第4巻:不幸続きの異世界ライフも、『回復』スキルがあれば怖くない?

「ちょっと、君大丈夫? 傷だらけじゃない! 馬車にでも轢かれたの?」

「…………」

「と、とにかくこんな往来の真ん中じゃ危険だわ!安全場所まで移動しましょう? 自分で立てる? 無理?」

 ジャベリーナは、街の冒険者ギルド前の広場で、全身を血で汚す、ボロ切れのような少年を拾った。


********************

  

「……ここは?」

「良かった、気がついたのね、ここは、冒険者ギルドに併設されている宿舎よ」

「僕を、助けて……?」

「ええ、そうよ、君、道の真んでボロボロになって倒れていたのよ? 一体何があったの?」

「……笑わないで、聞いてくれますか? 実は僕……日本という国から来た、転生者なんです」


 ええ、知っています。だから拾ったんですよ?


 という言葉と、思わず溢れる笑みを噛み殺し、ジャベリーナは、和泉回人いずみかいとと名乗る少年の話に耳を傾ける。


 どうやら、彼は、回復系の能力を持って転生し、その能力を使用して、広場で転んだ少女の怪我を回復させたところ、それを見ていた複数人の男にリンチに遭ったらしい。

 それだけ聞けば、この少年は、紛れもなく善人で被害者だ。

 しかし、転生者であるというだけで、あらゆる行動が否定され、憎悪の対象にとなる。


「それは災難だったわね。実は、この国の、特に冒険者ギルド関係者の中には、転生者を極端に敵視する人達がいるの」

「転生者を敵視……? なぜ?」


 身に余る強大な力を使って、目に余る暴虐を尽くすからですよ。殺されて当然なほどの。


 ジャベリーナは、笑顔の裏に殺意を隠し、優しく説明する。

「それはね。嫉妬によるものなの。転生者は大抵、普通の人間よりも強い。だから、ギルドの冒険者は仕事を取られ、報酬を取られ、魅力的な異性も取られてしまう。けれど、チート能力者には立て付けないから、彼らは、あなたのような優しい転生者に矛先を向けるのよ」

「そんな……僕、ここにいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫、とりあえず服を着替えて、それで人前で能力を使わなければ、転生者だとバレることはないわ」

 ジャベリーナは、彼に質素な服を手渡す。

 彼が意識を失っている間に、市場で買ったものだ。

「すみません……ええと、あなたの名前は?」

「私はリーナよ」

「リーナさん、どうして危険を冒してまで、あなたは僕を助けてくれたのですか?」

「それはね……私も、転生者だからよ」

「……え?」

 それからジャベリーナは、かつて殺してきた転生者達から聞いた『ニホン』の情報を、さも自分の経験かのように話した。

 それを聞いた和泉は、すっかり気を許し、ジャベリーナを信頼して二度寝をする始末だった。

 


「はあ……すみませーん」

「はい、お待たせしました……え? ジャベリーナ様ですか⁉︎」

「静かに……今、仕事中です」

 ジャベリーナは和泉を置いて部屋を出て、ギルドの受付に足を運んでいた。

 受付嬢は彼女を見るなり、驚きの声を上げ、すぐに慌てて口を閉じる。


 見たことのない顔ですね、それにこの反応、新人でしょうか? では、丁寧に説明しないといけませんね。


「円滑に仕事を行うために、三つ、お願いしたいことがあります。一つは、私が今使っている二人部屋を……そうですね、三日間、予約できますか?」

「それなら……既に承っております」


 おっと、そうでした。

 アレを担ぎ込んだ時は、周りの人たちの殺意を鎮めるので精一杯で、その時に予約をしていたことを忘れていました。


「では二つ目、ここでの簡単な仕事を私に手配していただけますか」

「それは可能ですが……ジャベリーナ様に働いて頂かなくても、宮廷から協力料をいただけますよね?」

「宿泊代金を支払うためではなく、転生者の目を誤魔化すためです。私は『転生者であることを隠してここで働いている』という設定になっています」

「あ……! わかりました、では、あまり目立たない裏方の仕事を手配しますね」

「心遣い感謝します。最後に………強力な毒薬を所持している冒険者か、売っている場所をご存知ないかしら?」



 部屋に戻ると、和泉は既に起きていた。

「あ、おかえりなさい。リーナさん」

「ただいま、もう体は大丈夫なの?」

「はい、能力のおかげですっかり元通りです」

「それは良かった! 夜ご飯にしましょうか」


 そこは嘘でも、『リーナさんの看護のおかげです!』くらい言えないものでしょうか?

