第15話

 カルナがアーロスの街に到着したのは二日後であった。馬車から降りたカルナは大きく体を伸ばす。その背後を大きな音を立てて荷車が通り過ぎる。あわてて避けたカルナだったが、顔には怒りではなく満足そうな表情があった。

 それはアーロスの景気がいいことの証明でもあったからだった。カルナのその表情も当然であった。

 カルナはそのまま街の中心部の宿屋へ向かう。道の両側に並ぶ店から聞こえてくる呼び込みの声も威勢がいい。荒っぽい声であったが、今のカルナにはむしろ心地よかった。

 「こんにちは、今晩お願いしたいんだけど」

 カルナは宿の入口で声を張り上げる。ややあってから店の奥から太った主人が体を揺らしながら現れた。

 「いらっしゃい、何名かね?」

 「えっと……」

 そこまで言いかけてカルナは、今日はバルドがいないことを思い出した。

 「一人だけでいいかしら」

 「はいよ、おひとり様ね。一人ならば……」

 次に主人の口から出てきた宿代にカルナは眉をひそめた。

 高い、明らかに高すぎる。主席公認魔導士の服を見てふっかけてくる人間はいないはずだが、とカルナはいぶかしんだ。

 そんなカルナの心を読んだように、主人があわてて付け加えた。

 「すまないね、このところ物価が上がってしまって苦しいんだ。頑張ってはいるんだけど」

 「あ、そうじゃないの。ごめんなさい」

 カルナはあわてて手を振る。主人はほっとしたように机の引き出しから部屋の鍵を取り出した。

 「それじゃあ、部屋は二階の東側にあるから」

 「ありがとう」

 鍵を受け取ったカルナは長い廊下を歩く。

 そう言えば、とカルナは思い出していた。ここに来るまでの間、店に並ぶ商品もどことなく高かった気がした。当然、街によって物価は異なるのでそのためだとカルナは考えていたが、そうではないのかもしれない。

 カルナの歩みにあわせて揺れる鍵が甲高い音を立てる。その金属的な音はカルナにどこか嫌な予感を与えるものだった。

 旅装を解いたカルナはしばらく考え込んだ後、再び街に出る。まもなく夕方を迎えるということもあってか、街を歩く人も多い。カルナは人の流れに身をゆだねるように足を運んだが、視線だけは商品に添えられた値札に鋭く向けられていた。

 気のせいではない。やはり全体的に高い。カルナは一軒の商店の前で立ち止まった。

 「何が欲しいんだい?」

 店に並ぶ商品を見ていたカルナに、奥から顔を出した店主が声をかける。

 「……え、あっと、これを頂こうかしら」

 考え事をしていたカルナはとっさに手前にあった果物を指差す。もっとも、主人にカルナの様子を気にしたところはなかった。主人が次の客の応対に移ったときには、カルナの手にはこの地方名産の果物と、釣として渡された数個のアメジストがあった。

 受け取って数歩歩いたところでカルナはなにかを思い出したように足を止めた。そして周囲を見回し、人目を避けるようにして建物の影に身を隠した。

 薄暗い路地には湿った空気が漂っている。カルナは手にしたアメジストの上にトネリコの杖をかざす。口の中でいくつかの単語をつぶやくと、杖はぼんやりと白い光を放った。その光に照らされたアメジストを見ていたカルナの眉間に皺が寄る。

 「まさか……」

 アメジストを一つ一つ確認するカルナの眉間の皺はますます深くなるばかりである。

 「間違いない……これは確かに……」

 カルナはしばらく腕を組んで考え込んでいたが、路地に入ってきた人を見て再び表通りに戻る。行き交う人のざわめきがカルナの耳に一気に飛び込んできた。

 宿に戻ろうと、カルナはもと来た道を歩き出す。まだ先ほどのアメジストのことを考えていたカルナは、反対側から歩いてきた人に気がつかず、肩がぶつかりそうになってしまった。

 カルナはあわてて謝ったものの、話に夢中だった二人組みの男性はとがめることもなく、再び歩き出す。カルナもその場から立ち去ろうとしたが、二人の会話の断片を耳に入れて反射的に足を止めた。

 「ちょっといい?今なんて言ったの」

 猛然と二人に駆け寄ると、胸につかみかからんばかりに問いかける。

 「さ、さっき俺たちが話していたことか?」

 カルナの勢いに男性は怯えた様子で答える。

 「そうよ、黒翼人が殺されたとか言っていなかった?」

 「ああ、噂で聞いただけなんだけど、確かにそう聞いたんだ」

 もう一人がカルナを押さえるように言う。

 「で、名前は何て言うの?それは聞いていないの?」

 男性は首を横に振る。

 「だから、名前までは……だけど、剣舞披露会の勲章が近くに落ちていて……」

 カルナはその言葉が終わる前に走り出していた。

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