第2巻:俺の『正義』スキルで、悪人狩って異世界世直し。

「もう大丈夫だ! 俺に全て任せろ!!」

 天堂正てんどうただしと名乗る、その威勢のいい男は、奴隷姿に身をやつしたジャベリーナの、嘘の身の上話を聞くなり、涙を流して助力を申し出た。


********************


 町からは少し離れた平原。

 やたらとガタイのいい男、正は、近づいて来たモンスターたちを、身の丈を超える巨大な剣を振り回し、一瞬で撃退した。

 そして、突然自分を訪ねて来た、ジャベリーナとの会話を続ける。

「つまり君は……その人身売買組織のアジトとなっているキャンプから、命からがら逃げて来たんだね?」

「はい……彼らに犯される直前に、一人の男を力一杯蹴り飛ばし、それから、無我夢中で走って来ました……」

「酷い話だ、ああ、もちろん君の行動ではなく彼らの非道のことだ。人を物みたいに扱って……許せない! それで、君は家族の元に帰らないのか?」

「帰れません。私の家、とても貧しくて……最近生まれた次男を後継ぎとして育てるために、私を売ったんです」

「家族まで君を見捨てたのか! 信じられない、子供にとって、親は最後の頼みの綱だと言うのに!」

 ジャベリーナは、自分で作った話に、自分で合わせ、適当に頷く。

 その反応の薄さを、深い心傷の証だと捉えたのか、正はますますやる気を出したようだ。

 やる気……というか、これが正義感というものでしょうかね。

「正に悲劇のヒロインだ……でも、もう大丈夫。見ず知らずの俺を頼ってくれてありがとう! 君の目は正しい! そして君の行動も正しい! 俺が、俺の正義感に誓って、君を助けてみせる‼︎」

 そう意気込み、口笛を吹く。

 するとどこからか、一頭の馬が駆け寄って来た。

「では君はここで……という訳にはいかないな、この付近はモンスターたちがいて危険だ、一旦街の方へ……」

「いえ、私も一緒にキャンプまで連れて行って下さい! あなたの近く以上に安全な場所はありませんし、それに、この目で、彼らが死んでいくところを見届けたいですから……!」


********************


「あのキャンプで間違いないね? リーナさん」

「え、ええ、そうよ」

 リーナというのは、ジャベリーナが転生者相手によく使う偽名だ。しかし、未だにそう呼ばれる慣れず、一瞬返事に遅れる。

 ただ、正はそんなジャベリーナの様子を訝しむことなく、アジトを見据え、集中力を高めている。

 アジト、といっても彼らは行商人の一種であり、決まった拠点を持たない。だから今は、『商品』を積んだ馬車を止めて休んでいるだけである。

 なので早く行動しないと逃げられてしまう、なんて暗に急かすようなことを言ったジャベリーナだが、正は、最初から慎重に行動するつもりはなかったようだ。

「それじゃあ行ってくる。ここで待ってて、身の危険を感じたら大声で呼んでくれ」

「分かりました、お気をつけて。そして、一人残らず、殺して来て下さい!」

 正はジャベリーナに親指を立てて、剣を構え、木の影から躍り出て、組織の連中へと斬りかかった。

「……」

 ジャベリーナは、目の前で起こる惨状を、まるで退屈な喜劇を見るような目で眺める。

 間違いない。

 組織の連中は、たった一人の野盗に襲われたと思っていることだろう。

 可哀想に。

 ジャベリーナは、戦いに巻き込まれた全ての被害者たちに、形だけの追悼を送る。

「うわあああ! なんだ! あいつは! 急に現れて斬りかかってきやがって! 頭おかしいんじゃないのか⁉︎」

 キャンプの方から、組織の人間らしい人物が逃げ出し、ジャベリーナの方へ向かって走ってくる。

「頭おかしい……ね、私もその意見に同意します」

「……え? 誰? …………う!」

 木陰から姿を見せたジャベリーナは、彼女に驚き、足を止めた男の首に針を突き刺して殺す。 

 音もなく、ほとんど出血もなく、男は地面に倒れ伏す。

 全く、こんな男一人取り逃すとは、彼の底が知れますね。まあ、彼の能力は一対一の戦いに特化したものですし、組織の雇ったであろう腕の立つ用心棒も難なく倒しているところを見ると、生身の人間にしてはよくやっている方でしょうか?

