第3巻:俺の幼馴染がチートすぎる! 〜2人の魔術で楽々異世界攻略〜

「ん……ん……ん……ぷはぁ……ああ、トライベール様ぁ」

「お疲れ様、ジャベリーナ。飲み終えたかい? それじゃあ次の仕事の話をしよう」

 第3王子トライベール。容姿端麗、頭脳明晰であり、国内では、特に女性からの支持が厚い。

 しかし、病弱であまり姿を見せないことや、優秀な2人の兄の存在によって、王の後継としては苦境に立たされている。 

 そこで目をつけたのが、『転生者狩り』だった。

 圧倒的なチート能力を、私利私欲に使い、国内を壊滅的な混乱に陥れる、転生者。

 その速やかな排除は、国家の安寧をもたらすだろう。

 実権を握り、正規の部隊組織するまでの間、ジャベリーナに、その任務を与えた。

 彼女は普通の女性ではない。相手の感情の方向性を自在に操作する、凶悪な能力『計心必針メトロノーム・シンドローム」を有する。

 ちなみに、幼少期の王子の世話係でもある。

 ベッドに腰掛けている王子は、彼の足の付け根に顔を埋めている彼女、ジャベリーナの頭を撫でながら、次の仕事の話を始める。

「今度の転生者は2人だ。1人は『伊集院いじゅういん たけし』。男。肉体操作系の魔術を使用する。もう1人は、『西園寺さいおんじ ひかり』。女。自然操作系の魔術を使用する」

「両方とも魔術師なのですね、2人の関係性は?」

「向こうの国では『オサナナジミ』というらしい、意味、分かるか?」

「昔からの知り合いってことですね、私たちのように」

「それはニュアンスが大分違うけど……まあいいか、とにかくその二人組が、この辺りで目撃されている」

 王子は地図を出し、ある場所を指さす。

「この辺りは、タチの悪いモンスターがよく出没する平野ですね」

「もう随分と魔術を使いこなして、モンスターを狩っているらしい。今はまだ平野で遊んでいるだけだけど、街に入られたら大変だ、辛い仕事だと思うが……至急対処して欲しい」

 ジャベリーナはパッと身を起こして立ち上がり、王子に振り返って、手を前に振りながら礼をする。

「仰せのままに、私、転生者狩りのジャベリーナ。華麗な殺しをしてご覧に入れましょう」

「援軍を送りたいが、兄たちに手柄を奪われるわけにはいかないんだ、すまない」

「あら、気にすることはありません。私の能力は、多人数を相手にしてこそ、真価を発揮するのですから。それが親しい間柄であれば、尚更」

 では行ってまいります。そう丁寧に挨拶をして、ジャベリーナは王子の部屋を後にした。


********************


「よっしゃ! これで10体目! 西園寺、そっちはどうだ?」

「これでもう13対目よ! 健には負けないんだから!」

 遠くの方で閃光と、少し遅れて爆発音。

 2人の人間が、ゴブリンの群れと戦闘している。というよりも、蹂躙している。


 男の方は、大小問わず、素手でゴブリンを殴り飛ばしている。あれが肉体強化の魔法、素手で戦う私にとっても羨ましい限りです。

 女の方は、大小まとめて、風の魔法で、文字通り吹き飛ばしている。自然操作の魔法ですね。それはさておき、年齢はまだ17歳だというのに、彼女、なかなかにいい体してますね。特に腰のラインなんか、立体的で、健康的で。それに肌も艶艶で、羨ましい限りです。 


 ジャベリーナは王子の情報通りの風貌、能力を有する二人組を見つけると、近くから彼女を狙っていたゴブリンたちを誘導して、彼らに差し向けた。

 威力偵察のつもりだったが、戦力に差がありすぎて、役割を果たしていない。


 やはり、直接対峙する他ありませんか。この広い場所では、1人ずつ暗殺も難しいですしね。

 ジャベリーナは、堂々と2人の方へと近づいていった。


********************


「ねえ、健、気づいてる? あの女の人……」

「ああ、さっきからずっと俺たちのことを見守っていたな! きっと、『腕を見込んで頼みがあります。どうか魔物に襲われた、私の村を救ってください』とか言いに来るぞ……!」

