第6話 きげん
「残念ですが息子さんの命は・・・」
「そんな・・・」
医者の言葉を受け、清水は俯き、その妻は頬を涙で濡らした。
当の本人である少年は、そんな両親の様子を不思議そうに見上げていた。
たった今されたのは、愛する一人息子の余命宣告。
この世の終わりよりも残酷な事実を突きつけられた両親は、おぼつかない足取りで診察室を後にする。
少年の小さな手を引いて。
『ごめんなさい』
机に置かれた紙には達筆な字でそう書かれていた。
息子を失って早一ヶ月。
夫婦の関係を繋ぎ止めていた愛の結晶がいなくなったことで、まるで鼻緒が切れた下駄のように、家族として歩くことは困難になっていた。
そして今朝、妻は何も言わずに家を出ていった。
たった6文字の手紙を残して。
それから清水は仕事を辞め、とある研究に勤しんだ。
その研究とは『不老不死』の実現だった。
ある目的を達成するために、清水は来る日も来る日も研究に打ち込んだ。
まるで、何かを忘れようとするように。
具体的な方法として清水が行っていたのは、『ヒトのデータ化』だった。
人間を構成する大部分は『記憶』という持論に基づいて、その記憶をデータとして記録。自分の思考に基づいた演算処理を行うことで、自分という存在を後世に残そうと考えたのだ。
そして、その研究の過程で生まれたのが『ヒトノインターネット』。
それは、公表と同時に日本中に広まる結果となった。
さらに幸運なことに、ヒトノインターネットは、清水の不老不死の目的だった事象を、清水の考えとは違う形で実現可能とした。
しかし、その事象が叶う直前で、不幸なことに清水余栄は交通事故で亡くなったのだった。
テレビの画面が再び暗くなり、リビングを沈黙が支配する。
『ご静聴ありがとうございました』
沈黙を破ったのは、感情を失った合成音だった。
『さて、これからですが・・・。オカルト部の中から1名を選出してください。その方と、人類の未来について話をさせていただこうと思います。では』
再び訪れた沈黙。
2人の先輩に目を向けると、新谷は爪を噛みながら、古川は飴を舐めながら、それぞれ考え事をしているようだった。
「俺は降りるわ」
「え?」
それから少しして、思考がまとまった新谷が手を上げた。
「なんでですか?」
「理由はいろいろあるんやけどな・・・。あれや、瞳のおるとこに俺ありっちゅうわけや」
言葉を紡ぎながら、古川にアイコンタクトを送る新谷。
確かに、新谷が代表になると、必然的に古川と一時的に別れることになる。
が、新谷がこの大事な局面で、私欲を優先するとは思えない。
それに、
「じゃあ、私も降りるわ」
新谷と古川が一緒になるには、僕が代表にならなければいけないのだ。
「え?僕が行くってことですか!?」
明らかに役不足だと感じる大役に、不安と抗議の視線を送る。
「頼めるか?」
僕の両肩に両手を置き、新谷が真剣な目で僕を見つめてくる。
その圧力に負けた僕は、気づくと首を縦に振っていた。
───新谷と古川の2人きりになったリビング
「ねえ、なんで守に行かせたの?」
「それが最終試練の内容・・いや、管理局の望みやからや」
新谷の発言の意図が掴めず、古川の頭上に「はてなマーク」が浮かぶ。
「俺も質問いいか?」
「なに?」
「数字の『13』に特別な意味ってあるか?」
「何それ?」
新谷の不可解な質問に、古川の「はてなマーク」の数が増える。
「いいから答えてや」
「そうね・・・西洋を中心に忌み数として知られているわ。原初人間が数えられたのは、手の指と両足で12までだったからという『未知数説』が有名ね」
「未知数か・・・」
古川の言葉を復唱し、なにやら考え込む新谷。
「・・・あぁ、やっぱりそういうことか」
「なに、どういうこと?」
「もう、大丈夫っちゅうことや」
古川の「はてなマーク」が、さらに増えて13個ほどになった。
「なあ、瞳。俺、明日にでもばあちゃんに謝りに行くわ」
