第4話 薄っぺらい面持ちで

「動物になりたい」


「大丈夫、人間も同じだ安心しろ」


 少なからず、黒枝美佐穂は学校の様子から人間ということが確定した。しかしやはりそれは仮の姿だったと、帰路に立つ七星は思い知らされる。 


「まずはハイエナのように強くを目指せ、そのためにまずはこれ片方……」

「わー、ちょうちょ」

「戻れ、人間に」


 重くふさがっている七星の両手。朝、美佐穂が朝食当番をサボった連帯責任として、夕食の当番も押し付けられてしまった。しかも重量のほとんどをお酒が占め、全ては七星の自腹である。地獄だ。死にたい。被害者じゃん。


「そういえばー七星は薄いよね」

「なんだ、顔が薄いのは誰のせいだ、すでに病んでるよ」

 

 しかしそんな疑問符をうつ美佐穂に異端児の面影はなく、純粋な女の子みたいだった。


「七星は誰よりも働くし、それで見栄を張るわけでもないから、すごいなぁって」


「まったく誰のせいでそうなってるのか」


「なんで、ロマンに居続けるの?」


 美佐穂はあの場所をそう略すらしい。七星のふさがった両手をじっと見つめて言うのだ。小学生の女の子がつぶやくテンションだったものの、聞き取り方を変えれば居てほしくないという風にも思える。


「もちろん、小説家を目指すためだろ」


『ロマン・ジ・エーレときわ荘にようこそ』と女子大生の乙春と出会った時は七星のボルテージは有頂天だった。管理人が女性ってだけで喜んだもんだ。

 そこの住人の一人、美佐穂は七星へと真っ先に絡んで来た。

『姫路七星くん……なんか女の子みたいな名前だね』そんな軽い感じで七星の居住を認めてくれた。


「でもすぐに慣れた」


「何に?」


「あんたらの奇行にだよ」


 住人の野蛮性というか、本性に気づき始めたとき、七星は来たことを後悔した。

 まるで自分の描く女性じゃ無いんだから。


「でも、俺もまだ居る時点で変人だ。それだけは保証する」


 それからすぐに出ていっても不思議じゃなかった。何度もくじけた。それでも前を向いた。

 それが七星の変態さだ。


 七星の話を美佐穂は珍しく黙って聞いていた。

 だけど、すぐにいつもどおりに、


「ハイエナって実は集団を率いるような強い動物じゃない。ライオンの殺した残骸を横取りして食べ漁るだけの卑怯者なの」

 

 と脈絡なく語る。でも顔はやはり真剣だった。


「でも、そりゃ賢い気がするなぁ」


 いつもどおりはぐらかした口調にした。


「他人の金で食う飯の方が何倍もうまいって、乙春はいつも言ってんだろ? そういうことだろ」

 

 合理的だ。間違っていない。自分の努力なしに腹が満たされるとか、最高かよ。

 何に悩んでいるかは知らないが真面目美佐穂状態だと気がめいる。下校時くらいはいつものままで居てほしい。

 

「そうか〜。確かに確かに、七星に自腹切らせて買うときの優越感は違うもん。やっぱハイエナ目指すね」


「やめとくか。ヒモになれとは言っていないからな」

 

 すると、美佐穂は両手を口元にメガホンのように当てて大きく叫び出した。


「ブラッキー、悩みは消えたよ!! このまま明日に走り抜けるね!!」


 『ブラッキー』とは黒枝美佐穂のペンネームだ。由来はどうせ単純で馬鹿だろう。なんたって名字黒枝だからな。

 でもほっと安心する。

 ここにはいつもの美佐穂の姿があるのだから。


「……まぁそれでこそ、黒枝美佐穂ことブラッキーだな」


「ところで七星。ブラッキーって何かわかってる?」

 

 美佐穂が口にすると、何やらワイシャツのボタンを外し始める。

 ブラッキー、ブラッ、キィー? 第二ボタンが外れると、ちらっとキイロのブラが……。


「……分かった理解した。この話は打ち切りだ」


 えへんと鼻息を鳴らす美佐穂の手を反射的に封じる。そのせいで、買い物袋を落とし、ぐしゃりと嫌な音がした。


「ブラッキーに戻って、思った。やっぱり私は変人じゃない。取り巻く七星が普通だからいけないんだって」


「解釈違う、ブラッキーは変人だ」


「まま、そういうことで良いの。私が際立って見えるだけ」


 なんか余計に負担が掛かりそうなまま、話は終わってしまった。


 学級委員に立候補してみたり、様々な動物の感情に入り込んでみたりと美佐穂にも何か考える節があるのだろう。同じく小説を書く身なのだから。


 帰路に差し込む夕日は赤い。それだけのことがなんだか特別に感じていた。それほど、今日の気疲れが激しかったと思い知らされた。


「──止まりなさい姫路七星。手荷物検査します。いや、しましたある意味」


 家の前まで来たら、三桜が玄関に仁王立ちしていた。三桜は七星の気疲れには気づかない。いや逆に気づいてやってるまである。


「ただいまーみおみお。私はいい?」

 

 許された美佐穂は先に中へと入っていった。

 もちろん、その隙間を狙って入り込もうとした七星は脛を蹴られ、見事に巻き込まれる。


「……なんだ?」

 

 三桜はにやにやしながら七星を見上げた。


「やっと突き止めましたよ! 姫路七星のペンネームと活動内容!」


 墓場までこいつには隠し通そうと思っていた内容を証拠とともに突き出されてしまった。

 くすくすと、嘲笑する三桜に


「ふざけるなぁ!!!!!」


 七星は取り乱す。

 俺は小説のページを開いた三桜のスマホを取り上げようとする。


「横暴です。こんな名前でこんな作品書いているのに言わないなんてひどいじゃないですか」


「理想が詰まってるんだよ! お前らに踏みにじられた俺のウハウハ未来なんだよ!! 俺のラブコメを否定しないでくれ!!! 許さねぇ、三桜、俺はハイエナにでもなって、お前の記憶からその恥ずかしいものを消す!!!! 俺の誇りなんだ!!!!!」


「恥ずかしいって言っちゃてるじゃないですか。埃のような誇りですね」


 するとまた脛を蹴られて悶絶し、三桜に弱みを握られる七星だった。

 

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