そうでした。
アレを担ぎ込んだ時は、周りの人たちの殺意を鎮めるので精一杯で、その時に予約をしていたことを忘れていました。
「では二つ目、ここでの簡単な仕事を私に手配していただけますか」
「それは可能ですが……ジャベリーナ様に働いて頂かなくても、宮廷から協力料をいただけますよね?」
「宿泊代金を支払うためではなく、転生者の目を誤魔化すためです。私は『転生者であることを隠してここで働いている』という設定になっています」
「あ……! わかりました、では、あまり目立たない裏方の仕事を手配しますね」
「心遣い感謝します。最後に………強力な毒薬を所持している冒険者か、売っている場所をご存知ないかしら?」
部屋に戻ると、和泉は既に起きていた。
「あ、おかえりなさい。リーナさん」
「ただいま、もう体は大丈夫なの?」
「はい、能力のおかげですっかり元通りです」
「それは良かった! 夜ご飯にしましょうか」
そこは嘘でも、『リーナさんの看護のおかげです!』くらい言えないものでしょうか?
まあ、転生者に気の利いた言葉なんて期待してませんけど。
ジャベリーナは、買ってきた食材と、入手した毒薬をキッチンに並べながら、和泉の体を見る。
本人の言っていた通り、本当に、綺麗さっぱり治っていますね……。
回復系の能力、それも、自分自身も治癒できる優れもの、ですか。
多少面倒ですが、まずは、能力の詳細を調べないといけませんんね。
ジャベリーナは手元で料理をしながら、頭では、彼の殺しの算段を立てていた。
********************
「はい、どうぞ、お口に合うといいけど……」
「うわあ……!」
ジャベリーナが和泉のために作った料理は、日本の伝統料理、肉じゃがだった。
ふふ、分かりやすく喜んでいますね。それもそうでしょう、見知らぬ土地に飛ばされて、見知らぬ人間にリンチされて、身も心もボロボロの時に、見知った料理にありつけたのですから。
よく、味わってください。
「うん………少し味付けが独特だけど、美味しいよ!」
「それは良かった……!」
「リーナさんは、食べないの?」
「私はもう、ギルドの方で賄いを食べたから」
「ふーん、いい職場なんだね」
そんなことを言いながら、和泉は美味しそうに肉じゃがを食べている。
それに毒が入っているとも知らずに。
とはいえ、死ぬような毒ではありません。
成分はじゃがいもの芽に似たもの、せいぜい、お腹を下す程度です。いくら彼が人間不信気味といっても、ここまで良くしてくれた私に対し、疑うような真似はしませんよね?
この毒の目的は二つです。
一つは、イズミの能力で毒を感知できるのか。
既に口に入れている段階で、それはありませんかね? まあ、毒が入っていると気付いたとしても、私の手違いで済ませるでしょうが。
もう一つは、こちらが本命なのですが、毒の治癒もできるのか、すなわち,回復能力が体内にまで及ぶのか。
もしそうなら、少し殺しが難航しそうですね。
「ごちそうさまでした!」
「あら、すべて食べてくれたのね!」
「はい、とても美味しかったです」
嘘をついているようには見えない。毒の検知はできないのですね。
まあ、効果が出るまで,もしくは出ないまで、気長に待つとしましょう。
「そうだ、和泉さん、お風呂に入る?」
「え? あるの⁉︎」
「もちろん」
ジャベリーナは和泉を浴室へと案内する。
そして、和泉が服を着て脱ぎ、体を洗い始めた段階で、服を脱ぎ、乱入する。
「え⁉︎ ちょっと、リーナさん……⁉︎」
「和泉様は病み上がりですので……大事をとって、ご一緒しようかと」
「い、いや、本当に大丈夫だから!」
ジャベリーナは、和泉の体を上から下まで見る。
その体に、傷跡は一歳残っていたなかった。切り傷擦り傷などの外傷だけでなく、骨折や打撲といった内部の損傷も、短時間で回復するらしい。
やはり、厄介な能力ですが……反応が初心で助かりました。この様子ならいつもの手が使えそうですね。
「私と一緒では、嫌、ですか?」
「い、いや、嫌ではないけど……」
