第2話 浮き足立つニュークラス


 この辺は良き都会であると言える。駅に特急が止まるし、都内へは二十分在れば出かけられる。それでいて満開の桜が咲いていた。

 姫路七星はそんな街の通学路を乏しく一人で歩いていた。美佐穂やえりとは同じ高校なのだが、「みおみおを中学まで送ってくねぇー」とか「プロテイン買い忘れた」とかで絶賛ボッチを堪能中である。


 並木道を抜けると、『丘の崎高等学校』の姿が現れた。新学期特有の浮ついた気持ちとわずかに不安を残しながら校門をくぐり抜ける。


「よっしゃぁあー!!!」

「まじかよ……」


 とクラス替え掲示板の付近では一喜一憂の騒ぎ声がたつ中で、七星は毅然とした態度で臨むんでいた。

 『二年一組』の文字から順に追っていくと、四番目の『二年四組』のところで目が止まる。


「マジか。あいつと同じクラスか」


 少し遠くからクラス替えの様子を見守っている、あいつの正体であり、同居人の黒枝美佐穂。朝っぱらの尋常じゃないテンションはどこか消え、今の所はリミッターが機能している。


「おっすうー! 俺たち切れない仲だなぁ!」

 

「お前も一緒か」


 首の後ろに手を回し、にやにやしながら掲示板を指差す彼は日壁賢治ひかべけんじ。一年から同じクラスであり、肉付きが良いスポーツマン。えりに素材として提供できる出来るくらいのポテンシャルはある。


「俺たち腐れ縁だ。てことで、バスケ部入ってくれよ」


「腐れ縁っていい意味で使う言葉じゃない。それに俺は運動はしない」


「さっすが、小説書いてるだけあるー。で、入部届けだけど」


「話を聞け」


 長身の七星は事ある度に賢治から部活の勧誘を受けていた。正直めんどくさい。しかし唯一七星が小説を書いているという事実を告白した相手だ。親友ではある。


「いやはや、今年は脚の出来がいい女子はいるか楽しみだなぁ」

「俺は胸しか見ていない。異論は認めん。そも、脚に需要は見いだせない、その意見を棄却する」


 七星は声高らかに語る。

 対して賢治は鼻の下を掻くようにすると、


「脚というのは人間にとって無くてはならないものだ。歩行という人間の原点であり、様々な勝負事はたいがいそこで決まる!」

 

 でけー声で言い放った。


「別の需要だよな」


「それだけじゃない。女子の脚というのは──カラーにバランス、そして何よりテクスチャで決まる!」

 

 テクスチャって手触りとかそういう意味だよな。そうか通報すべきか。

 それに周囲から白々しい視線が降り注いでいたので、七星は熱弁する賢治を置いて昇降口で靴を履き替えた。


 「でもまだ、学校のが安らげたもんだなぁ……」


 ノン・ダ・クーレときわ荘だっけか、未だ覚えられない意味不明な名前のシェアハウスの住人と比べればへっちゃらなヘイトスピーチだ。……おう、なんだか寒気がする。

 視線の先には浮足立った高校生があちこちに見られ、各々が教室に向かっている。

 しかし、空気を乱すような違和感に七星の目は吸い寄せられた──。


「……影薄いなお前! まじかよアナグマかよ」


 アナグマは影が薄い動物らしいと、誰かに吹き込まれた。

 そうだ、目の前に立つ美佐穂で合っている。

 七星の問いにうーんと首を捻るまま美佐穂は顔をしかめた。


「えーとぉ、誰のことかな?」


「キャラが変だ。やり直せ」


 美佐穂はあまりに女子高生らしさの増した声で聞き返してきたため、指差しで指摘した。

 すると眉を下げた美佐穂は顔を七星の耳元に近づける。


「モードチェンジ、学校だとこうなの。どこでもお転婆をやってるわけじゃない」


「……ま、まさか」


 衝撃の事実に七星はあんぐりと口を開けた。そのままがっくりと肩を落としたまま手を上に向けてヒラヒラする。


「人の心があったなんて……」

 

 去年は違うクラスだった。七星は美佐穂の習性を知り得ることがなかったのだ。

 どこでもかしこでも問題児をやっているというばかりに思っていた。


「というわけで、七星のことも学校では住居人じゃなくて男の子として見てるから、よろしくね」


「は……?」


「じゃあそういうことで」


 そのまま美佐穂は身を引き、わざとらしく他のクラスメイトに微笑みかけて輪に溶け込んでいく。正直、言われたことが理解できないまま、七星はそこに取り残された。


「おい、七星ひでぇじゃねぇか」


 遅れてきた賢治が七星の頭を小突く。


「わりぃな。ちょうど難易度高めな問題にぶち当たってよ、開始早々女子に軽蔑されるお前を助ける余裕がなかった」


「ほう。その問題はブレザー越しでもスタイルを割り出す方程式かなにかか。脚というのはそんな小難しい知識がなくても、常に晒されて証明されているからな。そう、合法的に目測できる都合のよい部位だ」


「へーへー」


 適当に相槌を返しながら、七星は談笑しながら教室に向かう美佐穂を追った。その七星の視線の向かう先に賢治も同じくピントを合わせたのかうんうんと頷いている。


「いるじゃん、脚の完成度マックスな子」


 と美佐穂のことを評価する。確かに美佐穂は程よく肉付き肌は白く、手触りは……やめておこう。七星は裏美佐穂の奇行を目撃しているため、意識したことなかったことだけど改めると考え直すと容姿は淡麗である。


「脚ねぇ……」


 つい視線が美佐穂のスカートの下に吸い込まれる、胸好き一派の七星だった。


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