18

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「次で最後なのかな」紫音が身を守るように腕を組み合わせながら問う。「最後にしてほしいけど」

 二階の、もっとも玄関から遠い角の部屋へと向かっている。細かな装飾が施された重たげな扉の前を行き過ぎ、廊下を進む。

 悪趣味なゲームだった。回収できた二十枚近いカードの内容を思い返す。判読できたものは半数ほどだったが、まともな指示が書かれているものは、むろんひとつもなかった。

 子供っぽい字体で、希死念慮を連ねたもの。稚拙だが残酷な落書き。首を奇怪に捻じ曲げられた少女と、塗り込められた赤。

「沙由のゲームでもここがゴールだった」

 告げると、紫音は小さく頷き、

「妹さんの部屋?」

「うん。このぶんだと中身もそっくり再現してあるんだろうね」

 沙由の部屋が最後の舞台になるであろうことは予期していた。ゲームが始まった瞬間から、いや、もしかすると藤代邸が眼前に現れた瞬間から。

 影の女の陰惨なユーモア。自分たち姉妹がもっとも長い時間をともに過ごした場所で、首を獲ってやろうという魂胆なのだろう。人間の胸に沸き立つ怒りや苦痛を糧とする化物が、いかにも考えそうなことだ。

「我を忘れない、自責しない、絶望しない」紫音が標語のように唱える。「呑まれそうになったら殴る」

「仲間内で殴り合ってれば世話ないよね、相手にしてみれば」

「でもいちばん効くでしょう」

 小さく笑んで顔を上下させる。確かに効いた。ここに至るまでに三回、彼女に頬を張られている。「痛かったよ、めちゃくちゃ」

「お互いさま。翡翠のびんたも効いた」

 そう紫音もまた笑ったが、ふと表情を変えて、

「脅かすみたいだけど、この世界で死んだらたぶん、永遠に奴に食い物にされる。もしかしたらそうやって、奴らは仲間を増やすのかも」

「まっぴら御免」

「同感。だけど正直なところ、追い詰められて絶望しそうになったとき、怒りや復讐心が相手の餌になるだけなんだとしたら、なにを原動力にすればいいのかって考えると――難しいよね」

「難しいね」と翡翠は繰り返し、「うまく言葉にできる気がしない」

「なんとなくでも、思うことはある?」

「ないわけじゃない。胸のなかに仕舞ってるうちはすごく強くて、それだけでどうにでもできそうな気がする。でも形にしようとすると途端に崩れて、なにも残らないように感じる」

 紫音が黙って視線を寄越した。続きを促されている。

「沙由の部屋で、一緒にゲームして遊んだりしたのを思い出す。別になんてことない、あの子がコントローラー持ってて、私は隣で見てる。相手が攻撃してくるあいだは盾でやり過ごして、隙を見せたら斬りつけるんだよ、とか言いながら。こいつ倒したらお風呂入ろうね、上がったらアイス食べようね。何回も繰り返したようなやり取りが、ずっと残ってる。今はもう、地上では私のなかにしか存在しないんだって思ったら、絶対に消したくない」

「消えるわけないよ」思いがけないほど強く、紫音は応じた。「消させない」

 言葉に、咽の底が熱くなった。「ありがとう」

「当たり前でしょう。ねえ翡翠。この世界から抜け出せたら、もっと妹さんの話をしてくれる?」

「もちろん。だってそう約束した。またいつか紫音に会えたら、沙由の話を聞かせるって」

 ふふ、と紫音は小さく声を洩らし、

「私のことはもう話したんだ。どういうふうに?」

「昔の友達だって」半ば反射的に答えてから、思いなおし、「でも沙由のほうがよく分かってたかも」

「なんか言ってたの? 私のこと」

 顔を覗き込まれた。声が少し悪戯げな空気を帯びているのが分かった。

 翡翠は少しためらいがちに、

「大事な人なんだねって」

「妹さんがそうだって?」

「夢に出てきたんだって。私と一緒にいるとこ」

 思い返してみればあの日、紫音という名前さえ沙由には告げなかった。自分が友達といる夢を見たと言われ、そうと判断したのみだ。

 ただ彼女以外は考えられなかったというだけだ。御神楽紫音以外には、誰も。

「夢か」紫音が納得したように頷き、顔をあげた。「どんな夢だったのかな。こんな地獄みたいな世界じゃなくて、もっとましな場所で、翡翠といられたのかな」

「どうかな。沙由のことだから、素敵な世界を想像してくれたのかな。逆に地獄みたいな場所で一緒にいたから、大事な人間と思ったのかもしれない」

「まあ、どっちでもいいや」紫音はあっさりとそう言い、続けて、「沙由ちゃんにとって、私が翡翠の隣にいるのにふさわしい人間に見えたなら」

 繰り返し、顔を上下させて応じた。彼女の言葉が嬉しく、気恥ずかしく、つい口許を掌で覆った。

 沙由は夢を介して、いまの自分たちの様子を垣間見たのかもしれない。あまり覗いてほしくない場面は、むろんあった。ひどく残酷で、痛々しい出来事ばかりが起きた。もとよりここは、怪物の用意した苦痛の檻のなかなのだ。

 それでも自分たちはまだ立っている。最後の扉はもう間近だ。

 ゲームの目的地。藤代沙由の部屋。

 最後の角を曲がると同時に、手を握り合わせた。紫音が息を吐き出してから、

「オリジナルのゲームだと、ここで最後の指示に従うんだよね。『君の探す者の名前を呼べ』だっけ?」

「そう。だけどなかにいるのは沙由じゃない。あいつだ。だから――言ってやることはこれだ」

 翡翠はドアを睨みつけた。声を張って、

「おまえを絶対に逃がさない。ここで、私たちの手で、始末をつけてやる」

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