第10話 終末の週末、そしてまた日を浴びるロマン

「ついに私の時代がやってきたようですね」


 三桜は独裁者のような表情をしていた。

 顔を上げることの出来ない七星の前で権威を振るう姿は中学生とは誰も思わない。


「それで、ここですか」


「不純な行為には罰があると、入居のときに言いましたよね」


 契約を交わしたことを七星は鮮明に記憶している。理性を働かせようと努力をした。


「不可抗力だろ……」


「問題は問題なのです。まぁ、えり姉の話の感じ罪はなさそうですが……」


「じゃあ開放してくれよ」


 七星は暗い物置の中へと押し込まれていた。出入り口が狭すぎて、三桜の間を縫うことも考えられなそうだ。それに、高く積まれた本のせいで、電気を点けることさえ不可能だ。


「冤罪でも、証拠が在れば、起訴できる」


「最悪だな子猫県警」

 

 前に猫のおまわりさんとか言う雑談をしていたためについツッコミが飛び出るが、正直それどころではない。


「では……そういうことで。私はわたしの時代を楽しむ権利があるので、失礼します」


「おい、待ってくれ!」


 扉は無情にも閉ざされ、ガギを閉める音が聞こえる。

 ……なぜか知らないけれど、内側から鍵を開けることが出来ない仕様になっていた。


 それにしても満足そうな三桜の顔だったな……。


「そんに嫌いかよ、俺のこと……」


 無情にも、この物置には手ぶらで来た。

 えりも美佐穂も、三桜に連れられる七星を見事に軽視してくれた。薄情だな。

 

「どうしようか……」


 本でも読むか、と手にとったそれはミステリーの本で。

 物置に閉じ込められて毒ガスで殺されるなんて、トリックの記述があるもんだからすぐに閉じた。次に手にとったやつは、絵本だ。動物たちが元気に外で暮らしているが平和を乱すようにオスの取り合いがメス同士で始まるという、コミカルだけどそんな内容だった。どんどん読み漁っていく。


 その全てが──引き込まれる作品だった。

 

 書籍化されているんだし、とか編集者がバックだからとか余計なものを排除しても、素直に感動した。それくらいすごかった。

 

 しかしえりの『悪くはないが、良い作品』という言葉が脳内再生されてしまう。


 自分は小説家になりたいんだ。だったら、ここまで誰かに共感を得てもらえる作品を作らなくてはいけない。

 七星の夢への思いはより強調された。


「──て、あんたこんなところで何やってんの? 日光アレルギー?」

 

「乙春さん?」

 

