第8話 肩に憑くもの

先日、私がライターとして専属契約をしている出版社にて樹さんという男性編集者と雑談をしていた時、彼が「肩の重みがエグい」という話をしてきた。


「湿布とか低周波とか、あと整体もやってみたんですけど肩だけ良くならないんですよね」


幽霊でも乗っかってたりして。そんなことを冗談交じりに言ってみると、樹さんはたちまち神妙な顔つきに変わり「なるほど…」と頷いた。


「冗談すよ。こんな戯言を信じないで下さいよ」


「いや、有り得るかもしれませんよ。ちょっと詳しい人に視てもらいましょう」


言いながら樹さんはスマホを取り出し、どこかにLI*Eを送り始めた。そしてピンポーンピンポーンとLI*E特有の着信音を鳴らしながらやり取りを繰り返した後、私に向き直り「手土産でも買っていきますか」と席を立った。






颯爽とした様子で出版社を出る樹さんについて行くと、彼は和菓子屋で金魚鉢を模したようなゼリーを買って、それから"詳しい人"とやらとの待ち合わせ場所である喫茶店に足を踏み入れた。

そこには仕事が休みなのか、よそ行きの格好で珈琲を嗜む私の友人─村山弥生の姿があり、彼女は私達の姿を見るなり無言で手を振ってきた。

この村山という女はそこそこ強めの霊感を持っており、簡単なものであればお祓いもできるという。樹さんがLI*Eで連絡を取っていたのは彼女だったのだ。


「突然すみません、弥生さん」


「いいえーたまたま近くにいたものでー」


申し訳無さそうにする樹さんに、村山は冷たそうな狐顔をぐにゃりと綻ばせる。出版社きってのイケメンである樹さんにデレついているのだ。

村山は樹さんから受け取ったゼリーを可愛い可愛いと褒めそやした後、緩んだ口許をそのままに私達を席につかせ霊視を始めた。


「あー、すごい乗ってますねー」


「あ、やっぱ乗ってます?」


「ええもうこんなでっかいのが」


言いながら村山が両手を広げる。知らない人が見たら胡散臭い霊感商法と思いそうだ。


「ちなみにどんなのが乗ってんの」


私が尋ねると、村山はうーんと首を傾げながら「人間サイズのゴリラって言ったら良いかなぁ」と答えた。それはただのゴリラである。


「そのゴリラ、弥生さんの力で落とせますか?」


続けて樹さんが尋ねる。村山は「そうねぇ」と樹さんの背後に視線を向けて考え、それから両手を自分の顔の両横に挙げてみせた。


降参のポーズでもしているのか。訝る我々に村山は「真似して」と促す。


「今、樹さんの首に背後からゴリラが抱きついてます。なので首に巻きついている腕を掴んで下さい。このように」


村山が挙げた両手を、首の周りで何かを掴むようにグーの形に変えた。樹さんと私も(私はしなくても良いが)真似をする。


「掴んだ?そしたら掴んだ両手を勢い良く前に振り下ろしてください。投げるみたいな感覚で。『やめてっ』て言いながら。はい『やめてっ』」


遊ばれてないだろうか。少し疑心暗鬼になりながらも、樹さんと同時に「やめてっ」と両手を振り下ろしてみる。

すると樹さんの目が大きく見開かれた。


「弥生さん、治りました」


そんなことあるのか。愕然として村山に「マジ?」と尋ねると、村山がウンウンと頷いた。


「落ちてるわ。今テーブルの上にドンと乗って、そこから厨房の方に逃げてった」


ゴリラが幽体で本当に良かった。現物なら店の机や椅子が薙ぎ倒され従業員さんも大怪我を負っていたことだろう。

平和に仕事をしている従業員さんを眺め安心する私のそばで、樹さんが村山に「今度映画に付き合ってくれませんか」と春を感じる誘いをかけていた。

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