第5話

 翌日もまずはカルナの甲高い声から始まった。

 「まだ許可が出てないの?今日には出るって言っていたじゃない」

 「出るとは言いましたが、早ければ今日になると、申しただけです」

 そもそも、許可を出すのは近衛師団の師団長の権限に属します、と郡長は続ける。言外には自分の責任ではないということをにじませる口ぶりだった。

 「我々も、主席公認魔道士であるカルナさんがお越しになったことは伝えてあります。カルナさんのお力があればさらに調査も進むはずです。その点を考えていただけるよう、師団長には付け加えておきました」

 今度は恩着せがましい発言をする。

 「わかった、わかった。とにかく現場の政府倉庫へ案内して」

 うんざりしたカルナは途中で話を打ち切った。郡長も、それを予想していたかのように、表情を変えることはしなかった。

 二人の案内についたのは副郡長と名乗る若い男だった。

 「それでは私がご案内しますので」

 「わかりました、それではお願い」

 副郡長は二人の前に立って部屋を出る。座ったままの郡長が、三人の背中を追ってじっと湿った視線を送っていることは、二人とも気がついていた。

 「すでに話をお聞きになっているとの事ですので、簡単に説明します」

 黒い法服の副郡長は歩きながらぼそぼそと話す。

 「二日前のことになります。夜のうちに政府倉庫の中にありました金貨および金塊がすべて盗難にあいました。こちらでも事件のことは話題になっていましたので、警備を厳しくしていたにもかかわらず、です」