 まあ、転生者に気の利いた言葉なんて期待してませんけど。


 ジャベリーナは、買ってきた食材と、入手した毒薬をキッチンに並べながら、和泉の体を見る。


 本人の言っていた通り、本当に、綺麗さっぱり治っていますね……。

 回復系の能力、それも、自分自身も治癒できる優れもの、ですか。

 多少面倒ですが、まずは、能力の詳細を調べないといけませんんね。


 ジャベリーナは手元で料理をしながら、頭では、彼の殺しの算段を立てていた。


********************


「はい、どうぞ、お口に合うといいけど……」

「うわあ……!」

 ジャベリーナが和泉のために作った料理は、日本の伝統料理、肉じゃがだった。


 ふふ、分かりやすく喜んでいますね。それもそうでしょう、見知らぬ土地に飛ばされて、見知らぬ人間にリンチされて、身も心もボロボロの時に、見知った料理にありつけたのですから。

 よく、味わってください。


「うん………少し味付けが独特だけど、美味しいよ!」

「それは良かった……!」

「リーナさんは、食べないの?」

「私はもう、ギルドの方で賄いを食べたから」

「ふーん、いい職場なんだね」

 そんなことを言いながら、和泉は美味しそうに肉じゃがを食べている。


 それに毒が入っているとも知らずに。

 とはいえ、死ぬような毒ではありません。

 成分はじゃがいもの芽に似たもの、せいぜい、お腹を下す程度です。いくら彼が人間不信気味といっても、ここまで良くしてくれた私に対し、疑うような真似はしませんよね?

 この毒の目的は二つです。

 一つは、イズミの能力で毒を感知できるのか。

 既に口に入れている段階で、それはありませんかね? まあ、毒が入っていると気付いたとしても、私の手違いで済ませるでしょうが。

 もう一つは、こちらが本命なのですが、毒の治癒もできるのか、すなわち,回復能力が体内にまで及ぶのか。

 もしそうなら、少し殺しが難航しそうですね。


「ごちそうさまでした!」

「あら、すべて食べてくれたのね!」

「はい、とても美味しかったです」


 嘘をついているようには見えない。毒の検知はできないのですね。

 まあ、効果が出るまで,もしくは出ないまで、気長に待つとしましょう。


「そうだ、和泉さん、お風呂に入る?」

「え? あるの⁉︎」

「もちろん」

 ジャベリーナは和泉を浴室へと案内する。

 そして、和泉が服を着て脱ぎ、体を洗い始めた段階で、服を脱ぎ、乱入する。

「え⁉︎ ちょっと、リーナさん……⁉︎」

「和泉様は病み上がりですので……大事をとって、ご一緒しようかと」

「い、いや、本当に大丈夫だから!」

 ジャベリーナは、和泉の体を上から下まで見る。

 その体に、傷跡は一歳残っていたなかった。切り傷擦り傷などの外傷だけでなく、骨折や打撲といった内部の損傷も、短時間で回復するらしい。


 やはり、厄介な能力ですが……反応が初心で助かりました。この様子ならいつもの手が使えそうですね。


「私と一緒では、嫌、ですか?」

「い、いや、嫌ではないけど……」

「なら一緒に入りましょう! 同じ転生者同士、これからも仲良く、ね?」

 そう言ってジャベリーナは和泉の背中に回り込み、背後から手を回して抱きつきながら、胸を押し当てる。

「う……くう……」

『どうしました? どこか、痛むのですか……?」

「そ、そうじゃない……あ、ちょ、やめ……」

 後ろから密着したまま、ジャベリーナは、和泉の体を優しく撫で回す。

 狙い通りの場所で、予想通りの反応。


 ああ……こうしていると、幼少期のトライベール様を思い出します。

 私が王子の世話係として働いていた頃。あの時の王子は、よく転んでは血を流し、食事をしては口から溢し、夜寝ると大抵おねしょをしていましたね、そうそう、一緒にお風呂に入った時に、精通してしまわれたことも記憶に新しいです。