「はぁ……なんで男子って、すぐそんな発想に至るのよ……」

「仲睦まじくお話中のところすみません。お二人の、その腕前を見込んで頼みがあるのですが……」

「ほらな! なんでしょうか、俺たちにできることであれば、何なりと、力になりますよ」

「ちょっと、健、少しは警戒しなさいよ」

「ありがとうございます! では、死んで下さい」

 ジャベリーナは、掌に握り込んでいた針を、指の間にスライドさせ握り込み、男の顔面に、パンチと同時に打ち込む。

「……健!!」

 健は、その場から一切動くことなく、頭突きで、ジャベリーナの針を迎え撃った。

「へーきへーき、油断大敵! 下がってろ! 西園寺」

 健の蹴りをジャベリーナは後ろに飛んでかわす。

 そこに、石礫の追撃がある。

 光の放った魔法だ。

「冗談でしょ? 2人がかりで一気に仕留めるわよ!」

 健が前衛、光が後衛の、陣形を取り、ジャベリーナに向き合う。

「ふーん、勇ましいことですね、たまたま与えられた能力に、余程の自信があるのでしょう。しかし、正体不明の私をいきなり『仕留める』だなんて、穏やかではありませんね。一体全体どんな神経をしていらっしゃるのですか?」

「はっ! いきなり針で顔面殴ってきた女に言われたくないね! 一応聞いてやる、何者だよ、お前」

「私はジャベリーナ。またの名を『転生者狩り』。世界を乱す能力者を、滅し壊して英雄となる者です。以後、

「こっちからの自己紹介は要らねえよな!」

 戦いの火蓋が、切って落とされた。


********************


「クソ……あのクソ女が!!」

「レディーに対して失礼ですよ。ジャベリーナ様とお呼びください」

「誰が! お前に敬称をつけるか!」

 健が強化した肉体で前方に跳躍し、一瞬でジャベリーナに肉薄する。

 胴体目掛けて拳を放つ、しかし、ジャベリーナは差し出された腕を手すりのように扱って肘で受け止め、跨いで《乗り越える》。

「チッ……! また!」

 ジャベリーナは健には目もくれず、遠距離から魔法で支援をしている光の元へと走る。

 ジャベリーナは光の胸に、針を突き立てる。しかし、氷の壁に阻まれて、届かない。

 氷が砕けたタイミングで、もう片方の手に握った針を打ち込もうと腕を振り被るが、そこに健が割って入り、ジャベリーナを蹴り飛ばす。

 ジャベリーナは空中で一回転し、軽やかに着地する。

 そして、不敵な笑みを浮かべ、2人を眺める。


 ジャベリーナが執拗に光を狙い、それを健が庇う。そんな攻防が、ずっと続いていた。


 健は、不機嫌を隠すことなく、ジャベリーナに問い詰める。

「さっきからどういうつもりだ! なぜ西園寺ばかり狙う!」

「あら? 私に相手にしてもらえなくてご不満ですか? 意外と可愛いところもあるのですね」

「馬鹿にするなよ……!」

「弱いからです、彼女の方が。足手纏い、と言ってもよろしいかもしれませんね」

「……何だって?」 

 これには、健は怒りよりも、疑問を抱いたようだった。

「魔法のポテンシャルは、言うまでもなく、彼女の方が上です。しかし、適当に体を動かせばいいあなたと違って、彼女の自然操作は、極めて繊細な技術です。そのため、まだ全然使いこなせていない。現状、戦場に居るだけで、戦闘に参加できるレベルじゃありません」