 副郡長の口調は郡庁舎の建物を出てからも変わらなかった。背中を丸め、まるで独り言のように話し続ける。

 「夜間に政府倉庫に出入りする人は誰もおりませんでした。もちろん、周囲に侵入された形跡もありません。それなのに、金だけが見事にやられていたというわけで……」

 そこまで言ったところでアドルは首を横に振ってため息をつく。

 「ちょっと待って、代わりに銅貨などにすりかえられたと聞いていたけど」

 カルナが途中で口を挟む。

 「はい、そのとおりです」

 「じゃあ、これまでと同じような感じね。で、銀貨などは無事だったの?」

 「はい、金に関係するものだけでした。他のものはまったく手付かずのままでした」

 「まあ、盗むんだったら金がいちばん効率がいいからな」

 次に口を挟んだのはバルドだった。

 「確かに……だけどどうしてすりかえるという手段を取るんだろう。ただ盗むのではなく」

 カルナが首を傾ける。

 「それはわかりません……着きました。あれが例の政府倉庫です」

 副郡長が顔を上げる。その視線の先には郡庁舎と同じように日干し煉瓦で建てられた二階建ての建物があった。

 「結構大きいのね」

 足を止めたカルナが見上げながら言う。

 「ええ、兵器なども保管しておりますので」

 二階建てとはいっても天井が高いのか、周囲の建物よりもはるかに高く、その要塞のような形状とあいまって、まるで他の建物を睥睨しているかのように見えた。

 「なるほど、これなら簡単には入れそうにはないな」

 バルドも政府倉庫を見上げる。そのバルドを副郡長は恨みがましく見る。

 「私も盗まれたという報告を聞くまでそう思っていたんですよ」

 「さて、これで中に入れればいいんだけど」

 カルナは腰に手を当てて政府倉庫の入口を見る。

 「だけどまだ無理のようね」

 そこでは重武装の近衛兵が隙を見せない様子で入口を固めている。許可があったとしても入れそうな雰囲気ではない。

 「外側からなら構わないとのことでした」

 横から副郡長がおずおずと声をかけた。

 「外側から?あそこのところからだった入っていいってこと?」

 カルナは二階にある、鉄格子だけがはめられている明り取りの窓を指差す。

 「いえいえ、そう意味ではないと思います」

 副郡長はあわてて首を振った。目の前にいるのは主席公認魔道士である。何か魔法で本当に鉄格子がはめられた窓から入ってもおかしくはない。

 「嘘よ、冗談」

 危うく責任問題が発生するところだった副郡長は露骨にほっとした表情を見せた。

 「それじゃあ、外側から調べて見ましょうかね」

 カルナは改めて政府倉庫を見上げた。

 「お、屋根から調べるのか。だったら俺が屋根の上にまで持ち上げてやるよ」

 だが、カルナはバルドの声を無視し、トネリコの杖を頭上に掲げて、口の中で呪文の詠唱を開始する。

 「飛翔魔法を使うんだろ。こんなところで魔力を使うこともないじゃないか」

 「結構です。この前、山の上まで持ち上げてもらったとき、変なところを触ったでしょ」

 カルナはそう言って、杖を掲げたまま詠唱を続ける。

 「変なところって……ああ、あの時か」

 カルナの言葉に一瞬だけ考え込んだバルドだったが、すぐに合点がいったように顔を上げた。

 「山火事のときに魔法を使って火を消そうとしたときだろ。あれは急にカルナが体をひねったから、支えていた手がはずみで胸に触れただけじゃないか。そもそも、向こうの方が火の勢いが強いとか言って……」

 もっとも、バルドが言い終わる前に呪文の詠唱は終わり、白い光にカルナの体は包まれた。そして、カルナが大きく杖を振り下ろすと、体はふわりと宙に浮かび上がった。バルドもあわてて黒い翼を翼ばたかせ、カルナに続いた。

 二階の高さにまで体を浮かび上がらせたところでカルナは杖を水平に動かし、屋根の上に降り立つ。遮るもののない屋根ではさらに風は強く、カルナは煽られそうになった体を足に力を入れて耐えた。