 ジャベリーナは、男の首から漏れ出た血液を舐め取った後、草むらの中まで引っ張り、その死体を隠す。

 時刻は夕方から夜に差し掛かっている。地面の僅かな血痕も、見えやしないだろう。


********************


「終わったよ」

 間もなく、正は無傷でジャベリーナの元へと帰ってきた。

「本当にありがとうございます……!」

 そう言って頭を下げ、感謝を伝えるジャベリーナは、頭の中では全く別のことを考えていた。

 戦力差、男の能力から考えて、もう少し苦戦すると思いましたが……これは予想外です。

 彼、能力なしでも意外とやりますね。

 やっぱり、混乱の最中、後ろから刺すべきだったでしょうか?

 いえ、そんな姑息な手段を取る必要はありませんね。

 むしろ組織を潰してくれて、手間が省けたと捉えるべきでしょう。

「それで……あの囚われている奴隷の人たちはどうしようか?」

 捨てるか殺すかすれば良い。

 という本音を飲み込んで、ジャベリーナは、正の顔を立てる。

「そうだね……ここに置いていくわけにもいかないし……帰せそうな人は家族の元に帰してあげたいな」

「そうだな! それが良い!」

「……」

 正はジャベリーナの提案を受け、荷馬車へと向かって歩く。

 何の疑問も持たず、ジャベリーナに、何の警戒もせず、無防備に背中を向けて。

 一対一の戦いにおいて決して負けない能力を持つ相手を、どうやって倒すか?

