第3話 男の子そして、女の子


 担任の自己紹介が終わり、今度はクラスメイトの番になる。各々好きなことや特技、担任への第一印象など、笑いをとったりや滑ったりを交えつつ順番が回っていく。


「黒枝美佐穂って言います。趣味はいろいろ動物をみること、楽しくおしゃべりすることです。仲良くしてください」


 なんとも定型文的で、七星にとっては逆に印象に残る挨拶だった。

……あいつ、本気かよ。

 どうやら、美佐穂は本当に人間へとなりきるようだ。


「──日壁って、太陽遮りそうな名字だけど、だれよりも明るく熱い男です! あと足の早さでは負けません! そう脚では絶対に!」


 順番が進み、番号順では七星の一つ前の賢治が声を張って言った。暴走するような自己紹介でクラス中が笑い声に包まれて拍手が起きてしまった。「次やりずれ」と口にする七星の目に白い歯を見せる賢治が意地悪く映る。


「じゃ、次は姫路七星さん──」


 そうして始まったわけだったが──

 特にに感想を述べられること無く幕を閉じた。面白さの上振れがあった後の平均値挨拶だからインパクトは皆無なのである。よく言えば七星の株価は安定といったところだ。


 その後は新学期特有の教科ごとの軽いオリエンテーションをはさみ、今度は昼食の時間になった。


「そういや、お前、一人暮らしだって言ってたよなぁ」

 

「ああ、そうだけど」


 自己紹介のときにも七星は一人暮らしをしているとの嘘をついた。シェアハウスというのは実に切り出しにくく、詮索されやすい。ましてや同居人が全員女ともなれば波が立つ。

 賢治は勘が鈍いはずして、言い出すもんだから少し動揺した。


「弁当自分で作ったりしてるよな、それ」


 七星はほっと胸を撫で下ろした。

 それは間違いなく、自分で作っているもの──。

 かわいい、料理できる、お世話してくれる、そんな理想が三拍子揃った美少女は現実に存在しない。


「小説の一環てとこよ。何事も経験だからな」


「いいなぁ。俺も料理男子に憧れるぜ」


 虚しく感じてきた。男二人小さく囲む机の上の弁当見て、ほんと涙を流しそうだった。

 

 女子だらけのシェアハウス。一人は酔いつぶれ、誰かは凶器を手にはめ、東京湾に沈めようとするやつさえいる。ましてやこのクラスの黒枝美佐穂は天性の馬鹿だ。

 

 それならオタク男の集合所の方がマシだった。妄想して自分なりの二次元ヒロインを生み出す日々の方が、『美少女は完璧である』というブランドイメージを崩さずに済んだはずだ。


「そうだな。料理は出来ていた方が良いぞ、割とマジで」


「なんだその悟りを開いたみたいな顔は」


 七星はそっぽを向く。

 何も言わないまま、黒板の方でも眺めていると美佐穂と目が合った。そしたら、何か文句を言いたげな顔をしてこちらに近づいてくる。


「箸貸してよー」


 と割とマジな顔で言ってきた。

 

「おま……」

 

 お前と口に出そうになるがなんとか引っ込める。

 素が出ていることに気づいていない美佐穂は手を差し伸ばしてきた。


「早くしてってばぁ」


 気づけ、とアイコンタクトしても取り合わないままだ。賢治が未確認生命体に驚いたような顔してるから本当にやめてほしい。


「だーかーら、箸」


「は、箸?」

 

 ついに場の異変に気づいた賢治が困惑したように言う。

 まずい。

 言い逃れる方法を逡巡し、

 やっとの思いで七星は思いつく。


「はし、はぁ……あ、あし! そうだ足を貸せってことだ! つまり手伝えってことだろ!」


 静まり変える。ついでに傍観していたクラスメイトも注目していた。それなら『手』だろうけど、細かい事は関係ない。


「……おお、そういうことか! なるほど、学級委員長さん。だったら俺が適任だぜ」


 日壁は納得したように頷いて立ち上がる。美佐穂やクラスメイトたちも困惑していたが、美佐穂はやっと自分の間違いに気づいて顔を赤くしていた。


 実はこいつ、クラスの学級委員に立候補した。

 そのワケを休み時間に耳打ちで聞いた限り「去年はコウモリみたいな引きこもった生活だったから今年はハイエナのように強く生きてみたい」というイマイチ分からない理由だったが、つまりは自分を変えたらしい。


「おし! なんでも言ってくれ、働くぞ!」


 どんと胸板を叩いて宣言する賢治をよそ目に七星は小声で、


「朝の宣言はどこ行った? ハイエナになるならしっかりしとけ」


 釘を刺す。


「ごめんね。そのな、なじゃなくて──男の子」

 

「……そういうことじゃないだろ委員長」

 

 いつもどおりな美佐穂に七星はつい落胆のため息をついていた。


 男の子として見る──てか。


 さすが、美佐穂らしい答えだな。

 

「それよりも言い訳しなきゃな」


 俊足に自信ある脚フェチが目を輝かせているわけで、「箸貸して」の一件をごまかしたのは良いものの別の収集がつかなくなる。


「どしよ」


 指先をくるくるやってモジモジ首を傾げる美佐穂を眺めていると、少しだけ女の子らしい。シチュエーションは真逆であれど、『普段は無言のヒロインが口を開いた瞬間』に似ている。

 

「……ま、教科書取りに行くでいいだろ」


「それだ!」


 ぱあっと顔を明るくする美佐穂は賢治にその旨を伝えた。

 美佐穂の綻んだ表情に思わず見惚れそうになる七星は、眠るときに羊を数えるごとく、美少女が腕に飛び込んでくる想像をして気を紛らわせる。──悪霊退散、惑わされるな俺。相手は珍獣なのだから。


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