 「屋根に進入できそうな穴はなし、と」

 カルナは足元を見回しながらつぶやく。

 「何か怪しそうなものと言えば……」

 「このぐらいかな」

 バルドは足元にあった木の枝の塊に足で触れる。

 「翼人なのに、なに言っているの。それはカラスの巣よ」

 光るものを集めることが好きなカラスらしく、巣からは金属の破片や硝子の瓶が転がり出てきた。

 「そもそも、屋根を伝ってここまで来ることもできそうもない」

 バルドは屋根の端に立って周囲を見回す。普通の人間なら足がすくんでしまうような場所だったが、翼人であるバルドは顔色一つ変えずに立っている。

 カルナも魔法で宙に浮かぶことができるとはいえ、さすがに屋根の端には立てず、バルドの背後の離れたところに立った。

 「正確に言うと、可能性まったくないわけではないけどね」

 バルドに反論するように言ったカルナは先ほどと同じように呪文を唱え、空に向かって体を翻らせる。地面の上に戻ったカルナは続いて降り立ったバルドに向かって口を開く。

 「ねえ、バルド、ネズミを一匹捕まえてくれない?」

 「え、ネズミ?」

 突拍子もないカルナの依頼にバルドの声が裏返る。

 「そう、一匹ぐらいなら簡単でしょ。生きたままで、なるべく元気なネズミをね」

 「ちょっと待てよ。そんな言うほど簡単じゃないぞ」

 「どこか、食堂の裏手でも探せばいるでしょう。はい、いってらっしゃい」

 ぱっと見たところは屈託のない笑顔のカルナが胸の辺りで手を振ると、バルドは仕方がないと言うように飛び立った。

 「ネズミなんてどうするんですか?」

 ずっと黙って二人の様子を見ていた副郡長がカルナの背後から声をかける。

 「まあ見ていてください」

 カルナは背中を向けたまま答える。それを合図にしたかのようにバルドが戻ってきた。

 「こんなものでいいだろ」

 バルドの右手にはまるまると太ったネズミが握られている。ネズミは長い髭をひくつかせながら不安そうに顔を動かしていた。

 「早いじゃない、どうしたの」

 「昨日の子供たちがいてな、頼んだらすぐ捕まえてきてくれた」

 「へえ、魔法で捕まえればとか言われなかった?」

 「言われたさ。だからあの魔道士はネズミが苦手で逃げ出すほどなんだ、と言ってやった」

 「こんな時にそんな冗談言ってないでよ」

 カルナがにらんでもバルドは気にした様子もなく、ネズミの髭を引っ張って遊んでいる。

 「さてと、それでは……」

 カルナは気を取り直したように、バルドの持つネズミの上に杖をかざす。今度は先ほどと別の呪文を唱えると、ネズミは髭をぴんと伸ばし、体をびくりと硬直させた。

 「はい、お行きなさい」

 バルドが手を開くと同時に、ネズミははじかれたように飛び出し政府倉庫の壁を駆け上る。そのままネズミは二階の窓の鉄格子の間から政府倉庫の中へ体を滑り込ませた。

 「あの、これは……」

 「お、使役魔法か。さすが主席公認魔導士。こんな難しい魔法も使えるのか」

 「ま、このぐらいわね。公認魔道士ならできて当然だし」

 カルナはネズミの消えた窓を見上げたまま面倒くさそうに答える。もっとも、顔には自慢げな笑みが浮かんでいた。

 「あの、使役魔法って……」

 「そして、役目を終えたネズミはこのように帰ってくる」

 相変わらず副郡長の問いかけを無視したままカルナがつぶやく。それと同時にネズミが窓から飛び出してきた。

 頭を下にして壁を駆け下りてきたネズミは、その勢いのままカルナの腕を駆け上った。

 「ご苦労さん、悪かったね」

 カルナがネズミに杖で触れると、ネズミは眠りから覚めたように顔を上げる。ようやくそこで自分がどこにいるのかに気づいたように左右を見回すと、ネズミはあわててカルナの手から飛び降りて走り去った。

 「あ、ごめんなさい。説明がまだだったわね」

 そこでようやくカルナは副郡長に気がついたように言った。

 「使役魔法は今見たように、動物などを操ることができる魔法。難度が高いから使える人は少ないけど」

 「はあ」

 「で、このようにすれば政府倉庫の中の金貨を手に入れることができるし、逆に銅貨を置いてくることもできる。だから、まったく不可能だとも言い切れない」

 「なるほど、そうすると使役魔法を使えるような人が……」

 副団長がそこまで言いかけたところでカルナは首を横に振る。

 「だけど、ネズミでは金貨ならともかく、金塊ともなると重くて運べない」

 「もっと大きな動物ではどうだ?たとえばさっきのカラスだとか」

 「翼を広げなくてはいけない鳥では、あの小さな窓を通り抜けることは難しい。この点をなんとかしないと、使役魔法を使ってということは考えにくい」

 カルナはそう言うと再び考え込む。不意に三人の間には沈黙が訪れた。

 「とにかく周りを見てみることにするわ」

 それからしばらく、カルナは周囲を歩いて回る。だが、特に変わったところは見当たらないのは、これまでと同じである。

 「……カルナさん、許可が下りました」

 日干し煉瓦の壁に手を当てて考え込んでいるカルナの背中に副郡長が声をかけた。

 「ようやく、ね」

 「何かわかりました?」

 「壁に魔法の痕跡はなし、というぐらいかしら」

 カルナは首を振った。

 「中に入れば、何かが見つかるかもしれませんので」

 副郡長に促され、政府倉庫の入口に向かう。一通りの調査が終わったのか、入口には軽武装の兵が一人立っているだけで、副郡長が声をかけると素直に中に招き入れた。

 分厚い扉の向こうはカルナが想像したとおりの薄暗さであり、互いの顔もよく見えないほどである。さらにほこりっぽい空気が漂っており、思わずカルナは顔をしかめた。

 「一階には武器類が格納してありました」

 目を凝らすと剣や槍、盾などが雑多に並べられているのが見える。中には鮮やかな装飾を施された儀礼用の武具もあり、この政府倉庫が特に貴重なものばかりを集めていることが伺えた。