 簡単なことです、戦わなければいい。

 彼は私を敵として認識していない。そして味方ですらない。

 戦いに巻き込まれた無力な一般人だと、そう捉えているはずです。

 では、さようなら。あなたの正義感も、その能力も、この国には必要ありません。

 ジャベリーナが針を取り出し、正の首に後ろから狙いをつけ、まさに突き立てようとしたその瞬間。

 ピタ、と、正が歩みを止める。

「俺……能力の作用で、二人きりの時に限って、殺意を感じ取れるんだよね」

「……へえ」

「ここに来るまでも、君から何度か殺意が伝わってきた。でもそれは、人身売買組織の連中に向けられたものだと思っていた」

 正は剣を振り返り、剣先をジャベリーナへと向ける。

 そこで気付いただろう、彼女が武器を持ち、明らかに戦闘慣れてしている構えを取っていることに。

「なぜ今も俺に殺意を向ける! 君は一体……何者なんだ!」

 ジャベリーナは、一才の動揺も隙も見せず、優雅に礼をしながら、本当の自己紹介をする。

「私はジャベリーナ。またの名を『転生者狩り』。以後、

「転生者狩り……? まさか、俺の他にも……?」

「ええ、ええ、お察しの通りです。居ましたよ、大勢。もう、一人も残っていませんけど」

 正はギリと歯を噛み、剣を握る手に力を込め、地面を踏みしめる。

 本当、分かりやすい。その薄っぺらい正義感を体現しているようですね。次に言う言葉も、手にとるように予想できます。

「なんでそんなことをするんだ! 何の、罪のない人達を!」

「罪のない? それは違います、爆弾を抱えて人混みに飛び込んだら、例え爆発しなくても重罪ですよ?」

「俺は爆弾じゃない!」

「例えです。能力があるだけで危険です」

「俺の力は……人を助ける力だ!」

「さっきまで散々殺しておいて、それですか?」

「彼らは人の命を物として扱う……罪人だろう!」

「価値観の違いです。人身売買は、あなたの来たニホンとは違い、この世界では罪ではありません。人殺しは、どの世界でも罪だと思いますが」

「でも……あなたを助けた、奴隷の、あなたを」

「それは私のついた嘘です。私は、宮廷に勤め、王子から寵愛を受け、『転生者狩り』という仕事を与えられた、れっきとした身分のある幸せ者です」

「……騙したのか」

「あ、でも元奴隷ではありますね。家が貧しいのも本当です。私は、最初は宮廷の雑用係として売られました。それから幼い王子のお世話係へとキャリアアップし、そして特別な仕事を得て、今に至ります。宮廷勤めは女性の仕事の中でもかなり給料がいいので、家族にも楽をさせることができました。これも全て、人身売買組織のお陰です」

「全員が幸せになるわけじゃないだろう!」

「全員が不幸になるわけでもありませんよね? まあ、確かにそこにいる人達は全員不幸かもしれませんが……」

 ジャベリーナは、シャキン、と、針同士を擦り合わせる。

 その動きに、正は後ろの荷馬車を気にかけながら、警戒心を露わにする。

「何を……する気だ」

「殺します、あなたとは別件の仕事として、それとも、手伝いますか?」

「なんだよ、別件って!」

「スパイ狩りです。彼らは他国からの奴隷、その中に、スパイが混じっているという情報を受けました。なので野党に襲撃されたことにして、全員殺します」

「人殺しはこの世界でも罪だって言ったよな」

「? ええ、スパイ活動も罪だと思いますけど、あなたの国にはないんですか? スパイを防止する規則とか……」

「だったら……させない!!」

 正が大きく踏み込み、ジャベリーナの左肩に剣を振り下ろす。

 ジャベリーナは、肩を引くことで剣を躱し、身体を捻った勢いそのままに、右足で回し蹴りを放つ。

 正はしゃがむことでそれを避け、ジャベリーナがその場でスピンして体勢を整える間に、タックルを仕掛け、地面に押し倒す。

「大人しく……⁉︎」

 そのままマウントの姿勢に持っていこうとする正。しかし、顎を下から蹴り抜かれる。

 それはジャベリーナが、後転で距離を取るついでに放ったものだった。

 クリーンヒットはしていたが、ほとんどダメージはないようだった。

「無駄だよ……一体一では俺には勝てない」

「そのようですね、あなたの能力……『精細制裁ジャスト・ジャスティス』とか言うのがありますもんね」

「何故それを? いや、そんなことはどうでもいい。君がこれまでしてきたことは、許されることではないが、命までは取らない、引くんだジャベリーナ」

「そう……私を野放しにすれば、どこかで誰かが大勢死ぬかも知れないのに? それは正義感ではありませんね、ただの、自己満足です」

 ジャベリーナは、針を全て服の内側に仕舞い込む。

 正は、その動きに合わせて、剣を下ろす。

 その瞬間、ジャベリーナは、大きく踏み込んで距離を詰め、正の顔面に拳を打つ。

 正は、剣の側面でそれをガードする。

 ジャベリーナは、打った拳の手を開き、その刃を乱暴に掴む。

「……な⁉︎」

 ジャベリーナの掌から迸る鮮血にたじろぎ、正の動きが一瞬止まる。

 ジャベリーナはその隙に、至近距離から、股間、ついで鳩尾に蹴りを連続して入れる。

 正は剣から手を離し、二箇所の急所を押さえながら、その場に蹲る。

 そしてジャベリーナを上目で睨みつけながら、疑問を口にする。

「な、なんで……」

「剣を躊躇なく素手で握れるかって? それは私が血液……というか、体液が好きだからです、もっとも、自分の味は飽きてしまいましたが……」

 ジャベリーナは、自らの手で血まみれにした掌を舐め回す。

「ああ、私の方が強い理由でしょうか? それは、もう長い間、理不尽な強さを持つ転生者を狩ってきたからです」

 ジャベリーナは服の下に仕舞い込んだ針を再び取り出す。

 相手の斬撃から急所を保護する目的で忍ばせたが、その必要はなかったようだった。

「そんな……俺の能力は、一対一じゃ絶対に負けないはずなのに……」

「一対一? 違いますね、あなたは、私の話を聞いた段階で自分の正義感に、そして私から蹴りを貰った段階で自分の能力に疑問を持った。だから、私と、あなた自身で、二対一です」

