第8話 えり参上!
やがて時は経ち──自然にえりも輪に溶け込んでいく。
そんな現実が在れば、どんなに楽なことか。
廊下を走ると怒られる。だが、走る。それ以外のことは考えない。
「えりなら出来る──」
そんな一言を交わして階段でえりと解散した七星は後悔のどん底にいた。
わざわざ自らめんどくさいことに巻き込まれてしまったな、と。
家庭的なボーイッシュ女の子──そんなのもう諦めた。
えりには何が残るのだろう。
そんな失礼なことに頭を抱えそうだけど、今は走る。
どうにか鐘が鳴る瞬間に扉を開けて、担任からは「ぎりアウト」の宣言がされた。こんちくしょう。
「遅いじゃん、七星。何かあった?」
人間の美佐穂は真摯ながら七星の異変に気づいた。
「それはもう、刺された方がマシなレベルだ」
「おつだな、七星ぇ、恨まれることしてんだよきっと」
日壁は元気よく背中に手をぶつけてきた。きっと親友から恨まれるだろうお前は。加減を知らないんだもん。
「男の子のことは、私が守るから」
とヒーローさながら七星の名前は忘れ去られたらしい。何のことかは知らない近くの男子が感嘆の声を上げていた。
「……美佐穂はそのキャラ確立するのにどれくらい時間かかった?」
「キャラって何のこと?」
「人間、主に女子高生へとなることだろ」
「自然と年齢上がったらなるんじゃない」
至極真っ当過ぎて言い返しが出来ない。日壁は何のこと? と勘が悪そうにしている。
「そうだよなぁ……普通そうだよなぁ」
すると、美佐穂は耳打ちをしてきた。クラスメイトが糾弾の声を上げているため勘弁してほしい。
だけど、その内容は、頷くしかない内容だった。
「ブラッキーとしての私と、美佐穂として私を分けているよ」
でもそれは、えりの意に反してしまう。
小説のネタのために友達を作りたいのなら、少なくともエルボーで居たいはずだ。
きっとえりは、えりとして出来る友達に興味があるわけじゃない。
「サンキュ」
授業は暇を潰してやり過ごし、昼食になったら日壁の呼び止めを振り切って、えりとの集合場所へと向かう。そこは日光の気持ちいい、屋上だった。
「待った?」
「いいえ」
語気が強い。わずかに怒っていそうだった。
「その、上手くは行かねえのか?」
「才能ないの」
えりにその単語を言われてしまうと、七星にも傷つく部分がある。
才能という単語は社会をすべてを覆してしまう。
凶器な単語だ。作家であるえりからこそ、聞きたくなかった。
とりあえずベンチスペースへと腰掛けて、弁当を開いた。鶏ささみ丼弁当、見事である。
「ま、苦労してもらわなきゃな」
「そうだなー七星ぇ、お前にはちと苦労してもらわなきゃな」
「そ、その声は日壁!」
驚くと、七星は見事に騙された主人公チックに声を出すものだ。
日壁は何か険悪そうな表情を浮かべて、こっちに近づいてきた。
「お前、黒枝さんと付き合ってんじゃねぇか?」
「はい?」
「名前で呼ぶしよ。普通そう思うだろ」
あまりに脅迫的な態度は、まるで今までの日壁じゃなかった。
「……」
七星が黙ると、えりが気遣うように口を開きかける。七星はそれを止めて立ち上がった。
「失礼だな」
「……お前、二股目撃されてよくのうのうと」
「違う。美佐穂やえりに失礼だって言ってんだよ。俺に付き合う資格はないから」
「よくそんな風に言えるよなぁー、七星ぇ。随分と仲良くしてるじゃねぇかよ」
日壁は明らかに熱くなっている。
もはや、目が据わっている。
七星との距離がジリジリと詰められ、殴るのかと思うほどに拳を高く上げると──
その手には『ナイフ』が握られていた。
七星の身体にそのナイフは突き刺されそうになる寸前だった。
刹那、
「やめろ!!!」
大声を上げて、えりは日壁にタックルをかました。
だけど、筋トレをしているくせして非力なえりでは屈強な日壁を動かせない。
でもすぐに
「うわーやられたぁ」
と最後はすべての演技が抜け切るように、日壁は受け身をとりつつ倒されていた。
「え?」
素っ頓狂な声を上げるえり。頭が真っ白のまま手もとをサラサラとすると、そこに日壁の身体がある。何が行われようとしていたか分からないと言った表情だ。
足元に転がったナイフはもちろん偽物。リビングに転がっていたえりのレプリカである。
『美人な先輩と仲良くなりたいか?』と口にすれば2つ返事でこれを受け入れてくれた。
未だにえりは足を崩したまま、日壁の身体に寄り添っている。らしくもなく日壁の顔は沸騰しそうなのがウケる。
「き、筋肉っすごい」
題して、────テクスチャ作戦! 筋肉の手触り、やっぱえりに友達ができる方法は筋肉しかないだろ。
「そ、その、大丈夫か? 困ってたらいつでも頼ってくれ!」
なんと刷り込んだセリフを言いやがった。
「おう。お互い様ですねそ、そのなんとお呼びすれば……」
「えりで。えりって呼んでくれ!」
声高らかにえりは言う。
やっぱり、エルボーとして友達がほしいという建前なもののえりとして、なりたかったんだな。だとしても筋肉が必要なのだとは、さっすが脳筋人気作家だなって、思う七星だった。
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