 「しかし、この武器は手をつけなかったんだな」

 バルドは武器に目を向けながら言う。やはり剣士だと、そういったものが気になるのだろう。

 「はい、こちらには手を触れた形跡も……」

 「貴重な武器なのに、手すら触れなかった、ねえ……」

 バルドは、そっちの方が信じられないといった感じでつぶやく。

 「そして、金貨などが保管されていたのはこの先になります」

 二人の前を歩いていた副郡長が立ち止まり、後ろを振り向いた。副郡長の前には、二階に上る階段があった。視線を上げれば、階段の先には頑丈な木の扉があるのが見える。

 「この階段を……」

 「ちょっと待って」

 階段を上ろうとした副郡長をカルナは呼び止める。

 「少し魔法で調べてみるから」

 カルナは二人を下がらせて、階段にトネリコの杖をかざす。そして口の中で呪文を唱えた。

 「これは……」

 「黙ってて!この魔法は難しいんだから」

 一喝してバルドをおとなしくさせ、さらにカルナはトネリコの杖を水平に動かす。すると階段にぼんやりと人影が浮かび上がった。

 「何ですか?この影は」

 副郡長も目を見開いている。

 「遡及魔法ね、この空間だけ少し過去に時間を遡ってみた」

 カルナは大きく息を吐き出しながら言った。

 「ということは、この影は……」

 バルドはしげしげと人影を見つめる。

 「そう、これまでにこの階段を歩いた人なんだけど」

 カルナは片手で額の汗をぬぐった。

 「これって、近衛兵じゃないのか?」

 輪郭のぼんやりとした、白黒の影であったが、いずれも腰に剣を下げ、全身を厚い甲冑で覆っていることがわかる。

 「この中に金貨を盗んでいった人が現れるはずだったんだけど」

 「見えるのは近衛兵だけだな。彼らの調査が入る前に魔法を使えればよかったんだろうが……」

 「だから、さっさと師団長は私に調査の許可を出すべきだったのよ!」

 カルナは思わず叫んでいた。

 「すみません、私の力が至らなくて……」

 その迫力に思わず副郡長が首をすくめる。

 「いいのよ、規則である以上、仕方ないのだから。それより肝心の金貨のあった場所を見せて」

 カルナは副郡長に先を促した。

 「それではどうぞ」

 副郡長が階段を上る。カルナが続き、最後にバルドがまだ残っている人影を気にしつつ上った。三人が階段を上っても、まだ人影はその場にゆらゆらと揺れていた。

 力を入れて副郡長が扉を開く。重い音を立てて開いた扉の向こうには、一階よりもさらに暗い空間が広がっていた。

 「この特別室に金貨および金塊を……」

 「ここね」

 カルナは副郡長の説明が終わるより早くうなずく。そして、体を滑り込ませるようにして、副郡長よりも先に中に入り込んだ。

 「はい、この整理棚に金貨を保管しておりました」

 鉄格子のはまった窓から入るのは細い光だけである。冬の低い光は、政府倉庫の奥に並べられた整理棚をぼんやりと照らし出していた。

 「すり替えられた銅貨はどうしたの?」

 木製の整理棚にはぽっかりとした空間があるだけである。金貨も、すり替えられたはずの銅貨も何もない。

 「おそらく近衛兵が証拠として持っていってしまったのかと」

 「これでは、何も調べられないじゃない」

 カルナは首を横に振る。

 「とりあえず、その遡及魔法とやらを使ってみれば何かわかるんじゃないか?」

 バルドに促され、カルナはトネリコの杖を整理棚にかざす。しばらくすると、ぼんやりと硬貨の山らしきものが浮かび上がった。

 「金貨を山積みにして管理って、管理がそもそもできてないじゃないの」

 「すみません……」

 あきれたカルナが副郡長をにらみつけると、副郡長はまた首をすくめた。

 「まあ、とりあえず遡及魔法でもっと過去の時間まで見てみようじゃないか」

 バルドがあわててとりなす。しかし、硬貨の山は全く形を変えなかった。白黒の影では、影が表すものが金貨であるか、銅貨の山かはわからないが、カルナがどんなに時間を遡及させようとも、その輪郭は変化しなかった。

