第11話 団地の幽霊

実家の近くにどこぞの会社が持っている古い団地がある。

フェンスで囲まれた敷地の中に3棟が佇む5階建てのその団地は、沢山の窓が規則正しく並んだ薄黄色の壁に煤のような黒ずみと長く伸びた蔦、ヒビ割れを補修した跡が見受けられ、どことなく不気味な雰囲気を醸し出している。

父いわく「昔はここいらで1番ハイカラな建物だった。テニスコートがあったし祭りもやってた」という話だが、現在テニスコートがあったらしい場所は草が生い茂っている。


この団地には、私が幼い頃から「幽霊が出る」という噂が囁かれていた。

幽霊は建物から出っ張った4段4列3棟分、合計48個の踊り場にランダムで佇むそうで、踊り場に人がいるのを見かける度に私を含めた子供達は 「幽霊がおるぞ!」と騒ぎ大人達から怒られたものだ。


30歳を過ぎた今、食糧確保(半強奪)の為に実家へ帰った私は、すぐ近くにそびえる3棟の四角形を見た瞬間に幽霊の噂を思い出し、怪談が好きな知人に話してみようかと思い立った。彼等─特にライターとして契約を結んでいるカルト出版社の人間なら喜ぶだろうと思った。


そういうわけで、私は出版社の編集者である金本君にLI*Eを送ってみた。すると1分程でこんな返事が返ってきた。


『○○団地の社宅ですよね?せっかくだし夜中に見に行ってみましょうか』


私は「マジで」と独り言ちた。朝から夜まで働く会社員が大事な睡眠時間を削って良いのだろうか。しかも金本君は30代半ばと疲れが出やすいお年頃である。

私は(自分の睡眠時間も惜しいので)今度のお昼にしようよと持ちかけたが、金本君は夜中だと言って譲らなかった。




結局同じの日の夜更け、私は金本君とその先輩である樹さん、ライター仲間の木村さん、そして私の同居人である秋沢圭佑と5人で団地へと乗り込んだ。

圭佑は出版社とは一切関係の無い人間だが「面白そう」と言って勝手についてきた。彼もどこぞの企業に勤める会社員なのだから、ちゃんと睡眠を取ってほしいものである。


私達は金本君の車で団地そばの道路に寄り、車内から建物を眺めた。

道路は団地を囲むように延びており、360度どこからでも見ることができた(といっても建物群の後ろから半周はほぼベランダしか見えないが)。


「なんか人がいなさそうな団地ですねぇ」


金本君が言うのに私は「ねー」と頷いた。

もとよりこの団地は築何十年と経過している為に劣化が著しく、また周辺施設との距離がそこそこあり利便性が良くない為にあまり人が入らない。加えて夜更けは大抵の人が寝静まっている時間だし、人の気配が感じられないのも頷けるというものだ。


私は敷地の中に入ってみないかと持ちかけた。駐車場に停めるくらいなら不法侵入にはあたらないだろう、停めて徒歩でじっくり見よう、と。

なかなか良案じゃないかと我ながら思ったが、対して金本君達は「うーん」と言葉を濁した。


「どうしたどうした、夜中に見に行こうっつったのは金本君よ」


「そうなんですけど…」


「実は黒牟田君、さっきからあそこに、ね…」


言いかけて、木村さんが指を差した先。団地を囲むフェンスに、人がよじ登っていた。裸体の上から黒いローブの襟を頭に引っ掛けて羽織り、こけしの如く薄い顔に笑みを浮かべている。

その人は私達を見ながらフェンスを揺らしていた。私はギャッと悲鳴を上げ、隣で圭佑が私の袖を掴んで怯えた。

そんな中で金本君は普段よりも早口に「良いもの見れたし帰りましょう」と言って車を後退させた。




この後、人恋しくなった私達は近所のファミレスに駆け込みゴボウの唐揚げとフライドポテト、ベーコンピザを囲んで反省会を行った。

深夜ではあったがファミレスにはそこそこの人数がいて、夜勤帰りらしきナースの集団が(そこそこ大きい声で)仕事の愚痴を言い合ったり笑ったりしているのに安心感を覚えた。


「黒牟田さん、明日でも親御さんに電話してみてもらえますか?」


ピザにタバスコを振りかけながら、樹さんがそう言った。


「え、なんで?」


「さっきの人が生きてる人だったら、親御さん何か知ってるかもしれないじゃないですか」


確かに。知ったところでどうなる話でもないし、生きていようが死んでいようが怖いことに変わりは無いが、それでも知らないままよりは何か知っていた方が良いだろう。

私は後で結果を樹さんに報告すると約束し、ゴボウの唐揚げにありついた。




翌日の昼過ぎ、私は母親な携帯電話に電話をかけ「近所に変な人はいないか」と訊いてみた。


『あら、もしかして見た?』


心臓がドキリと高鳴る。

あの人は生きている人で、我が家の周辺にも出没しているのかもしれない。不安に駆られながら「やっぱいるの?」と訊くと、こう返ってきた。


『髪ボサボサのニートみたいな兄ちゃんを時々見かけるわー。大丈夫この人?って感じの』


多分だがあの人では無さそうだ。胸を撫で下ろしながら「○○社宅(団地の名前)の中に変な人がおって」と事情を話すと、今度は『えっ!?』と驚く声が電話口から響いてきた。


『アソコ老朽化で人が住まれんからっつって廃墟になったで!入口にも大きな柵してあるし、誰も入られんと思うけどな』


じゃあ、私達が見たのは噂の幽霊だったのだろうか。

幼い頃の記憶─子供時代に指を差して騒いでいた踊り場の人影が、黒いローブを着ていたような気がしてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る