「なら一緒に入りましょう! 同じ転生者同士、これからも仲良く、ね?」
そう言ってジャベリーナは和泉の背中に回り込み、背後から手を回して抱きつきながら、胸を押し当てる。
「う……くう……」
『どうしました? どこか、痛むのですか……?」
「そ、そうじゃない……あ、ちょ、やめ……」
後ろから密着したまま、ジャベリーナは、和泉の体を優しく撫で回す。
狙い通りの場所で、予想通りの反応。
ああ……こうしていると、幼少期のトライベール様を思い出します。
私が王子の世話係として働いていた頃。あの時の王子は、よく転んでは血を流し、食事をしては口から溢し、夜寝ると大抵おねしょをしていましたね、そうそう、一緒にお風呂に入った時に、精通してしまわれたことも記憶に新しいです。
ああ、その時からでしょうか、私が王子の虜になってしまったのは。
その前からでしょうね、私が、人の体液に興奮を覚えるようになったのは。
「あの……ジャベリーナさん、本当に、大丈夫ですから……」
「ああ、ごめんなさい、いつまでも体を触って、失礼でしたね」
「じゃ、じゃあ僕はこれで……」
そう言いながら、和泉は股間を押さえ、前屈みの姿勢で浴室から出ようとする。
まあ十分『溜まって』いるでしょうけれど……念のため、そして、今日の私の興の為。
もう少し、お付き合いしていただきましょうか。
「あら、お湯にか浸からないのですか……? 勿体ない、せっかく入れたのに」
「あ、そ、それもそうですね、じゃあ遠慮なく……」
そう言って、股間を隠しながら前を横切り湯船に向かう和泉を、ジャベリーナは、抱き抱えた。
「え? え⁉︎」
そして抱っこしたまま、一緒に湯船に浸かる。
今度は、正面向きで。
膝の上に、赤ん坊を乗せるような体勢になっている。
「リーナさん……! こ、これは……?」
「同じ転生者同士、仲良く、しましょ」
「ああ……」
全裸のジャベリーナを真正面から見て、茹で上がったように顔を、首まで赤く染める和泉。
ジャベリーナは、そんな彼に顔を近づけて、耳元で囁く。
さて、これでもう、限界近くまで『溜まり』ましたね。
「では、至福のひと時を、『
その一言で、和泉は、生気を抜かれたように、ジャベリーナの胸に倒れこむ。
********************
「……は⁉︎」
「おはようございます、和泉様」
「あれ……僕は、昨日……」
「どうかされましたか? 何か、良い夢でも見られましたか?」
ベッドの上で仰向けに寝転がる和泉に、ジャベリーナは、優しく声をかける。
「夢……? あれは、いや、でも」
どうやら混乱しているようですね、記憶も曖昧なようですし。
さて、準備は完了していますし、そろそろネタバラシを……。
「あの、リーナさん、俺、決めました」
「……何を、でしょうか?」
「俺、この能力のせいで酷い目に遭ったけど、それでも! 人の役に立てたいです! リーナさんのように、優しい人のために!」
ピクッとジャベリーナの肩が動く。唇が、震える。
「だからお願いします! 俺も一緒にここで働かせてください! きっと、冒険者の役にたってみせます」
そう言って和泉を身を乗り出そうとするが、そこで彼は気づく。
自分の体が、全く動かないことを。
「あれ……?」
「く、くくく、あははははは!」
ジャベリーナが我慢できずに、高らかに笑い出す。
「私のように優しい……? 冒険者の役に立つ……? ああ、可笑しい、起きて早々、そんな寝言を言うなんて」
「寝言なんて……なんで、体が動かないんだ!」
「私が縫ったからです。あなたが寝ている間に」
「縫った……? どう言う意味?」
「そのまんまの意味です。あなたの関節が曲がらないように、本来繋がることのない皮膚と皮膚を縫い付けました」
そう言ってジャベリーナは、和泉の体にかかる掛け布団を剥ぎ取る。
そうして露わになった和泉の体には、血管が浮き出たように、全身に糸が伝っていた。
「う、うわああああああ! な、なんで、こんな!」