 ああ、その時からでしょうか、私が王子の虜になってしまったのは。

 その前からでしょうね、私が、人の体液に興奮を覚えるようになったのは。


「あの……ジャベリーナさん、本当に、大丈夫ですから……」

「ああ、ごめんなさい、いつまでも体を触って、失礼でしたね」

「じゃ、じゃあ僕はこれで……」

 そう言いながら、和泉は股間を押さえ、前屈みの姿勢で浴室から出ようとする。

 まあ十分『溜まって』いるでしょうけれど……念のため、そして、今日の私の興の為。

 もう少し、お付き合いしていただきましょうか。

「あら、お湯にか浸からないのですか……? 勿体ない、せっかく入れたのに」

「あ、そ、それもそうですね、じゃあ遠慮なく……」

 そう言って、股間を隠しながら前を横切り湯船に向かう和泉を、ジャベリーナは、抱き抱えた。

「え? え⁉︎」

 そして抱っこしたまま、一緒に湯船に浸かる。

 今度は、正面向きで。

 膝の上に、赤ん坊を乗せるような体勢になっている。

「リーナさん……! こ、これは……?」

「同じ転生者同士、仲良く、しましょ」

「ああ……」

 全裸のジャベリーナを真正面から見て、茹で上がったように顔を、首まで赤く染める和泉。

 ジャベリーナは、そんな彼に顔を近づけて、耳元で囁く。


 さて、これでもう、限界近くまで『溜まり』ましたね。


「では、至福のひと時を、『計心必針メトロノーム・シンドローム』。性的欲求と興奮を、睡魔に50、安静に50』

 その一言で、和泉は、生気を抜かれたように、ジャベリーナの胸に倒れこむ。

 

********************


「……は⁉︎」

「おはようございます、和泉様」

「あれ……僕は、昨日……」

「どうかされましたか? 何か、良い夢でも見られましたか?」

 ベッドの上で仰向けに寝転がる和泉に、ジャベリーナは、優しく声をかける。

「夢……? あれは、いや、でも」


 どうやら混乱しているようですね、記憶も曖昧なようですし。

 さて、準備は完了していますし、そろそろネタバラシを……。


「あの、リーナさん、俺、決めました」

「……何を、でしょうか?」

「俺、この能力のせいで酷い目に遭ったけど、それでも! 人の役に立てたいです! リーナさんのように、優しい人のために!」

 ピクッとジャベリーナの肩が動く。唇が、震える。

「だからお願いします! 俺も一緒にここで働かせてください! きっと、冒険者の役にたってみせます」

 そう言って和泉を身を乗り出そうとするが、そこで彼は気づく。

 自分の体が、全く動かないことを。

「あれ……?」

「く、くくく、あははははは!」

 ジャベリーナが我慢できずに、高らかに笑い出す。

「私のように優しい……? 冒険者の役に立つ……? ああ、可笑しい、起きて早々、そんな寝言を言うなんて」

「寝言なんて……なんで、体が動かないんだ!」

「私が縫ったからです。あなたが寝ている間に」

「縫った……? どう言う意味?」

「そのまんまの意味です。あなたの関節が曲がらないように、本来繋がることのない皮膚と皮膚を縫い付けました」

 そう言ってジャベリーナは、和泉の体にかかる掛け布団を剥ぎ取る。

 そうして露わになった和泉の体には、血管が浮き出たように、全身に糸が伝っていた。

「う、うわああああああ! な、なんで、こんな!」

「あなたの能力のせいです。『この能力のせいで酷い目に遭う』。本当にその通りですね。別の能力であれば、首を一刺しで殺して差し上げましたのに」

「能力のせい……? それに、殺すだって? どうしちゃったんだ! リーナさん! まさか、ギルドの連中に脅されて……」

「リーナではなく、ジャベリーナです、またの名を、転生者狩り。いい加減目を覚ましてください。私は、同じ転生者というだけでシンパシーを感じ、自分の身の安全を顧みず、見ず知らずの男を助け、手料理を振る舞い、混浴をし、裸体を晒すような人間ではありません。ていうか、そんな人間はこの世にいません」