 ジャベリーナは、正を指した指を、上へ、彼女から見て、奥へと向ける。

「そして彼らの中で、正真正銘の奴隷にとってはは、良い職場行きを邪魔されたこと、そして紛れ込んだスパイにとっては、私ををここまで引き連れた上、私に負けたこと、それを根拠に、あなたは敵です。もちろん私も、彼らにとって敵であることに代わりはありませんが……彼らの共通の味方である人身売買組織の人間、それを殺したのはあなたです。これで、一体全体何体一、でしょうか?」

「俺は……俺のしたことは……」

「おや、さっきまでの闘志や戦意が消え、罪悪感が芽生え始めてますね。ではその感情を再利用。『針心必計メトロノーム・シンドローム』、罪悪感を自己否定へ100」

 ジャベリーナの呟きにより、男の全身から気力が抜け、一回り小さくなったように見える。

「……ああ、そうか、俺は間違っていたんだな」

「そうですよ、独りよがりの正義感を振りかざして、罪のない商人達と、商品達の未来を奪ったのです」

「……そうだ、俺が、奪った」

「そもそも、その一対一なら負けない能力って、つまり味方がいてもだめなんですよね? ということはたった一人の正義、独善的な偽善に基づいた戦闘にしか適応されないと。随分と、自分勝手な能力じゃないですか?」

「そうだ、俺のやったことは、自分勝手だ」

「あなたに限らず、『転生者』って大抵そうなんですよね……みんなのためと言いながら、自分のため、身内のため。どれだけ大きな力を得ても、器は小さく、視野は狭いまま。だから、私は、狩るんです。世界のバランスを保つために」

「……リーナさん」

「私はジャベリーナですよ、偽名で呼ばないでください」

「俺を、殺してください」

「もちろん、仰せのままに」

 ジャベリーナは、針を正の首に突き立てようとした、その手を止め、地面に落ちている剣を拾い上げて、彼に手渡す。

「……え?」

「自分のこれまでの行為が誤りだと認めたあなたに、死ぬ前に、ケジメをつけるチャンスを与えます」

 そう言ってジャベリーナは、怯えた奴隷たちの乗る荷馬車を指さした。

「殺しなさい、彼らを、一人残らず」

「……はい」

 正は剣を片手に、荷馬車へと向かっていった.

 これで正は、正真正銘、完全に彼らの敵になった。


********************


 荷馬車の方から聞こえる命乞いの叫びが聞こえなくなった頃、ジャベリーナが見にいくと、奴隷達の死体と、正の死体が転がっていた。

 私の能力で後押しするまでもなく、奴隷を殺すことで罪悪感と自己否定が加速し、自死に至ったのでしょうね。

 どんな強大な能力であろうと、使うのは人で、動かすのは心です。転生者は心ない連中ばかりですが、どうしてか皆、心が弱い。

 だから、もれなく私の精神操作に引っかかるのでしょうね。

 ジャベリーナは自分の能力を過信しない。彼女の能力『計心必針メトロノーム・シンドローム』は、特定の感情を別の感情へと振り分けるだけで、特定の感情だけを増幅させたり、無から生み出すことはできない。

 時として、大掛かりな仕掛けが必要になることもある。

 しかし、こんなのはまだまだ序の口だ。

 ジャベリーナは、転生者を狩り続ける。

 時として、自分の体を人質にしてまでも。

 全ては、国のため。

 そして、彼女が愛する第三王子、トライベールのため。



 


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