第5話 最終試練


『最終試練です。次の式が示す場所へ向かってください』


1(8 + 11 + 20) += 5 + 9 × 11


o = 15 l = 12

x = 24 y = 25



「うーん」

「んー」


第一の試練、第二の試練と即答してきた先輩たちだが、今回は頭を抱えている様子だ。


「さすが最終試練だけあって難しいですね」

「せやなー。下のヒントも上の式に4分の3出てこんしなぁ」


確かに数式にあるのは1だけで、0とXとYは登場していない。


「1で括っとるんも謎やな」

「1をかけても一緒ですもんね」


試しに左辺の1に12を代入して計算してみる。


「『468 += 104』か・・・。この=の前の+はなんなんですかね?」

「それは、プログラミング言語の書き方かもな。左辺に左辺と右辺の合計を代入するって意味や」

「なるほど」


その通りにすると答えは『572』になる。


「572年って何かありましたっけ?」

「第30代天皇の敏達天皇が即位された年ね」

「いや、大分マニアックやな!」


敏達天皇から連想できそうな場所もパッと思いつかないので、ミスリードということだろう。


すると、古川が何かに気づいた。


「ねえ。これ『0と1』じゃなくて、小文字の『OとL』じゃない?」

「え?・・うわ、ほんまや!」

「ということは・・・どういうことだ?」


ヒントの部分をよく見てみると、0と思っていたところが『o』、1と思っていたところが『l』だとわかる。


ヒントのはずのアルファベットと数字。

これでは、そのどれもが上の数式に登場しないことになってしまう。


「上の数式と下のヒントは、一旦切り離して考えた方が良さそうやな」

「そうですね」


下のヒントも暗号化されているということだろうか。


ここまで順調そのものだったオカルト部だが、ここにきて難題にぶつかり、足止めを食らった。



「XとYが連番なの気になりません?」

「それ私も思ってた」


最終試練の内容が発表されてから、すでに30分ほどが経過。

僕たちはお互いに意見を言い合いながら、暗号の解読を目指していた。


「・・・あっ、もしかしてアルファベット順か?」


新谷の呟きを受けて、僕と古川が指を折る。


「A,B,C,D・・・・X,Y!ほんとだ、合ってますよ!」

「OとLもぴったりだわ」

「ビンゴやな!ということは、数式に当てはめると・・・」


A(H + K + T)+= E + I * K


「こうやな」

「少し見えてきましたね」

「やな」


ここにきて大きな進展が見えたことで、削がれつつあったやる気が満ちてくる。


「試しに展開してみましょうか」


AH + AK + AT += E + IK


「なんか違和感やな」

「これ、母音と子音が逆じゃない」


古川のアドバイス通りに、順序を入れ替えてみる。


HA + KA + TA += E + KI


HAKATAEKI


「「「博多駅!!!」」」


3人の息の揃った声が、新谷の部屋に響いた。



「じゃあ、早速出発するか」

「そうね」

「先輩、ちょっといいですか」


部屋を出ようとする先輩たちに、神妙な顔持ちで声をかける。


「どうしたんや守。そんな真剣な顔して」

「実は・・・」


普段は見せないその顔に、新谷と古川がゴクっと唾を飲み込む。


「トイレに行きたいんですけど」

「「ズコー」」


お決まりすぎるボケに、2人が揃ってずっこけた。


「トイレなら台所の先や」

「ありがとうございます」


予想通りの反応をしてくれたことに満足しつつ、尿意を催していることを感じさせない軽やかな足取りで、トイレを目指す。


ゴトッ。


「なんだ!?」


道中の台所から物音がしたことで、軽やかだった僕の足が重やかに。


「・・・だ、誰かいるんですかー」


恐る恐る呼びかけてみるが反応はない。


「・・はいりますよー」


戸を開けて中の様子を確かめると、そこには見知らぬ人影が。


「うわ!」


思いがけず未知との遭遇を果たした僕は、思わず素っ頓狂な声を上げた。


「どうした、守!」

「守、大丈夫!?」


僕の声を聞いた先輩たちが、慌てた様子で台所へとやってくる。


「すみません、誰もいないものと思ってたので・・・」


僕の言葉を聞いた新谷が、その真意を確かめるべく前方に視線を移す。