「うん。それがいいわ」
「それが終わったら、結婚してくれるか?」
ちょっとした照れ隠しを含めて、お約束の求婚を試みる。
「ねえ、いつも思ってたんだけど、結婚することはもう決まってるでしょ」
「・・・・・・え?」
しかし、その答えはお約束の無視ではなかった。
「だって、昔言ったじゃない。将来は翔のお嫁さんになる、って」
「覚えとったんか!?」
「当たり前でしょ!」
それは幼稚園を卒園する頃にした、幼い子ども同士の約束だった。
新谷は勿論覚えていたが、古川はそんなこと忘れているか、覚えていても無効だと、勝手に思っていたのだ。
「私の好奇心は決定事項には働かないのよ」
彼女を一言で表すなら『好奇心の塊』。
新谷との結婚は、確定事項であるが故の無視だったのだ。
「じゃあ、俺のこと好きか?」
「それこそ決まってるじゃない」
「それでも言葉にして欲しいんや」
「なによ女々しいわね・・・しょうがないわ。一回しか言わないから、よく聞くのよ」
めんどくさい彼女みたいなことを口走る新谷に、呆れたように溜息をつく古川。
「大好きよ」
古川のど直球な好意に、新谷は豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くして、その場に固まる。
そのこそばゆい沈黙に、古川の顔がみるみる赤く染まっていく。
「なっ、何か言いなさいよ!」
「俺、もう死んでもいいわ」
「ばか!」
そっぽを向きながら照れを隠す古川の姿に、新谷の心は完璧にジャックされたのだった。
───同刻。
リビングを後にした僕は、管理局に指定された部屋を目指し、薄暗い廊下を歩いていた。
不安に押しつぶされそうな心境の中、頭に浮かんでいたのはオカルト部に入部した時の記憶だった。
高校の入学式後、体育館では引き続き部活動紹介が行われていたが、部活に所属する気がなかった僕は、ひとり帰路についていた。
校門を出てすぐの横断歩道で信号待ちをしていると、背後からあの人は現れた。
「そこの一年坊主!ちょっとまったー!」
「うわ!なんですか!?」
全速力で走ってきた見知らぬ先輩女子は、息を一つも乱さずこう続けた。
「私と青春をオカルトしましょう!」
一部分だけやたらと発育の良い先輩の言動に、僕の頭は疑問で埋め尽くされる。
新手の宗教勧誘だろうか?それとも回りくどい告白?
いや、それはないとして何故僕に?
そんな僕の思考を察してか、後からやってきた先輩男子が解説を始めた。
「・・・瞳は・君をオカルト部に勧誘して・・いるんだ。はぁ・・。それと、胸の成長の秘訣は牛乳だよ」
先輩女子とは対照的に、肩で息をしながら喋る先輩男子。
その見た目はイケメンの部類に入ると思われるが、発言の内容は最低だった。
「翔、それセクハラだよ。ていうか、なんで知ってるの?」
「瞳のことはなんでも知ってるよ」
「うわー。気持ち悪い」
「本気で蔑むの止めてや!」
突如始まった夫婦漫才に、この人たちは関わってはいけない人たちだと判断し、僕はこっそり帰ろうと試みる。
「そこの一年坊主!ちょっとまったー!」
「あの、僕部活に入る気ないので」
「私と青春をオカルトしましょう!」
「いや、だから・・・」
どうやら、この先輩女子には耳がついていないらしい。
どうしたものかと頭を悩ませていると、横断歩道の信号が青に変わり、タイミングの良いことに、乗る予定のバスがやってくるのが見えた。
「じゃあ、僕あのバスなんで」
2人の先輩から逃げるように、走り出す僕。
追ってくるかもと思い後ろを振り返ると、クラウチングスタートのポーズをとる先輩女子を、先輩男子の方が止めてくれていた。
「瞳、パンツ見えるって!」
「別にいいわ。減るものじゃないし」
「そういう問題やないやろー」
先輩たちの声が段々と遠くなる。
もう追いつけないと判断した先輩女子は、声を張り上げて、こう叫んだ。
「後輩くん。また明日ねー!」
