第9話 つながりのかたち


『朝です。起きてください。朝です。起きて・・』


睡眠を謳歌する僕の脳内に、無情な合成音が連呼する。


IoHの目覚まし機能は優秀で、対象者の睡眠状態を完璧に把握し、設定した時間帯の内、最も眠りが浅い時に起こしてくれる。


「んっ・・・」


寝ぼけ眼を擦りながら、朦朧とした意識を覚醒させていく。


いつもと変わらない朝。

日常の始まりを、太陽の輝きとカラスの鳴き声が祝福する。そんな朝。


いつもと違うこといえば、今日が2学期最後の日であり、明日から冬休みが始まることくらいだろうか。


『おはようございます』


僕の意識の覚醒と同時に、目覚ましが自動で止まる。


そんな普遍的で不変的な、いつも通りの朝。


「んー・・・。ん?」


上体を起こした僕は、自身の体にちょっとした違和感を覚えた。


体がいつもより重たいのだ。


それは体重が増えたとかそういう話ではなく、疲れが溜まっているような、怠さからくる重さだった。


まるで旅行ではしゃいだ次の日のような倦怠感が、全身にまとわりついている。


昨日は普通に学校に行き、いつも通りの日常を過ごした。

次の日に疲れを持ち越すようなことはしていないと思うのだが。


「まあ、いいか」


そこまで気に留めることでもないと、重たい体を引きずって部屋を出る。


入学時よりも様になってきた制服に身を包んで。



「おはよう、まもるくん」

「おはよう・・ございます」


母と挨拶を交わし、いつもの席に腰掛ける。

向かいの席にはエプロン姿の母と、新聞を読む父の姿があった。


『今日のニュースです。悲しいことに年々増加傾向にある自殺者ですが、昨日は1人もいなかったことが警視庁の発表で明らかになりました。何かと暗いニュースが多いご時世ですが、こういった明るいニュースが増えて欲しいものですね。続いてのニュースは・・・』


