第5話 ペンネーム総会議
ここでの生活も二年目となり、滅多打ちにされることにも慣れてきたはずだった。
七星は生涯の恥をかく。
住居人の一人──それも天敵の三桜に明かされたのだから、大ピンチである。
「姫路七星、とりあえず弁解は?」
「この度は食材を無駄にし、三桜に反抗し、小説活動内容を隠蔽したことに、深く反省いたします」
あの後、なぜか手荷物検査までさせられ、三桜に言い返す余地はなくなった。
乙春からの大目玉を食らった挙げ句、七星は出前を頼まされ財布の底が見えてきた始末だ。
ぴかっとスマホの画面が光り、そこに七星の『作品一覧』が表示される。瞬時に七星がまたハイエナになろうとすると、三桜はスッと引っ込めた。
「鬼だ。三葉三桜、おまえ可愛らしい名前してるくせに鬼だ」
「ひどいこと言わないでよ七星ー、みおみおは子猫みたいで可愛いの。ほら、みゃおみゃおー」
七星との会話の間に入ってきた美佐穂はどこから持ち帰ったのか知らない猫じゃらしを振ると、三桜は引き込まれて寄っていった。そのままじゃれついて、百合展開かとも期待したが、三桜は手刀を美佐穂の額にぶつけた。
「だけど……美佐姉が言うとおり私は可愛い子猫です。なので子猫に免じて私は姫路七星を追求したいと思います」
「子猫を関わらせるな、関係ないだろ」
「よく言うじゃないですか猫のおまわりさん」と人差し指を頬に立てながら語る三桜に七星はそれなら「犬だろ」と、漫才のごとくツッコんだ。
「そんなことはどうでも良くて。……これですよ。くすくす……ひ、ひめじの……」
「お前、分かった早まるな。いい、何でも言うこと聞くから」
「ごめんなさい、姫路のななつ星レストランさん」
美佐穂から奪い取ったらしい猫じゃらしをマイク代わりに三桜は高らかに告白した。
「あー言ったよ。言っちゃったよ。俺の作家への夢は絶たれた」
もう自虐してごまかすしかなかった。支離滅裂な答弁だ。
『姫路のななつ星レストラン』それは七星のペンネームだった。高級そうで自慢できる作品をかきたいという思いを込めた背景があるが、微妙だなと感じてはいた。
ソファーで出前の寿司を頬張っていたえりが面白いネタでも見つかったような表情でこちらを見つめてくる。
「その丁度よく的を得ていなくて、ダサい名前、何だ?」
平然としたえりは辛辣な言葉を吐く。
「だ、ダサいって……それ言ったらあんたも大概でしょ」
そんな言い返ししか出来なかった。
人気作家、梢えりのペンネームは『エルボー』。
……今も意味はわからないし、えりにバレても文句言われるは筋合いないと思っていた。
「ふーん、先輩にその口の聞き方はなってないな」
「す、すみません」
た、たしかに人しても作家としても目上だ。否めない。
「それに、エルボーって格式高い言葉なんだ」
「どういう意味なんですかね?」
「肘。エルボーは肘って意味だ。肘だぞ肘。ななせ、肘とレストランの違い分かってるか?」
「知らなかったすね。肘とレストランの違いは感性ですかね、きっと両方大事ですよ」
天才作家のテンションはそんなもんだ。なんかすごくスッキリした。
日本酒片手に杯をあげる乙春は、
「良いじゃない、ミシュラン超えてる感じ、美味しい酒が出てきそうじゃない」
完全に酔いが回っているようだ。
「もうすこし、改良の余地あったんじゃないかって思います。それに、書いている作品も見させて貰いましたけど──」
「頼む三桜、これ以上いじめないでくれ」
必死に乞食のような懇願をしたら、三桜も流石に許してくれて口をつぐむ。
こんな女子多数の前にあんな理想美少女の作品を公開すれば、もはやアンチテーゼなのだ。
確実に居場所をなくす。三桜に嫌われているだけで相当な傷が出来上がっているから、そこに塩を塗り込まれることは自殺するに値する。
「姫路市かー。確か兵庫県だよね」
ペンネームの悲惨さには興味なさそうに美佐穂がつぶやく。
「七星は行ったことあるの? 兵庫って言うくらいだから、兵士がいっぱいいるのかな、その辺どうだった?」
うむ、平常運転である。
「行ったことないなー。でも兵士は居ないぞ。そしたら、岩手にある岩には手が生えてるぞー」
「おー春先にしては寒い寒い」と乙春が腕をすり合わせ、えりは、関係なくなったようにパソコンへと張り付いているし、三桜はさらなる侮蔑の眼差しだ。七星の回答に感心しているのは美佐穂くらいだ。
「姫路死ねー。一度は逝ってみてほしいですね。いいところですよきっと」
三桜はとっさに思いついたように言った。きっと、『市』じゃないし『行』でもない。
「とにかく、この話は終わりだ。明日もあるんだし解散するぞ」
七星は手を叩いて追い払おうとした。えりはすぐに自室に戻り、三桜はしてやったりの満足そうな顔のまま二階に消えていくし、乙春はテーブルに突っ伏して熟睡していた。美佐穂は「今から私の目で確かめに行ってくる、レツゴー兵庫」と言っていたがなんとか止めた。
「やっぱ疲れているんだよなぁ……」
自室に戻ってパソコンを開いた七星は、自分の作品ページを開く。
閲覧数のほとんど伸びていない『メイド喫茶で働くバニーガール装束のアイドルを勇者で探偵やってる俺の虜にする!』という情報過多に追いやられた鬱小説に、一人涙を流していたのだった。
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