「・・・ばあちゃん?なんや、家におったんかいな」


その視線の先にいたのは、新谷の祖母であった。


言われてみれば、古川はこの家の扉を勝手に開けていた。そのことから、家の中には誰かが居ると考える方が普通だ。


それでなければ、防犯意識の低い金持ちという、空き巣にとって格好の獲物となってしまう。


新谷の祖母は、戸棚から壺を取り出すと、なにやら作業を始めた。


「翔、あれってぬか床じゃない?」

「ああ、そうみたいやな」

「翔のばあちゃんのぬか床、とっても美味しいのよね」


新谷は黙って頷くと、ぬか床を混ぜる祖母の隣へと行き、一切れのキャベツを持ち上げて口へ運んだ。


「・・・うん。相変わらずおいしいで。・・ありがとうな」


少し歯切れが悪いのが気になったが、実の祖母に感謝の意を伝える新谷。


しかし、ぬか床をつまみ食いされたことも、感謝の言葉も。

そして、新谷が帰ってきたことさえも。


新谷の祖母は、全く気づいていなかった。




───京都駅発博多駅行きの新幹線車内。


古川は乗り込むや否やすぐに眠ってしまったので、実質僕と新谷の2人きり。


そんな状況の中、僕は新谷の祖母について訊いていいものか思案していた。


祖母のぬか床を口にした新谷の歯切れの悪さが、異様に気になったのだ。


「俺のばあちゃんやけどな、東京に行く時に喧嘩してもうたんや」


僕の気持ちを知ってか知らずか、新谷は自分と祖母の過去を語り始めた。


「俺の両親は仕事柄家におらんことが多くてな。小さい時から俺の世話をしてくれたんは、ばあちゃんやったんや」


その頃のことを思い出しているのか、新谷の顔がわずかに綻ぶ。


「ばあちゃんは俺に凄く優しくてな、大抵のことは笑って許してくれた。でも、俺が東京の高校に行きたいって言い出した時だけは猛烈に反対してな」


わずかに緩んでいた表情が、再び険しくなる。


「東京の高校に行くって急に言い出した瞳について行く形やったから、反対するのも当然やわな。けど、それで諦めるほど俺の想いも弱くなかった。結局、喧嘩したまま東京に出てきたんや」


どちらの言い分も理解できる僕は、黙って新谷の話に耳を傾けていた。


「それやのに、ばあちゃんは俺の大好物のぬか床の手入れをしとった。ばあちゃんはぬか床食べんくせに・・・」


新谷の話を聞いて、彼の部屋を整理整頓していたのも祖母であろうと予想ができた。


新谷がいつ帰ってきてもいいように。部屋を掃除して、ぬか床をつくって。


新谷の帰れる場所を残すために。


「守。最終試練、絶対クリアするで」

「はい」


僕は力強く頷き、決意を新たにした。



「・・ん。着いたわね」

「先輩の身体どうなってるんですか」

「なに、セクハラ?」

「ちっ、違いますよ!」


胸元を両手で隠し、訝しげな表情でこちらを見てくる古川。

確かに、今の言い方は誤解を招く可能性があったと反省する。


博多駅に到着するとほぼ同時に目を覚ました古川。

先程まではどうみても爆睡していたので、急に起きたことを不思議に思っただけだ。


「まあ、冗談はこの辺にして・・」

「心臓に悪いのでやめてくださいよ・・・」


最近はハラスメントに関する理解が深まったことで、その曖昧な線引きは厳しくなりつつある。

ハラスメントによる被害者が減ることはとても良いことだが、その反面、規制はどんどん厳しくなり、表現の自由は損なわれつつあった。


果たしてそれが正しいかたちなのか。


答えが出るのは、もっと未来の話だろう。


「いよいよ最終試練。オカルト部始まって以来の重大任務『人類救出』。必ず成功させるわよ!」

「「おー!」」


部長の掛け声に、部員が大声で応える。


運動部に所属経験のない僕は、その団結感にちょっとした高揚感を覚えた。




博多口から外に出たオカルト部一同だが、ここで古川が重大なことに気づいた。


「そういえば、何をすればいいのかしら?」

「あ・・」

「確かに・・」


今までの試練は行き先+条件がセットであった。

しかし、今回の最終試練では行き先しか指定されていない。


もちろん、僕たちが見落としていなければの話だが。


『こちらはIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。長旅ご苦労様でした。ここからは私がご案内させていただきます』


