第7話 毛の山
友人の細木君が営む美容室に髪を切ってもらいに行った時の話。
来店早々、細木君が足下にまとめられた頭1つ分はあろうかという毛の山を指して「この量覚えといてね」と言い出した。
「なに、まさか僕の毛を梳いて量比べようって?」
「ノンノンノン!初郎君の毛量じゃあ足下にも及ばないですねぇ〜!ギャハハハ!」
細木君は豪快な笑い声を上げてから、私の眼前まで詰め寄ると「いわくつきの毛」と囁いた。
なんでもある特定のお客さんの髪は切り落とすとたちまち驚異的な速さで伸び始めるそうな。
しかも今日、私が来店予約の連絡を入れた時間にちょうどそのお客さんの対応をしていた為、私に見せる為に切り落とした毛を取っておいたという。
「怖〜い!見せなくって良い〜!」
「そんなつれないこと言うなよ〜!ウチのアシも初郎君が来るまでずっと怖いの我慢して待ってたんだからさぁ〜!なっ純也!」
「そうですよぉ!早く捨てたかったんですよ!」
バックヤードから同意を示す声が響くと同時に、アシスタントの純也君が人数分のホット珈琲を持って出てきた。
「見たいもんじゃないし捨てりゃ良いじゃん…お客さんは自分の髪の毛のこと何か言うの?」
問いつつ純也君から1つ珈琲を受け取り、その場で啜る。
細木君と純也君は「そうだなぁ」と虚空を見つめて件のお客さんとの時間を回想した後、お互いに顔を見合わせた。その表情はどこか強張っている。
「純也、覚えてる…?」
「全然…」
2人はお客さんとのやり取りを覚えていなかった。それどころか容姿や、髪の仕上がりさえ。
それは美容師としてどうなんと詰めてみると、2人は「俺も信じらんねえ」とうろたえた。
「その前に来たお客さんのことは覚えてるんですよ!」
「そもそも切った髪が伸びる人なんか嫌でも覚えるわな」
細木君達が施術をしたのは何者なのか。
2〜3秒の沈黙の後、細木君は「まあいいか!始めようや!」と笑って私を椅子に座らせた。クロスを掛けられる際、耳元で「覚えてないとか誰にも言うなよ」と囁かれたので怖かった。
施術後、あの毛の山を見たら子供の身体1つ分まで増えていた。
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