「そ、そんな……」 

「脅される? 騙される? 何を言ってるんですか? そもそも、この冒険者のギルドには、職員を含め、あなたに好意的な人間なんていませんよ」

「何故だ⁉︎ 僕が一体何をしたって言うんだ! 小さい子を助けた、それだけだ!」

「それで十分です。小さい子を助けた、それだけは立派な行為です。しかし、転生者は、もれなく立派な人間ではない。すぐに力を乱用します。あなたが冒険者となったらどうなりますか? 高難易度クエストをこなして賞金を独占し、最強の回復役となって他の回復術師の仕事を奪い、回復薬が売れなくなり、そしてどんな喧嘩でもあなたは無傷、あなたが傷つけた相手はたちまち回復、証拠が残らない。そんな危険な存在を、誰が認め、受け入れると言うのでしょう」

 ジャベリーナはそう語りながら、和泉を抱え、浴室まで連れて行く。

「僕が……そんなことをする人間に見えるのか⁉︎」

「見えませんね、でも、私もこんなことをする人間には見えないでしょう?」

 ジャベリーナは針を取り出し、肩に担いだ和泉の目に突き刺す。

「あ……! あああああああああ‼︎」

「さて、着きましたよ、あなたの大好きな、浴場です、本当は広場に放置して、ギルドの皆さんで楽しんで頂く予定でしたが、生憎、次の仕事が入ってしまいまして、手早く、済ませたいと思います」

「僕には………回復能力があるぞ、毒も、効かない」

「はい、そのようですね、あ、もしかして昨日の肉じゃが、気付いてました?」

「ああ、気付いてた! でも、あなたを信じたんだ! わざと、そんなことをする訳がないって! きっと、何かの手違いだって!」

「そうですか。気付いて、気付かないふりをしてくれると、私は計算しましたが」

「ちくしょう! ちくしょう!」

「さて、昨日のお湯そのままなので、ほとんど水ですが、頭を冷やすにはちょうどいいでしょう」

「何をする……やめろ……やめてくれ!」

 ジャベリーナは、和泉を持ち上げると、湯船の横についているフックに和泉の足首の糸を引っ掛け、逆さに吊り下げる。


 これも計算通り、和泉の頭部がちょうど湯船に沈む。


「ガボッ! ………ゴボゴボ」

「さて、これで静かになりましたね。このまま放置でもいいですが、まあ、最後まで私を信じていた、その馬鹿正直な精神に免じて、恐怖と苦しみを和らげてあげましょう。『針心必計メトロノーム・シンドローム』、全感情を、安心感に………50、性的衝動に50』」

 ジャベリーナがそう唱えると、ビクンッ! と、和泉の体が、釣り上げられた魚のように跳ねた。

「あらあら、昨日の分が、残ってたのでしょうか?」

 ジャベリーナは和泉のズボンに手を掛け、ずり上げる。

 白く濁った粘っこい液体が、湯船に垂れる。続けて、透明な液体が、流れ落ちる。

「射精と失禁、両方でしたか、ふふ、ニホンジンは小さい代わりに器用ですね」

 そう言ってジャベリーナは、和泉の体には目もくれず、和泉の体液が混じった湯船の水に顔を近づける。

「では、いただきます」

 そう言って手を合わせ、湯船の中を手で掬って飲む。しかし、結局直接口をつけて、ゴクゴクと飲み始めた。

「あ、はあ……意外と、美味しいですね、もしかして、こちらにも、昨日の分が残っていたのでしょうか? んぐ………」

 それからしばらく後で、ギルドの受付に、『部屋の片付け』の依頼が入った。

 清掃員が足を踏み入れ、目にしたのは、水滴一つ無い、空っぽの浴槽だった。

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