 乙春が、物置の鍵を開けてくれたのだった。


「うわ──人がお花見に付き合わされているときに何ボッチしてんの」


「三桜にやられました」


「あの子もやりすぎね」


 と言うと、乙春は本を片手に呆然とする七星の隣を過ぎて物置の底をごそごそと探している。


「これよ」


 引っ張り出てきたのはワインだった。「長い期間熟成されて眠っていたものですか?」と七星が問えば、「この時まで呑まずにとっておくためよ」と乙春は答えた。


「ていうか、何。頭冷やし中だったの?」


「そのとおりですね。三桜の件というか、実際はえりの件ですけど……まあ他にも」


「そ。じゃあ行くわね私は」


「ちょっとまってください」


 この自称人気作家にも、相談したいことがある。

 できるだけ辺り触りのない雰囲気で──。


「ベタな展開ってどう思いますか?」


「……それはどういう意味。私の作品に言ってるの?」


「僕自身のことなんですけど」


「そうね。……嫌いじゃないわ。だって英語にしたら『ベター』だし、二倍にしたら『ベタベタ』でしょ? なんか仲良さそうじゃない」


「結構、真面目に聞いてます」


「でもそれって扱い方だから。使い古された展開も、差し込み方次第でどうにでもなる。どう、ありがたいお言葉じゃない?」


 乙春の言葉に七星は額に指を当てた。


 好きなんだよな結局俺は、『主人公に一目惚れしちゃうヒロイン』とか、そういうありがちなストーリーが。

 そういうのを潰さずにでも、キャラの特徴をもっと深堀りして、展開の順番を変えたりすれば、良い物語を作ることは可能なのかもしれない。

  「ありがとうございます」と七星が言うと乙春が「七星がまともにお礼するの珍しいじゃない」と皮肉を言う。そしたら騒ぎを聞きつけたのか


「見つけたよー。寂しかったでしょー?」


 と美佐穂が乙春の後ろからちょんと首を出した。

 なぜか頭こそ出ているがうさぎの着ぐるみをしている。


「悪いな、三桜の悪行を見破るのが遅くなって」


 と、えりの腕に半泣きの三桜がしがみついていた。パーカーを着てはいるものの下はまだバニーガールの格好である。


「私は、悪くないですもん。これにはわけがあってですね……」

 

「また怒られたいのか?」


 バニーガールえりに低めに脅されて三桜は肩を震わせていた。


「今日の三桜は悪い子。だって、七星は寂しくてえりえりにうさぎちゃんになって貰っていたんだから、こんな暗いところはダメだよ」


「……その心は?」


 七星は問う。


「心がうさぎちゃんなの。だから、えりえりをうさぎだと思って、紛らわせようとしたの。うさぎって寂しいと死んじゃうからね」


「とんだ見解だ、偉いぞ」


 七星は美佐穂の見解に呆れながらも、鼻をすすり上げている三桜の頭に手を置いた。いつもならすぐに指を一本でも折られそうなもんだけど、今日は静かだった。


「ま、許してやるよ。俺もえりもだけど、誤解させて悪かったな。でもありがとう」


「……と、閉じ込められておいて、ありがとうは変態です。でもやっぱり……ごめんな……さぃ……」


 最後のプライドを見せようとしていた三桜だけど、ほとんど聞き取れない声で、そう言ったのだった。

 まぁ、でもここに来たから自分を見つめ直すきっかけになった。そういう意味では本当に感謝の気持ちがあった。


「んじゃ、七星も花見に来いよ」


 えりが親指を庭の方に立てる。


「えり姉がずっとそうやって言うからです。……姫路七星を監禁をしたのは」


「……ずっと寂しかったのはお前かよ。かまってほしかったのかお姉ちゃんたちに……」


 そう思うと、三桜が七星を嫌う理由が納得出来る。俺が入居してから今日こんにちに至るまで、三桜はそんなことを八つ当たりして過ごしていたのだろうかと感じた。


 図星を突かれたように三桜は顔をパンパンに膨らませながら、


「私はうさぎちゃんじゃありませんから! しいて言うなら子猫です、勘違いしないでください、姫路七星!」


 なーんて宣言していた。


「子猫ちゃんか、みゃおみゃお」


「ごめんな。気づいてやれなくてな」


 姉二人が、三桜を目一杯撫でていた。嫌がる声を出す三桜だけど、表情はまんざらでもなさそうだ。


「よし、ロマン・ジ・エーレメンバーで今日は祝杯だ!」


 酔っぱらいたいだけの乙春が先陣を切り、


「ほら、七星うさぎちゃんも行くよ」


 と、美佐穂には誤解されたままで、


「ななせ、望むならいつでもバニーになるからな」

 

 と、早く着替えてきてほしいえりに慰められる。


 ついでに静まったと思ったら、


「私の時代です。桜シーズンは私が輝いているんです! 行きましょう桜の花のもとに」


 どうせ名前に『桜』が入っているだけでそんなことを言っているのであろう三桜が、さっきの面影を忘れて、元気よく飛び上がっていた。


「ほんと、変人たちだ、俺を含め」


 と、七星が後を追っていく。


 そんなロマン・ジ・エーレときわ荘での日常は二年目にして初めての事だらけで、ついくすりと鼻で笑ってしまう、七星だった。

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