 「これって、金貨の山から銅貨の山に一気にすり替えたってことだよな」

 「そういうことになる……ね」

 「なあ、どうやればそんなことができるんだ。乱雑に積み上げられた金貨と全く同じ山を築くなんて、そもそもが簡単にできることじゃない。ましてやそれを一瞬になんて」

 「……」

 カルナは黙り込む。確かにバルドの言うとおりだった。

 「何か魔法ではできないのか?」

 「さっきも言ったけど、この政府倉庫からは魔法の痕跡は感じられない」

 「じゃあ、どうやればこんなことができるんだ?」

 「……」

 再びカルナは黙り込む。重苦しくなったその空気を振り払うように、カルナは唐突に口を開いた。

 「まあ、金貨を山積みに保管していたおかげで、また一つ謎らしきものが増えたのはある意味収穫ね。副郡長のおかげよ」

 「すみません……」

 結局、最後まで副郡長は謝りっぱなしだった。

 郡庁舎に戻って郡長に報告を終えた時には、すっかり日も傾いていた。報告を聞き終えた郡長は、そうでしたか、謎が一つ増えただけでしたか、と皮肉めいたことを言っただけだった。

 「まったく、だったらお前が事件の調査をしてみろって言いたくなるよな」

 宿までの道のりの間、郡長の態度に納得がいかないバルドはカルナに同意を求めるように言う。

 「……」

 「な、カルナ。そう思うだろ」

 「う、うん……」

 しかし、カルナにいつもの勢いはない。明日の好天を予想させるような夕日に眼を向けることもなく、足元に視線を落としたまま歩いている。

 「どうしたんだよ。らしくないな」

 「……ねえ、バルド」

 「うん?」

 「私、もうだめなのかな」

 「え?」

 反射的にバルドは横を歩くカルナの横顔をまじまじと見た。

 このところの疲れか、乾ききった髪の毛はあちらこちらで絡まっている。血色がよかったはずの皮膚の色がどこか青いのは、吹きつける冷たい風のためだけではないだろう。トネリコの杖を握る手もささくればかりが目立っていた。

 「事件は解決の糸口すら見つけられないし、このままだったら主席の地位も返上しなければならないかも」

 うつむきながら歩くカルナの首筋のほつれ毛が、風に吹かれて頼りなく舞う。

 「おいおい、主席の地位の返上なんて、不祥事か何かを起こした時ぐらいしか求められないものだろ。解決に時間がかかったぐらいで……」

 「解決に時間がかかることが不祥事じゃなくて何だって言うのよ!」

 バルドに向き直ったカルナが叫ぶ。

 「私は主席公認魔道士なのよ。主席公認魔道士の制服を着て、主席後任魔道士にしか許されていないトネリコの杖を持っているのが私なの。私にはそれだけの責任があるのよ!」

 悲鳴に近いカルナの声にバルドは一瞬ひるんだが、カルナの声が終わるのを待たず、肩を両手でつかんだ。

 「だから落ち着けって。これだけの近衛兵を揃えても解決できていないんだ。カルナ一人の責任とする人なんているわけがない」

 突然のバルドの行動にカルナは目を白黒させたが、その手を振り払うことはせず、おとなしくバルドの言葉に耳を傾けていた。

 「なあ、カルナ。もっと自信を持てよ。あの難しい公認魔導士試験を突破した魔導士なんだろ。優秀な魔導士の中でも、さらに優秀な魔導士であることを意味しているじゃないか。単に学校を卒業しただけで資格が与えられた魔導士とは違って」

