ラブコメ小説家(志望)の俺は女子だらけのシェアハウスでモテるのか? ──答えは「はい」であれよくそが

猫月笑

第一章 変人たちの巣窟

第1話 多色な会食 

「すごいよバードだよ! 大空羽ばたいちゃってるよぉ!」


「冷静になれ、落っこちるから!」


 黒枝美佐穂くろえだみさほの脇腹に姫路七星ひめじななせは手を伸ばしどうにか助け出す。ベランダの柵から身を乗り出していることなんて気にすることなく、未だ彼女は両手をバタつかせて暴れていた。


「鳥ちゃん、私を未来永劫輝くーそんな異世界に連れてって」


「遥か彼方先に、あんたの頭のネジは吹っ飛んでるなぁ!」


「何があろうと私は故障しないよ」


「どうせなら止まってほしい、そう切実に願う」


 七星は不満そうに肩を落とすと、背面から網戸の開く音がした。


「何なの朝っぱから!」


 ピシャリと怒号が鳴る。このシェアハウス『ロマン・ジ・エーレときわ荘』の管理人にして大学生の常磐乙春ときわことはだ。確かに共有ベランダのため、ここまで騒々しい朝活は大目玉を食らうことが分かりきった話である。


「どうにかしてほしいです、こいつの朝の奇行」


「あんたがどうにかして暇なんだし」


「暇って……」


 正直ため息くらいしか出ない言葉に、一応優秀な高校生の七星はひどく落胆した。


「一応これでも、小説家の卵ってことをいたわってほしいですね」


「私の前でそれをいいますか」


 乙春には大学生のかたわら数々の作品を手掛ける有名作家──という肩書にしなくてはいけない、暗黙の了解が存在する。もちろん日頃からお金にケチケチ五月蝿いことから素性はお察しの通りというわけだ。

 朝の異端児、黒枝美佐穂は、動物ファンタジー恋愛とう奇抜なジャンルを模索中の高校生である。生態系がいまいち人類かは怪しいけど一応同級生だ。


 そして姫路七星はネット小説に勤しむ、あくまで健全な男子高校生。WEBサイトでラブコメ小説の執筆を行い、たまにデイリーランキングに姿を見せるくらいの実力である。


 要約すると、ここは小説という共通の特技を持った人が集合するシェアハウスなのだ。


「二人して朝食当番を守らないなら、きつく罰を与えるから覚悟して」


「やーだー乙春ちゃん。怖い顔しないの」


 まくしたてる美佐穂に冷徹な瞳を向ける乙春を察知して、七星は急いで台所に連れ帰った。冷蔵庫を漁って卵、ハムついでに棚の上の食パンを取り出して、ハムエッグトーストを作ろうと思いつく七星。その隣では美佐穂が楽しそうに動物図鑑を眺めていた。


 七星はもちろん──理想と現実が違うことは分かっていた。

 しかし、現実の女性が理想からどれほど離れているかを痛烈に思い知らされたことはさすがにショックである。七星の描くラブコメは、鬱小説になったまである。


「せめて、手伝えよ……」

 

 朝から動物図鑑をめくる美佐穂に慣れてしまった七星も大概だ。


「……て、ちょっと待てえり! どういう格好してるのか分かってるんか?」


 ノロノロ廊下から出てきた、もうひとりの女子高生に七星は目を疑う。

 細長く伸びた脚がホットパンツから伸び、上にたどっていくと、白いキャミソール一枚の格好なのである。

 正直、これには慣れない。

 

「メリケンサック片手に歯を磨いてる……。悪いか?」


「物騒すぎるだろ……。じゃなくて、下着姿はやめろって言ってんだ」


「じゃあなんで待ってって、言ったし」


「言葉の綾だろ……」


 彼女は梢えり《こずええり》。まさしくこのシェアハウスの住人に相応しい。もちろんこの変態的な行動と容姿も象徴だが、何より経歴が異端なのだ。


 高校生にしてかの有名な『クリーン文庫大賞』を受賞した。そのうえ筋肉をテーマにした飛び抜けた発想が異例のヒット。まさしく、正真正銘の人気作家だ。


 そう、誰かさんと違って自称作家じゃない……。財力もある。

 背後に忍び寄る乙春によってビール缶が首筋にあてがわれ、七星はぞっと身を引いた。乙春はビール缶を持つとになる。


「ほんと新学期から騒がしすぎます。……て、今日は姫路かよ朝食担当くそだな」


 二階から制服姿で降りてくるのは最後の住人、三葉三桜みつばみおである。中学生にしてシェアハウスに住む最年少。大のミステリー好きで、よく七星を殺そうとするトリックを口にする。つまり、嫌われている。


「集まってくれ。遅刻するぞ」


「そうですね。拉致されて東京湾に沈んで、登校に支障をきたすべきですよね姫路七星」


「あはは。すまんな三桜、あいにく不死身じゃないんだ」


 とか脅されつつも、真っ先に座ってくれた。ついでに動物図鑑に食いつく美佐穂を無理やり引っ張り、「まさか亀──求愛行動──強引ね──普段は奥手──やるときやる子」とか意味わからん短歌を無視してトーストを口に押し込んだ。


「そこの朝からゲロりんちょ予備軍の、おばさ……」


「警告よ。本当に沈んでもらうわよ、東京湾に」


 と低い声のままビール缶でプレスされたせいで、七星は肝まで冷やす。視界の端にいるシャツを羽織ってくれたえりは「ごはん派だからいらない」と七星を一蹴しそのまま何処かに消えていった。


「ええ、三桜が言うように今日から新学期だ。一人ひとり悪評が立たないよう、身を引き締めて学業、そして執筆活動に打ち込んでいこうじゃないか」


「はーい、頑張りまーす」

 

 と、すでに素面ではない乙春が手を挙げて、


「なーなー、せなか縛るのって効果抜群そうだよね美佐姉ー」


 と、三桜は明らかに人の腕を縛る強さじゃないジェスチャーを美佐穂に見せる。見事に『なーなー、せ』って対象を選んでる辺りもさすがに抜け目ない。


「背中縛られたら、羽ばたけなくて可哀そうだよ」


 一人は別の次元をお散歩しているようで、南無三だ。


 姫路七星──。

 一年前『小説好きが集まる場』という募集要項に誘われここに来た。

 いろいろな感性に揉まれて、七星は最高の小説家を目指せると思っていた。


 ……そもそもその前提を低く見積もり過ぎたのかも知れない。

 鬼のメンタル、変人に対応する天性の才能。

 類まれなる力が──小説家になる手前には必要だと言うことを思い知らされた。


「カンパーイ! ロマン・ジ・エーレときわ荘、元気にやっていこう!」


 ビールを片手に乙春は声高らかに立ち上がった。

 快晴の外では小鳥がぴよぴよ鳴いて平和である。


 きっと、まだ七星たちの青春は始まったばかり。

 鬱小説家ではなくラブコメ小説家として羽ばたける日がそう遠くないでほしいと、密かに祈る七星だった。

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