第6話
ゼラスの街までは、いつもであれば五日は要したところであるが、急いだカルナたちは三日後には着いた。すぐにカルナはいつものように郡庁舎に向かった。
しかし、郡長の反応はテフェカスの街よりも、さらに冷たいものであった。
「カルナ公認魔道士の権限については承知しております。しかし、今は近衛兵が調査しているところです。それを待ってからでよろしいのでは」
「待っていたらこちらの調査も遅くなるのです。魔法を使うにしても、早く行わなければいけないんです」
「早く行けば必ず解決するんですか?」
「……とにかく、案内の人を出してください。そのぐらいならできますよね」
だが、出された人は「そのぐらい」の人であった。二人の前に現れたのは、明らかに閑職の地位にある文書接受官であった。
「街の案内は大丈夫ですよね?」
「は、はい」
老齢の文書接受官は二人の間で背を丸めながらうなずいた。
「まあ、とにかく行ってみようぜ」
もっとも、文書接受官の案内は的確であった。テフェカスの街の小路を縫うように歩く。
「ずっとこの街で仕事をしてきましたので」
「へえ、ずっとかあ」
「もう四十年になります」
「俺が生きてきた年より長いよ」
バルドは素直に感心した様子を見せる。
「こちらです」
案内された政府倉庫の前では、重武装の近衛兵が幾重にも周囲を固めていた。
「普段からこのくらい警備を厳重にしておけばよかったのかもね」
足を止めたカルナが剣や槍を持つ近衛兵に視線を走らせながら言う。
「確かにそのとおりなのですが、共和国の予算が厳しくて。今年度は前年度より……」
文官らしい長い説明が始まりそうになったため、カルナはさっさと政府倉庫に向かって歩き出す。
三人が近づくと出入口を固めていた近衛兵がさっと前を塞ぐ。
「私は主席公認魔道士のカルナです。今回の事件の調査のために中に入らせてもらいます」
カルナが前に立って近衛兵に声をかけた。だが、近衛兵はその場から動かず、代わりに副師団長と名乗る若い男が歩み出た。
「すみません、師団長の許可がないと……」
「じゃあ、師団長はどこ?」
「演習に出ておりまして……今回の事件の連絡を受けて、すぐに戻るよう伝令を走らせたので、そろそろ戻ってくるとは……」
「そろそろっていつなの?それまでは私たちを中に入れないつもり?」
声を荒らげるカルナだったが、副師団長も後ろの近衛兵もその場から動く気配はない。
「無理だよ、カルナ。あきらめて待とうぜ」
「待つ?神にも等しい私を待たせるの?」
カルナはバルドを下に見るようにして言う。
「あれはたとえ話であってだなあ」
「バルド様のおっしゃるとおり、ここは出直してきた方が……」
文書接受官も横からおずおずと口を出した。
「いいえ、そんなのんびりとしたことはできません。とにかく……」
「司令官が戻りました!」
救いを求めるような副司令官の声が響く。その声に振り向いたカルナの目に、こちらに歩いてくる近衛兵の一団が写った。肩章から判断すると、先頭に立つのが司令官のようだった。
「私は主席公認魔道士のカルナです。政府倉庫への立ち入りの許可をお願いします」
白い髭を整えながら、司令官はカルナの上から下までを舐め回すように見た。
「許可ですか?それなら副司令官の方からお答えしているかと思いますが」
「はい、司令官の許可が必要とのことでした」
カルナは、役人特有の持って回った言い方にいらいらする心を抑えながら答える。
「そうですか、ご覧のとおり現在は我々が調査しております。許可はその後となります」
回答はテフェカスの司令官と同じだった。
「申し訳ありませんが、我々の調査も急がなくてはなりません。今すぐの許可をお願いします」
司令官はカルナが頭を下げても態度を変えなかった。
「そもそも、調査は近衛師団が初動体制を組み、主席公認魔道士はあくまでも協力依頼に基づいて調査するということになっていたはずですが」
文書接受官がカルナの側にいるためか、司令官は規則を持ち出してきた。
「確かにそのとおりです。だけど、協力して事件を解決することが共和国のためになるのであれば、今は初動体制だとか、協力依頼だとか、そんなことを言っている場合じゃないでしょう」
カルナの声が次第に大きくなる。いつもの仕事だったら、こんな場面に出くわすことがないのであろう、文書接受官がはらはらした様子で二人の成り行きを見守っている。
しかし、カルナの声にもまったく師団長は動じた様子を見せない。平然とした様子でカルナに対峙している。
「だが、共和国の規則に従って主席公認魔導士となられたお方が、その規則を無視されるなど、あってはならないことだと思いますが」
一瞬、言葉に詰まったカルナは大きくうなずいた。
「……なるほど、そのとおりですね」
その場にいた人は、カルナがあっさりと引き下がったように見えたであろう。だが、バルドだけはその態度の変化に違和感を覚えていた。
カルナは大きく息を吸ってから、高らかに声を発した。
「それでは公認魔導士規則に従い、師団長職務代行者としてカルナ主席公認魔導士を指定します」
ざわついた中でもよく通るカルナの声に、誰もがあっけに取られた。
「……職務代行者?いったいどのような意味なんだ?」
意味は正確にはわからなくても、それが自分に関係することであることは直感的にわかったのだろう、最初に師団長が口を開いた。
「言ったとおりの意味です。おっしゃったとおり、公認魔導士規則に従って職務代行者を指定いたしました」
そう言ってカルナは微笑む。
「それではただいまより、私が職務代行者として近衛師団を指揮いたします」
「おい、副師団長、どういうことだ」
「それは……そのようなことは文官である文書接受官の方がお詳しいのでは……」
師団長に話を振られた副師団長は助けを求めるように文書接受官に目を向ける。
「はい、総統は自らの任命した武官および文官に対し、臨時に職務を代行する者を置くことができる、との規則があります」
いつの間にか丸まっていた文書接受官の背筋はまっすぐに伸びていた。文書接受官は、一歩前に進み出て説明を開始する。
「それに従ってカルナ主席公認魔道士は職務代行者を指定したのです」
「いや、それは私もわかります」
立ち尽くしている師団長をかばうように副師団長が前に出る。
「だが、その規則では、総統自らが職務を代行する者を指定しなければならないはずですが……」
「共和国官位任命規則の話ですね」
「あ、ええ、そうだったと思います。確か……」
自信がなさそうな副師団長だったが、その助けを借りて師団長は声を張り上げた。
「ならば、この職務代行者の指定は無効だな?文書接受官」
「いえ、有効です」
師団長の言葉に文書接受官は首を横に振る。
「そもそも、一部の例外を除き、総統の職務は特定の地位にある者によっても行える規定となっております」
ますます饒舌になった文書接受官は周囲を見回しながら、胸を張って言葉を続ける。
「そして、公認魔導士規則によって主席公認魔導士は……」
「そう、その特定の地位にある者って、決められているの。で、近衛兵の師団長の指定は一部の例外に含まれていない」
その言葉はカルナのものであった。
「したがって、カルナ主席公認魔導士が、総統の職務として自らを師団長の職務代行者として指定したことは、なんら手続き的に問題はありません」
文書接受官の声に一人を除いて、皆言葉を失っていた。そして、その一人がおもむろに口を開く。
「さて、副師団長さん。私と師団長、どちらの命令に従います?」
額に脂汗を浮かべた副師団長はカルナと師団長との、両方の顔にせわしなく視線を動かした後、カルナに向き直って挙手の敬礼を行った。
「師団長職務代行者、カルナ主席公認魔導士、ご命令を!」
「……よろしい」
カルナは満足そうにうなずいた。
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