テレビに映る若いアナウンサーが、いつも通りの淡々とした落ち着いた口調で原稿を読み上げる。


食卓にはご飯に味噌汁に目玉焼きに納豆。

そんな和を感じる御膳の前で、僕は親指と人差し指の間に箸を挟んで手を合わせる。


「いただきます」


目玉焼きを摘んでご飯。納豆を掻き込んでご飯。

それらを味噌汁で流してご飯。


僕の食事はご飯を中心に回る。


「ごちそうさま」


最後の一粒を飲み込み、1日の活力を補充した僕。


いつもならすぐにでも学校へ向かうのだが、今日は違った。


「父さん。母さん」


なぜ突然そう思ったのか定かではないが、僕は今これを言わなければいけない、どうしても言いたいと思ってしまったのだ。


「・・・冬休み、旅行に行きたいな」


突然の物言いに、父は読んでいた新聞を閉じ、母はキョトンとした表情でこちらをみつめる。


しばらくの沈黙の後、両親は顔を見合わせてこう言った。


「旅行か・・・いいな、行こうか」

「そうね。どこがいいかしら」


温泉に入りたい。思い切って海外もありだな。などと、思い思いの意見を言い合う両親。


その顔には旅行に対する高揚感とは別に、嬉しさのような感情も混じっているように見えた。


「今日の晩にでも家族会議をしようか」


その言葉を最後に、会社の時間が迫ってきたこともあり、父が名残惜しそうに席を立つ。


「僕もそろそろ行こうかな」


そんな父と一緒に、鞄を持って玄関へと向かう。


「いってらっしゃい」

「「いってきます」」


笑顔で手を振る母に見送られ、父と共に社会の日常へと足を踏み入れる。


その光景は普遍的でいて不変的な。それでいて特別な。


いつの時代も変わらない、幸せのかたちそのものだった。



「おはよう、守!」

「いたっ!って先輩、やめてくださいよ」


背中に衝撃を受け振り返ると、そこには無邪気な笑顔を浮かべるオカルト部部長 古川瞳の姿があった。


「いつもに増して背中が丸いけど、霊にでも憑かれたの?」

「霊に憑かれたんじゃなくて、体が疲れてるんですよ」

「どうせつかれるなら霊に憑かれなさいよ。オカルト部でしょ!」


理不尽な指摘を受ける僕を見て、隣のオカルト部副部長 新谷翔が、口角の上がった口元を手で隠して肩を震わす。


いつもはバスで通る道を、徒歩で向かうこと数十分。


会社に向かう父と別れた僕は、同じく通学中のオカルト部の先輩たちに遭遇し、絡まれていた。


「あーそうや。今日の部活休んでもええか?」

「え?どうして??」

「なんか知らんけど、急にばあちゃんの顔見たくなってな。ちょっと顔出してくるわ」

「そう。まぁ、学校も昼までだし今日は休みにしましょうか。その代わり冬休みはどしどしオカルトするわよ!」


1人で拳を突き上げて「おー!」と叫ぶ古川。

その人間離れした元気を、少しでも分けてもらいたい気分だ。


「それにしても翔、なんか危険なにおいがするわよ」

「それは良い男の匂いって意味か?」

「ううん。臭い方のにおい」

「な!?風呂はちゃんと入ったで!」


言われてみると確かに臭う。

体臭というよりも、生臭い感じだ。


それに、新谷本人というよりは、新谷の鞄から臭う気がする。


「なんか入っとるんか・・・って、うわ!なんでや!?」


新谷が自らの鞄を漁ると、中から生の秋刀魚が顔を出した。


「翔、特殊な性癖に目覚めたの?」

「違うわ!秋刀魚に欲情ってどんな性癖やねん!そうや、きっと野良猫の仕業やな」

「先輩。ちょっと意味わかんないです」


猫が魚を咥えていくことはあっても、加えていくことはないだろう。


「・・・なんかわかんないけど、私も久しぶりにパパとママの顔が見たくなったわ」

「ほんまか!?ほな、一緒に帰ろうか」


いつも通りの意味不明な2人のやりとりを見て、何故かほっこりとした気持ちになっている自分に気づき、僕も充分変な奴だと自嘲の笑みを浮かべる。


「先輩たち、学校遅れちゃいますよ」


2学期最終日に遅刻なんて、締まるものも締まらない。


「よし、じゃあ学校まで競走よ!よーいどん!」

「うわ、ずるいで」

「まってくださいよー」


全力疾走で駆ける2人の先輩。

その背中を必死に追いかける僕。


その光景はオカルト部のかたち。


言い換えるなら、一つの友情のかたちだった。



放課後


終業式を終え冬休みに突入した僕は、電車である場所へ向かっていた。


「ここか?」


IoHの案内を頼りに、とある駅で電車から降りる。


学校でふとした瞬間に気づいたのだが、IoHの地図状に、謎の赤いマークが表示されていたのだ。


自分で設定した覚えのないその場所に、今僕は向かっている。


そこは一体どこなのか。そこには何があるのか。

そんなことは分からないが、僕はそこに行かなければならない気がしたのだ。


ザー、ザー


道なりに進んでいくにつれて、とある音が大きくなっていく。


