キミはあの日の……

@yamakoki

あなたの本音は……?

 放課後の教室に、俺は学年一の美女と名高い女子と二人でいた。

 橙色に染まる教室で、その女子――大橋美奈は覚悟を決めたような表情で言う。


「内藤健司さん……ずっと好きでした。私と付き合ってください!」


 俺はその言葉を無視して、大橋さんを観察する。

 クラスの男子連中だけでなく学年中の男子が羨むようなシチュエーションだ。

 しかし俺は直観でおかしいと感じていた。


 まず、好きな男子を目の前にしているのに、怯えるような表情をしていること。

 自分の真後ろにあるドアを気にするような素振りを見せていること。

 

 最後に、俺と大橋さんには何の関わりもないこと。

 

 委員会も違ければ、部活も違う。

 それどころか話した記憶すらない女子から告白されるなんて、おかしすぎる。

 ここは恋愛小説の世界ではないのだから。

 

 したがって、大橋さんは罰ゲームで俺に告白しているという線が濃厚だ。

 おあつらえ向きにも、俺はクラスでも目立たない人間だからな。


 かわいそうに。

 いくら罰ゲームとはいえ、俺みたいな人間に告白しなければならないなんて。

 さっさと受諾して、このくだらない罰ゲームに決着をつけてあげよう。


「喜んで。これからよろしく、大橋さん」

「……えっ?」


 大橋さんはキョトンとしたような表情でこちらを見ていた。

 まさか俺がすんなりと受け入れるとは思っていなかったのかもしれないな。


 安心して、分かっているから。


 そんな意味を込めて頷くと、大橋さんは頬を紅潮させてスマホを取り出した。

 うん? 何やら風向きが変わってきたぞ?


「それじゃ連絡先を交換してください」

「あ、ああ」


 随分と本格的な罰ゲームなんだな。

 そんなことを思いながらも、こうすることで助かるならとスマホを取り出す。

 QRコードを読み取って大橋さんを友達登録した。


「ありがとう。これからよろしく」

「うん、また明日ね」


 あとは俺が立ち去れば、隠れている女子たちが罰ゲームの終了を宣言。

 大橋さんは助かる。

 教室のドアを開けると、目の前に一人の女子が立っていた。


 ――栗林舞花。


 学年では大橋さんと同じくらい男子連中から人気のある女子だ。

 これはまた面倒事の予感がするぞ。


「……何の用だ?」

「あんた、今の告白は罰ゲームか何かだと思っているでしょう?」


 図星を突かれて動揺してしまった。

 返事に窮する俺を見た栗林さんが大きなため息をつき、人差し指を突きつけた。


「あんた、分かりやすすぎよ。全く知らないはずの女子の告白を簡単にOKして」

「ぐっ……」

「美奈が連絡先の交換を申し込んだら戸惑って、速攻で教室を去ろうとする」


 他人から言われてみると、確かにあからさまだ。

 ちょっと分かりやすすぎたか。


「これは勘違いしてんなって思ったから、私がこうやって出てきたってわけよ」

「なるほどな。すまない。昔の手口によく似ていたもんで……」

「昔の手口?」


 栗林さんの訝しげな声にハッとした。

 慌てて誤魔化そうとしたが、それより一足早く栗林さんが冷たい声で尋ねてくる。


「健司くん、それってどういうこと?」

「……二年前の話だ」


 俺がまだ中学生だったころの話である。

 今回と同じようなシチュエーションでクラスの女子に告白されたことがあった。


 告白されるのが初めてだった俺は舞い上がり、まともに観察もせずに告白をOKしてしまったが、それは大きな間違いだった。


 OKと返事をした瞬間に男子数人が教室に入ってきて、俺のことを嘲笑ったのだ。

 あの時は頭が真っ白になったわ。


「お前、マジかww」

「本当にこいつと付き合えるとか思ってたわけ? バッカじゃねぇの?」

「身の程を知れってんだよ(笑)」


 それ以来、俺は身の程知らずの馬鹿だと噂され、クラスで浮いてしまった。

 クラスにもう一人、同じような手口に遭った地味な女子がいたのが救いだったか。

 我ながら最低だと思うが。

 その女子としかまともに会話できなかったから、会話が弾んだのを覚えている。


「そんなことが……」

「あったんだ。だから二回目は上手く対応できた」


 なぜか、俺がその女子と仲良くしているのが気に入らない輩がいたらしい。

 そいつら主導で二回目の罰ゲーム告白が幕を開けた。

 罰ゲームの内容は『身の程知らずの馬鹿に告白してこい』とかいうものだろう。


 その時は直観で罰ゲームだということがすぐに分かった。

 だから今回と同じように告白を受諾した後、速攻で教室を飛び出した。

 幸いなことに噂になることもなかった。


「難しいところは、相手の告白を受け入れても、拒んでもダメだというところだ」

「どういうこと?」

「受け入れると、仕掛け人が出てくる。拒むと告白してきた女が噂を立てる」


 最低男の誰々に振られました。

 別の学年でこういった噂を立てられた男子がいたのだ。

 だから俺は断らなかった。


 とはいえ、完全に受け入れてしまうと仕掛け人が出てきてしまうので、あれが最善手なのである。


 ちなみに前述の地味な女子はこの方法で噂を立てられたらしい。

 そして今回だ。


「さすがに三回目ともなると冷静さも出てくるってもんだ」

「三回目……いや、正確には違うけど」


 栗林さんがドン引きしているが、俺も好きで面倒事に巻き込まれたわけじゃない。

 どちらかといえば平穏に過ごしたいと思っている。


「健司くん……」

「え、えっと……」


 いつの間にか大橋さんが俺のすぐ横まで迫っている。

 その不安げな表情を見て、俺は自分の推測が間違っていたことを悟った。


 怯えるような表情をしていたのは、告白が受け入れられるか不安だったから。

 真後ろにいたのは冷やかしの存在ではなく、純粋な応援者。

 あれ、だけど最後は……?


「大橋さん、一つ質問するぞ。どうして俺のことが好きになったんだ?」

「……直観よ。同じ目に遭った者同士のね?」


 そう言って大橋さんは笑う。

 俺が首を傾げている横で、栗林さんは教室の後ろの掲示物を見ていた。

 つられて俺も視線を向ける。

 貼られている掲示物は四月に書いた自己紹介か。

 

 クラスメイトの出身中学校とか、趣味、好きなものなどが書かれている。

 その中の一つ。

 大橋さんの自己紹介を見た俺は目を見開いた。

 

 俺と同じ中学校出身で、趣味は可愛らしい見た目に反して読書だと?

 卒アルを思い返しながらもう一度大橋さんを見ると、なぜか眼鏡をかけていた。


「あっ……」


 初めて話した女子という前提条件から間違えていたのか。

 だって彼女とは中学校時代から同級生で。

 約二年間を共に過ごした仲間だったのだから。

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