バスに乗り込む直前に聞こたその声をかき消すように。僕はつり革につかまりながら、IoHでインストールした音楽を、溜息と同時再生した。
その翌日から、オカルト部の美人部長に幽霊のようにストーキングされるという、人によっては天国のような、僕にとっては地獄の高校生活がスタートした。
昼食時や放課後はもちろん、ひどい時は男子トイレで待ち伏せされたこともあった。
「はあ・・」
制服に身を包んだ人で溢れた食堂で、大きな溜息を一つ。
昼休憩に教室にいれば100%捕まると学んだ僕は、一度トイレに逃げ込み、そこから食堂へ行くという完璧なプランの実行中だ。
空いている席はないかと辺りを見回していると、壁向きに設置された席に見覚えのある影が二つ座っていた。
「後輩くん、どこに行ったんだろ?」
「風邪で休みとかやないか?」
「翔、『子どもはかぜの子』って知らないの?子どもは風邪引かないんだよ!」
その『かぜ』は『風』のことであり、寒風の中でも子どもは外で遊ぶものの意だ。
心の中でツッコミを入れつつ、その背後の席に座っていた人たちが離れたのを確認し、先輩たちに背中合わせの形で腰を下ろす。
その心は、先輩女子の真意を知りたかったからだ。
どうせ人数が足りないから、暇そうな僕に声を掛けたとかそんな感じだろう。
その程度の想いなら、僕の貴重な時間を割くわけにはいかない。
「瞳はなんであの一年にこだわるんや?」
先輩男子が、都合よくドンピシャの質問を先輩女子に投げかける。
すると、先輩女子は人差し指を頬に当て、ひとしきり悩んだ末に、こんなことを言い出した。
「小さい頃の翔と同じ目をしてたから」
「俺と?」
想像していなかった答えに、僕の意識は自然と吸い込まれる。
「寂しいような、悲しいような。自分の居場所を求めるような。そんな目をしてたから」
「あー、なるほどな」
その言葉に納得することがあったのか、先輩男子が自嘲気味な笑みを浮かべる。
「だってよ。今山守くん」
突然呼ばれた自分の名前に、僕の背中がピシッと伸びる。
「・・・いつから気づいてたんですか?」
「うーん、最初から」
あっけらかんとした口調で言い放つ先輩男子。
僕と一つしか変わらないはずのその姿は、僕よりひと回りもふた回りも大きく見えた。
「え!後輩くん?なんでいるの!?」
こちらの先輩は僕と同じかそれ以下に見える。
「はあ・・。まあ、いいですよ」
「え?」
「名前だけなら自由にして貰っていいですから」
「ほんと!?」
先輩女子が僕の手を握り、バターでも作るのかというくらいに、上下に激しく振る。
「オカルト部の幽霊部員っちゅうわけやな」
先輩男子は、うまいこと言ってやったみたいな顔をしている。
よく見ると、先輩女子に握られた僕の手を横目で見ていて、羨ましがっているようにも見えた。
「大丈夫かな?この部活・・・」
こうして、この日から。
オカルト部としての僕の高校生活が、スタートしたのだった。
ミシッ
「っ!?」
僕の体重に耐えかねた古い床が悲鳴をあげ、それに呼応するように、僕も声にならない悲鳴をあげる。
目的地として設定された部屋はリビングからさほど離れていないはずなのに、一人きりという状況が僕の感覚を弄ぶように狂わしてくる。
「・・・ここか」
永遠にも感じられた、本来は短いはずの廊下。その最奥の部屋のドアノブに、小刻みに震える手をかける。
「すぅー・・・・・はぁ」
東京タワーに清水寺に博多駅。
古川の両親に新谷の祖母。
その他のジャックされた人々。
そして、リビングに残る2人の先輩。
今日あったことや、出会った人のことを思い浮かべながら、ドアノブをゆっくりと回す。
ギギギギギィ
重々しい音色を奏でながら開いた扉の先には、
「やあ、待っていたよ」
モニターに映し出された男の姿があった。
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