 ズサっと、健の後ろで何かが落ちる音がする。

 光が、膝をついていた。

「光……! 大丈夫か⁉︎」

「おまけに、魔力変換のコスパが非常に悪い。まあ、モンスター相手にはしゃいでいたのもあるでしょうが、彼女はもうガス欠です、役に立たない」

「これが狙いか……!」

「ええ、あとは、動けなくなった彼女を狙いながら、あなたの魔力切れを待つだけです。良かったですね、守るものが増えましたよ」

「俺は……負けない、さっさとお前を殺してやるよ」

「その割には息が荒く、疲労で膝も笑っていますね。実は防戦に向いてないんじゃありませんか? その魔法」

「黙れ……」

「さっさと彼女を見捨てて逃げるか、彼女の命と引き換えに私を殺そうとするべきでしたね、そうすれば、まあ、もう少しくらいはやれたんじゃないですか?」

「そんなこと出来るか!」

「2人とも、前の世界では既に死んだ身でしょう? どうしてそこまで生に執着するのですか? ああ、もしかして、その女と、思う存分いやらしいことをするつもりだったとか? いい体つきしてますもんね、彼女。それじゃ、生への執着というよりは、性への終着ですかね」

「ふざ………けるなあああ!」

 案外図星だったのか、健は、ジャベリーナの言葉に激昂し、渾身の力で拳を振る。 

 ジャベリーナはそれを片手でそっと受け止め、健の耳元に囁く。

「はい、『針心必計メトロノーム・シンドローム』怒りを、愛着依存に100」

 健の体から力が抜ける。そして、ジャベリーナにもたれるように、母親に縋り付く幼児のように、身を預ける。

「あらあら、すっかり大人しくなってしまいましたね。まだ母親が恋しい時期なのでしょうか? ねえ、光さん?」

 ジャベリーナは健の頭を押さえて、自分の胸の谷間に沈めながら、膝をつく光を見下ろす。

「……………す」

「え? なんですか? 聞こえませんよ? 包容力だけじゃなくて、声も小さいんですか? だから健に愛想尽かされるんですよ〜?」

「……………殺す。殺す、殺す、殺す、ころす殺す!!」

 光の目に、怒りが宿る。

 彼女を取り囲むように風が渦を巻き、綺麗な金色の髪を逆立て、揺めかせる。

 こちらも、渾身の魔法ということでしょうか?

 では、お望み通り。

「『針心必計メトロノーム・シンドローム』怒り……ではなく、ああ、嫉妬でしたか! 男の嫉妬は見苦しいと言いますが、女の嫉妬は恐ろしいですね。はい、嫉妬を激昂に50、殺意に50」

 光の目が濁り、焦点が合わなくなる。

 土砂を巻き上げた暴風が、ジャベリーナのいた場所に降り注ぐ。

 ジャベリーナのいた場所。すなわち、力尽きた健のいる場所。

「健……健?」

 完全に力を使い果たし、倒れ込む光の目に映るのは、自分の魔法によって、原型をなくすまで壊し尽くされた、幼馴染の姿だった。

「うあ……うああああああああああああああ!」

「ああ、煩いですね。子供じゃないのですから、知らない世界で力を振りかざす危険性くらい、分かっていて欲しいものです。全く、ニホンの学生は、こんなにも精神的に幼いのですか? だからこそ、魔法を抵抗なく使いこなせるのかもしれませんが……さて、遅くなりましたが、おもてなしの時間です、あるいは、仕返しですか?」

 ジャベリーナは、光の断末魔を聞きつけてやってきたゴブリンの群れに、優しく語りかける。

「行ってらっしゃい、食べ頃の彼女を食べ放題ですよ」

 スキルを使うまでもなく、仲間を蹂躙された社会的な復讐心と、本能的な情欲に支配されたゴブリンたちは、健の亡骸を抱き、泣き叫ぶ光へと殺到した。

 ジャベリーナは、光の、音色の変わった叫び声を聞きながら、平野を後にした。

 例えゴブリンといえども、ギルドを通した依頼、又は自衛目的以外で狩ることは許されない。

 彼らを過剰に攻撃すれば、彼らの生存本能、つまりは生殖行動を目覚めさせる。そしてその被害を受けるのは近隣住民だ。

 この世界では、どんな凶悪な生物でも、一定の節度を持って世界と調和していることを、転生者は知らない。

 前の世界ではどんな教育を受けているのか知らない。もしや、見た目とイメージで全てを判断するよう教えられているのだろうか?

 モンスターを狩るための攻撃による一次災害、そして刺激されたモンスターによる二次災害。

 転生者の勝手な行動を許してはいけない。


 

 

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