 学校を卒業しただけで、の部分でカルナの肩がぴくりと動いたが、バルドは気がつかないふりをする。

 「それだけではない、魔法で人々を助けて感謝されたのも、数え切れぬほどある。そしてさらに主席となれば、これはもう神にも等しい存在だ。違うか」

 「神だったら、こんな事件は簡単に解決しているでしょうけどね」

 いくぶん和らいだカルナの顔に苦笑いが浮かぶ。

 「あの子供たちの顔を覚えているだろ。どんな視線でカルナのことを見ていたか。さらに、これまでの実績を考えれば、俺はじゅうぶん神だと思うけどな」

 「……ありがと」

 恥ずかしそうにカルナはうつむく。

 「だから、もっと自信をもって行動しようぜ。今回の事件も必ず解決できるはずだから」

 バルドはそこで何か思いついたように、話題を変えた。

 「そうだ、今日の夜はどこかの酒場で一杯飲もうか。気分を変えれば新しい考えも浮かんでくるはずだ」

 「ちょっと待って、その酒代はどこから?」

 「そりゃあ、立て替えて払っておいて後で総統府に請求だろ。仕事に関係することなんだから、カルナが署名した請求書があれば補佐官だって払えないとは言えないはずだ」

 「まあ、駄目だとは言わないと思うけど……そんなの、バルド、あなたの名前で請求してもいいじゃない」

 バルドは視線をそらす。

 「いや、俺は、その……」

 「もしかしたら、請求書が多くなりすぎて認められなくなりそうなの?」

 「いろいろあったんだよ、地元の奴から聞き込んだりして。その時は酒ぐらい飲ませなければいけないじゃないか」

 それまでの勢いはどこやら、あたふたとして言い訳を繰り返すバルドだった。

 「あきれた。自分が飲みたかっただけでしょ」

 腰に手を当ててカルナは言う。

 「だけど、今日ぐらいは飲みに行ってもいいかもね」

 そこではじめてカルナは沈みかけている夕日に気がついたように、西の方角に目を向ける。赤く顔を照らし出す太陽の光に、カルナは目を細めた。

 「そうか?じゃあ、街の南にある酒場に行こう。高いけどうまい料理を出すんだ」

 「高い?」

 「……ええと、東の酒場の方が安かったかな」

 「いいわよ、その南にある酒場に行きましょう。私は主席公認魔道士、酒代ぐらい総統府に出させるわ」

 カルナは足を南に向ける。

 「やれやれ、手のかかる主席公認魔導士だよ」

 肩をすくめたバルドはカルナの後を追う。だが、思わずつぶやいた言葉がカルナの耳に入る前に、別の声が二人の間に割って入ってきた。

 「カルナ主席公認魔導士、至急お伝えしたいことが!」

 同時に振り向いた二人の前には、息を切らした副郡長の姿があった。

 「すみません、ずっと走ってきたもので」

 膝に手をついて息を整えてから、ようやく副郡長は次の言葉を継げた。

 「先ほど総統府から伝達使が早馬で遣わされてきました。内容は……」

 「またあったのね、同じような事件が」

 「え?すでにそちらに伝えられていたのですか?」

 副郡長はきょとんとする。

 「いないわよ、伝達使は郡長にしか伝えることが許されていないんだから」

 「じゃあ……」

 「そのぐらいわかって当然よ、私は主席公認魔導士なんだから」

 理屈の通っているような、いないようなカルナの話に副郡長は、ますますわけがわからないといった表情になる。

 「場所はどこ?早く教えて」

 「ゼラスの街です」

 その場所を副郡長が言うより早く、カルナは振り向いて言った。

 「さあ、行くわよ。バルド。酒場での一杯はしばらく先になりそうね」

 そしてバルドの返事を待たず、速足で歩きだす。いつものカルナが戻ってきたことに安堵しつつ、バルドはカルナの後を追った。

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