その音が波の音だと気づくと、僕の足は自然と早まっていた。


「ここは・・・」


どこまでも広がる青い海と、それを引き立たせる白い砂浜。


澄んだ冷たい風が体に突き刺さるような、真冬の海岸。


それらを一望できる位置に設置されたベンチに腰掛ける人影がひとつ。


「・・・まもる?」


少しやつれて見える50〜60代くらいの女性。


その人は僕の姿を視界に捉えるなり、僕の名前を口にした。


そして、初めて会ったはずのその人に、僕はこんな言葉を返した。


「・・・かあさん?」


その瞬間、僕の身体に衝撃が走る。


脳に直接電気を流したような。そんな衝撃。


かといって痛みを感じるようなことはなく、むしろ心地よさのようなものが全身を包む。


「・・・やってくれたな。父さん」


誰に聞かれるでもない小さな声で発せられた僕の呟きは、壮大でいて優しい波の音に、見事にかき消された。



ザー、ザー


自然のBGMだけが聞こえてくる海岸沿い。


一体何から話したものか。

僕の頭の中では多すぎる情報の波が渦を巻いていた。


「そうだ・・・」


僕の生みの親であり、清水の妻である女性は、自らの鞄から両手サイズの箱を取り出した。


「それは?」

「これ、守好きだったでしょ」


箱の中には綺麗な三角をしたおにぎりが、ぎっしりと詰まっていた。


「今日ここで守に会う夢を見てね。もしかしたらって思って作ってきたの」


僕はその中から一番大きいおにぎりを手に取り、口に運ぶ。


「・・・うん。おいしい」


おにぎりの塩が海の潮と相まって、身体中に染み渡る。


3つの点を結ぶように型どられ、その隙間を埋めるように詰め込まれた白米。


そのかたちは昔の家族や今の家族。


そして、僕と新谷と古川が所属するオカルト部。


それぞれの愛のかたちを表しているようだった。



おにぎりを頬張る僕をしばらくじっと見つめていた母だったが、今の僕の姿が幼少期の僕と重なって見えたのか、俯いて泣き出してしまった。


「よかった・・本当によかった。・・・それと、ごめんね」


溢れ出す感情が涙というかたちになって、母の頬を濡らす。


それを見た僕は、ハンカチでも入ってないかと自らの鞄を漁った。


「あっ、それ」

「え、これ?」


チャックを開いた僕の鞄から母が見つけたのは、サンタクロースの人形だった。


それは、宇宙人召喚の儀式の際に、古川から「3」にまつわる何かが必要と言われ、僕が持参したものだった。


「それ、私が病院に置いていったものだ。まだ持っててくれてたんだね」

「そうだったんだ」

「サンタのダンスが特徴的で、小さい頃の守はよく怖がってたっけ」

「ダンス?」

「あれ、もしかして知らない?」


母は僕からサンタの人形を受け取ると、足の裏に設置されたボタンを押し、ベンチの上にそっと置いた。


「ほらね」


母の言葉通り、サンタの人形がダチョウの求愛ダンスのような動きを見せる。


真冬の海で踊るサンタ


その奇妙でいてどこか芸術的な光景は、不思議と大自然の風景に溶け込んでいた。


「ほんとだ」


こんな身近なところにも知らないことはあるのだと、僕は妙に感心してしまう。


「変だね」

「うん、変だ」


そのことが妙に可笑しくて、僕と母は互いを見つめて笑い合った。




ヒトノインターネット


人をインターネットに繋げる技術。


その革新的な技術はあっという間に広まり、その普及率は国内で95%を超える。


これにより社会はより便利に、個人はより窮屈になったと、あるコメンテーターは言った。


いつでもどこでも繋がれるという環境が、人の心を摩耗し、本性を浮き彫りにする。


そして、溜まりに溜まった行き先のない醜い欲が、匿名での攻撃というかたちで、別の人に無責任に投げつけられる。


つながりのかたちの急激な変化に、人の心が追いついていないのだ。


しかし、場所が変わっても、時代が変わっても、つながりのかたちが変わっても。変わらずそこに在り続けるものもある。


人はそれを『幸せ』や『情』や『愛』と呼ぶのだろう。



踊り狂うサンタがその動きを止め、再び波の音だけが響く海岸。


「母さん。僕を産んでくれてありがとう」


僕の口から自然と出た言葉は、そんな感謝の言葉だった。


「・・・うん。守も産まれてきてくれて。こんなに大きく育ってくれて、本当にありがとう」


いつもは気恥ずかしくて言えない気持ちも、海では波が運んでくれる。


海岸に打ちつける波の音は、いつまでも変わらず規則的に。


僕たちの鼓膜を揺らし続けた。

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ヒトノインターネット にわか @niwakawin

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