第6話 逃げる

「君と福岡に逃亡する夢を見た」


駅内の観光案内所にて、福岡県の観光パンフレットを眺めながら、友人である村山弥生が言った。


「何から逃げてんの」


「さあ。でも何かから逃げたかったんだろうね。天神の街に着いた途端に2人で跳び上がってたよ」


パンフレットに載せられた餃子の写真を見ながら村山が答える。


ここ1年ほどウイルス災害が元で旅行に行けていないので、その鬱憤が夢に反映したのだろう。私は「いつか行きたいよね」と返して、パンフレットを鞄に仕舞った。




村山との食事を終えて帰宅すると、同居人の秋沢圭佑が自分で作ったのであろうチャーハンを食べながら「おかえり!」と元気よく声かけてきた。


「初郎君!聞いて!さっきうたた寝してたら初郎君とホンデ(※)に逃亡する夢見ちゃった!」


秋沢も何かから逃げていた。村山から聞いた時と同じく「何から逃げてんの」と尋ねると「わかんない!」となおも元気よく答えた。


「でも2人でハムチーズトースト食べながらホッとしたんだよね」


「えぇ…もっと真新しいもの食べてよ」


食のチョイスが保守的な秋沢に呆れていると、私のLINEにメッセージが入ってきた。相手は私がライターとして契約している出版社の金本君だった。


『初郎君と上通り商店街に逃亡する夢見た。熊本行きたいね』


何故揃いも揃って逃亡しているのか。駄目元で『何から逃げてんの』と送ってみたら、案の定『わかんない』と返ってきた。




この後、複数の人間から『初郎君と逃亡した』という旨の報告を貰った。逃亡先はニューヨークや厳島神社など様々だったが、皆一様に何かから逃げていた。


ちなみに何から逃げていたのか、誰もわかっていない。


※ホンデ…韓国の若者に人気の街。

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