第8話 未知の父親


「と、いうわけだ・・・」


モニターに映し出された男は、自身の過去を一通り語り終えると、僕の反応を伺うような沈黙を生み出した。


この男がヒトノインターネットの開発者であり、精神転送を実現した不老不死の存在であり、今回のジャックの犯人であり、僕の本当の父親。


多すぎる情報量に、僕の頭は逆に冷静になっていた。


この沈黙を破るべき言葉はなんだろうか。


言いたいことが浮かんでは消えていく。


そして、長い長い沈黙の末、僕が選んだのはこんな言葉だった。


「ありがとう」


予想外の言葉だったのか、モニターの男は目を点にして僕を見つめる。


「僕のためだったんでしょ」

「・・・気づいてたのか」


そう、今回の人類ジャック事件で僕が覚えた違和感。


それは、僕にとって都合が良すぎるということだった。


新谷と古川の得意分野を用いた暗号。

その行き先が2人の故郷であったこと。


試練の場所は、僕との思い出の地という理由もあっただろうが、2人の先輩の知らなかった一面を知る機会を与えてくれたようにも思える。


きっとこの人物。僕の父親らしいこの男は、素直になれない僕を見兼ねて助け舟を寄越したのだ。


それが人類のジャックというのは、些かやりすぎな気もするが。


子どもの為なら世界さえも敵にまわす。


きっと、それが親というものなのだろう。


「大きくなったな」


モニター上の男が優しい微笑みを浮かべる。


その両目からは、理性的であり感情的な。デジタル的でありアナログ的な。一筋の涙が流れていた。



それから僕と清水は語り合った。


僕が冷凍保存される前の話。

解凍された後の僕の体験談。


初めの沈黙が嘘であるかのように、お互いの口は閉じることを知らず喋り続ける。


まるで、空白の30年を埋めるように。


「第一の試練のもう一つのメッセージに気づいたかい?」

「もう一つのメッセージ?」

「ああ。0と1の数字が4桁ごとに縦棒(|)で区切られていただろ」

「うん」

「あれは16進数の表記方法でね。変換すると『13D』になるんだ」

「13D・・・」

「13は未知の数字。そしてDはDaddyのD。合わせると未知の父親になるのさ」

「ほんとだ!・・でも、ちょっと強引じゃない?」

「後付けだったからね。でも、新谷くんは気づいてたみたいだよ」

「先輩が?」


残念な先輩のドヤ顔が頭に浮かぶ。

そんな僕の想像を見透かしたように、清水が乾いていながらどこか温かい笑みを浮かべた。


「あの先輩たちは、君のことを本当の意味で大事に想ってくれている。そういう人は一生物の宝だ。大切にするんだよ」


清水はIoHを通して、解凍後の僕をずっと見守ってくれていたそうだ。


その清水がここまで言うのだから、あの2人はきっと僕の知るままの人たちなのだろう。


先輩たちが褒められたことに、僕も誇らしくなっていることに気づき、そのことが少し嬉しく感じられた。



「そろそろ時間か・・・」


清水は徐にそう呟くと、あからさまに表情を曇らせた。


「どういうこと?」

「今回のジャックだけどな、実は制限時間があるんだ」

「制限時間?」

「ああ。『ラプラスの悪魔』って知ってるか」


ラプラスの悪魔。


確かフランスの数学者ラプラスが提唱した説だったはずだ。

昔それを題材にした映画を観たが、その内容は僕の頭では理解できなかった。


「簡単に言うと、宇宙が始まった瞬間から未来は既に決まっていると言う話だ」

「人間の行動も全部想定通りってこと?」

「ああ。しかし、それを把握するためには全ての物質の力学的状態を完璧に把握し、かつそれらのデータを解析することが必要なため、今までは机上の空論。実現不可能な説とされていた」


もしもラプラスさんの言う通り未来が決まっていたとして、それを人間が解析できたとしたら、その人は神に近い存在になってしまう。


それすらも決められた未来なのかもしれないが。


「しかし、その不可能を可能とする技術ができた。そう、ヒトノインターネットだ」


今や日本人の95%が使用しているヒトノインターネット。

それを駆使すれば、その人たちの力学的状態を管理することが理論上可能となる。


「私は95%の日本人。赤ん坊以外のほぼ全ての人たちの思考をシャットアウトし、その人が今日行うであろう行動をさせたわけだ」

「そういうことか・・」


これで、古川食堂でジャックされたお客さんや古川の両親が、いつも通りに食事や仕事をしていたことにも納得がいった。


あの人たちは思考を奪われた状態で、いつもの日常を過ごしていたのだ。


「でも、これを実現するためには膨大なメモリが必要でね。1日分のジャックの代償として、私は自身の存在をこれ以上維持できなくなってしまった」

「そんな・・・」

「たくさんの人の貴重な1日を奪ったんだ。これくらいの報いは当然さ。それに、こうして息子と再会できたんだ。悔いはないよ」


清水のこの結末も、最初から決まっていたことなのだろうか。


だとすれば、神は相当に意地が悪いらしい。


世紀の発明者であり、世紀の犯罪者であり、実の父親に。

僕は、かけるべき言葉を見つけることができなかった。


「じゃあ、そろそろお別れだな」

「・・・・・」


こうしている間にも、時は正確に刻まれていく。


「そうだ、今山さんたちによろしくな。たまにはお前から甘えたりわがままを言ってみると良い。きっと喜ぶはずだよ」

「・・・うん」


清水は他にも何か言いたそうにしていたが、それを飲み込むように頭を振ると、目を瞑った。


「それじゃあ、お別れだ」


モニターに映し出された清水の姿が、足元から徐々に消えていく。


清水の姿が腰の辺りまで消えてしまった、その時。


「ま・・まって!!!」


僕は、気づくと自分でもびっくりするほどの大声で叫んでいた。


『人は大きな変化を見た後では、小さな変化に気づかない』


東京タワーの展望台で、高さに怖がる幼き頃の僕に父がかけた言葉。


今日モニターに映る清水と再会し、その大きすぎる変化のせいで、意識を向けないと気づけない小さな変化があった。


きっと東京タワーであの映像を見なければ、僕は気づけないままだったろう。


そして、その映像を見せたのが清水ならば、彼は心のどこかでこの変化に気づいて欲しかったはずなのだ。


「ちゃんと守って呼んでよ。父さん」


僕の言葉に、モニターに映る父が一瞬固まる。


清水は僕のことを名前では呼んでくれなかった。


それに釣られて、僕も清水のことを父と呼んでいなかった。


僕の変化は無意識レベルのものだったが、清水の方は意識的だと思われる。


きっと、こんな自分のことを父親と認めてはもらえない。認めさせてはいけない。という、罪の意識が働いた結果だろう。


だから、僕はわがままを言った。


子どもが親におもちゃをねだるような。そんな自然なわがままを。


モニターの父が優しく微笑み、僕の目をまっすぐに見つめる。


「守。元気でな」


段々と消える父の姿が、不明確に不鮮明にぼやけていく。


気づくと、僕の意識は、眠りに落ちる時のようにゆっくりと薄れていった。

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