「あなたの能力のせいです。『この能力のせいで酷い目に遭う』。本当にその通りですね。別の能力であれば、首を一刺しで殺して差し上げましたのに」
「能力のせい……? それに、殺すだって? どうしちゃったんだ! リーナさん! まさか、ギルドの連中に脅されて……」
「リーナではなく、ジャベリーナです、またの名を、転生者狩り。いい加減目を覚ましてください。私は、同じ転生者というだけでシンパシーを感じ、自分の身の安全を顧みず、見ず知らずの男を助け、手料理を振る舞い、混浴をし、裸体を晒すような人間ではありません。ていうか、そんな人間はこの世にいません」
「そ、そんな……」
「脅される? 騙される? 何を言ってるんですか? そもそも、この冒険者のギルドには、職員を含め、あなたに好意的な人間なんていませんよ」
「何故だ⁉︎ 僕が一体何をしたって言うんだ! 小さい子を助けた、それだけだ!」
「それで十分です。小さい子を助けた、それだけは立派な行為です。しかし、転生者は、もれなく立派な人間ではない。すぐに力を乱用します。あなたが冒険者となったらどうなりますか? 高難易度クエストをこなして賞金を独占し、最強の回復役となって他の回復術師の仕事を奪い、回復薬が売れなくなり、そしてどんな喧嘩でもあなたは無傷、あなたが傷つけた相手はたちまち回復、証拠が残らない。そんな危険な存在を、誰が認め、受け入れると言うのでしょう」
ジャベリーナはそう語りながら、和泉を抱え、浴室まで連れて行く。
「僕が……そんなことをする人間に見えるのか⁉︎」
「見えませんね、でも、私もこんなことをする人間には見えないでしょう?」
ジャベリーナは針を取り出し、肩に担いだ和泉の目に突き刺す。
「あ……! あああああああああ‼︎」
「さて、着きましたよ、あなたの大好きな、浴場です、本当は広場に放置して、ギルドの皆さんで楽しんで頂く予定でしたが、生憎、次の仕事が入ってしまいまして、手早く、済ませたいと思います」
「僕には………回復能力があるぞ、毒も、効かない」
「はい、そのようですね、あ、もしかして昨日の肉じゃが、気付いてました?」
「ああ、気付いてた! でも、あなたを信じたんだ! わざと、そんなことをする訳がないって! きっと、何かの手違いだって!」
「そうですか。気付いて、気付かないふりをしてくれると、私は計算しましたが」
「ちくしょう! ちくしょう!」
「さて、昨日のお湯そのままなので、ほとんど水ですが、頭を冷やすにはちょうどいいでしょう」
「何をする……やめろ……やめてくれ!」
ジャベリーナは、和泉を持ち上げると、湯船の横についているフックに和泉の足首の糸を引っ掛け、逆さに吊り下げる。
これも計算通り、和泉の頭部がちょうど湯船に沈む。
「ガボッ! ………ゴボゴボ」
「さて、これで静かになりましたね。このまま放置でもいいですが、まあ、最後まで私を信じていた、その馬鹿正直な精神に免じて、恐怖と苦しみを和らげてあげましょう。『
ジャベリーナがそう唱えると、ビクンッ! と、和泉の体が、釣り上げられた魚のように跳ねた。
「あらあら、昨日の分が、残ってたのでしょうか?」
ジャベリーナは和泉のズボンに手を掛け、ずり上げる。
白く濁った粘っこい液体が、湯船に垂れる。続けて、透明な液体が、流れ落ちる。
「射精と失禁、両方でしたか、ふふ、ニホンジンは小さい代わりに器用ですね」
そう言ってジャベリーナは、和泉の体には目もくれず、和泉の体液が混じった湯船の水に顔を近づける。
「では、いただきます」
そう言って手を合わせ、湯船の中を手で掬って飲む。しかし、結局直接口をつけて、ゴクゴクと飲み始めた。
「あ、はあ……意外と、美味しいですね、もしかして、こちらにも、昨日の分が残っていたのでしょうか? んぐ………」
それからしばらく後で、ギルドの受付に、『部屋の片付け』の依頼が入った。
清掃員が足を踏み入れ、目にしたのは、水滴一つ無い、空っぽの浴槽だった。
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