第7話 エルボー惨状!

 えりは意外と、華奢な体つきをしていた。毎日、筋トレ方法を実践していたり武器を装着したりするが七星好みに胸はあるし、理想的な体格をしている。少なからず住居人のなかでは一番マトモな人間だと思っていた……だけどそれは昨日までの話である。


「筋肉ストラップは取り上げないで」

 

 もはや涙目のえりは早朝からリビングにへたれこみ、七星へと交渉していた。


「軍曹と、スマート女の子、どっちに見られたいんだ?」


「もちろん、後者」


 小説家らしい回答方法である。

 七星がまず目指すは、えりを家庭的でかっこいいボーイッシュタイプな女の子に仕立て上げるこだった。

 しかし今の状況では泣きじゃくるか弱い女子になっている。


「それと三桜。俺は頼まれてこういうことをしているんだ。決してお前に殺されたくてやっているわけじゃない」

 

 背中が冷たく刃物のような感触がしたので弁解した。


「密室殺人、心が踊りますよね、姫路レストラン」


「せめてフルネーム呼び捨てのままで居てくれ……」


「三桜。危ないからしまいなさい。本物ではだめだ」


 と、急に真面目な顔でえりは言って、すぐに三桜は反省していた。


 早朝なのに、ロマン・ジ・エーレにある人影は七星、えり、三桜の三人だけだった。

 ビール缶片手に職場に向かったらしい乙春と、学級委員としての仕事がある美佐穂は先に出ていってしまったのである。ついでに三桜も、怒られてしぼんだ顔をしたまま、玄関に向かっていた。えりは「もしそういう真似がしたいなら、私のレプリカ貸してあげるから」と七星への配慮はない慰めをしていた。


「……で、話を戻します。これは没収するということで」


「私が授業中に語りかける、唯一の友達だったのに」


「いや、集中しろよ、脳筋でもいいから問題解け」


 先は相当に長そうである。

 そうだな、ボーイッシュを目指すなら、まず口調をクールにしたい。


「『大丈夫か。困ったときは頼ってくれ』さぁそれっぽく、リピートアフターミー」


「だいじょおーぶかー。困ったときーわ、頼ってくれー」

 

「よし、やめよう。素の方が断然良い」


 だけど、言われた通り、急におとなしくなって姿勢を正す辺り、女子高生能力の期待値は高い。たまに学校モードが切れかかることのある美佐穂より才能はある。


「どうだ、ななせ。驚いたか、私の友達ができない本質が見えて」


「とりあえずクラスメイトの前で──どうしてんのか気になる」


「……ささみ食べてる、ひとさきずつ」


 七星はしばし、思考する。


「……何をすればいい」


「ま、じゃあ朝食でも作ろうぜ、ささみより弁当だ。健康志向で行くぞ」

 そうして台所に向かって、弁当を作り始めようとしたのだが、それが本当に大変である。

 プロテインの調合を始めるし、武器を扱うくせして指を切るし、小学生を扱う気分だ。


 エルボーの作品はちらっと読んだことがある。『大腿四頭筋って響きで、飯が食える』という一文を記憶しているのだが、それは本当に文字通りえりの具現化だなと感心した記憶があった。


「えり、いやエルボーは何の小説のために友達がほしいんですか?」


「筋肉だ」


 七星はだろうなとしか言えない。

 仕方ないからスマホを取り出して、メモに文章を打ち込み始めた。


「……これなら」


 良いことに気づいた七星は、その内容をコピーしてトークアプリへと貼り付ける。

 暴走したえり弁当が完成したときには朝のHRの時間が迫っており、全速力ダッシュを決め込む二人だった。

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