タイミングを見計らったかのように、管理局のアナウンスが流れる。

それと同時に、IoHの地図上に一つのポイントが設定された。


更に、そのポイントまでの道のりが、視覚情報として現実世界に重ねて映し出される。


「乗れっちゅうわけか・・・」

「そうみたいですね」


その場所には一台のタクシーが停まっていた。


「今さらビビってもしょうがないでしょ!」


人類をジャックするような奴が用意したタクシー。

どのような細工がされているか分かったものではない。


臆病な僕の脳が全身に危険信号を送る。


たが。


「行くしかないですね」

「よし、守。よく言った」


『だから帰る』などといった選択は通用しない。


これは、帰る場所を取り戻すための試練なのだから。




───道路の振動音しか聞こえてこないタクシー車内。


今時のタクシーには、当然のように自動運転が採用されているため、車内にはオカルト部のメンバーしかいない。

席順は、僕が助手席で先輩たちが後部座席だ。


最近のタクシーはIoHを通して行き先を指定することで、そこまでの最短経路を走ってくれる。

近くを走るタクシーはリアルタイムで反映され、支払いも自動で行ってくれるため、乗り降りもとてもスムーズだ。


しかし、今回は行き先を管理局が指定しており、こちらからは参照ができないように設定されていた。

そのため、どこに向かっているのかまるで検討がつかない。


「移動ばっかで疲れたわね。翔、なにか面白い話して」

「うわ。無茶振りやな」


芸人殺しの雑なフリをされた新谷が、うーんと頭を捻る。


「そうやな。これは俺が中学の頃の話やけど・・」

「文化祭で女装した写真が出会い系サイトで無断使用されてた話以外でよろしく」

「オチを先に言われた挙句に却下やて!?」


芸人を孫の代まで呪い殺すような古川の返しに、新谷は大袈裟なリアクションで事なきを得ようと試みる。


(先輩の女装か・・少し見てみたいな)


そんなことを思っていると、古川からIoHを通してとある画像が送られてきた。


「ぶはっ!」

「ん?どうした?」


古川から送られきたのは、真っ赤なドレスに身を包み、メイクをばっちりと決めた新谷の写真だった。


ぶりっ子のようなポーズでカメラ目線をしている新谷は、どうみてもノリノリな感じだ。


「いや、なんで・・なんでもない・・・です」


必死に笑いを堪える僕。

ふとルームミラーの方を見ると、手で口を押さえて肩を震わす古川の姿が映っていた。


「そうや、守はなんか面白い話ないんか?」

「うわー。翔、自分がスベったからって、後輩に八つ当たりは良くないわよ!」

「違うわ!可愛い後輩の面白事情を把握しておきたいだけや!それに、スベり未遂やろ!!」


スベり未遂だと、スベることが前提となり、それを阻止した古川は命の恩人になるわけだが、新谷はそれでいいのだろうか。


「面白い話ではないかもですけど、いいですか?」


ルームミラーを見ながら、真剣なトーンで喋り出す僕。


その雰囲気を察してか、ルームミラーに映る2人の先輩も、真剣な顔つきに変わった。



「ノイズに、謎の少年に、その両親ねえ・・・」

「うーん。謎やなー」


東京タワーと清水寺で起きた不思議な現象を、僕は

先輩たちに打ち明けた。

別に隠すつもりはなかったのだが、ここまで話すタイミングがなかったのだ。


「やっぱり先輩たちには見えてなかったんですね」

「そうね。私はなにも見てないわ」

「俺もや」


僕にだけ起きた謎の現象。

これも管理局の仕業なのだろうか。


「まあ、場所やタイミングからみて、今回のジャックとなんかしらの関係はあるやろな」

「ですよね」


新谷の指摘は尤もだと思うのだが、その目的が判らない。


ヒントなのか罠なのか

善意なのか悪意なのか。


こうして試練をクリアしてきたわけだが、管理局を名乗る者の真意は未だに謎のままだ。


「まあ、目的地に着けば全て分かるはずよ」

「そうやな」

「ですね」


お互いの抱えきれない不安をお互いに背負いながら。


オカルト部を乗せたタクシーは、薄暗くなってきた街を走り続けた。




ガチャッ。


一体どれくらいの距離を走ったのだろうか。


僕らを乗せたタクシーは、とある住宅街の一角で徐々にスピードを緩め、それが完全に停止すると同時に扉が開かれた。


「ここが目的地か?」


僕ら3人が下車すると、無人となったタクシーは足早に夜の街へと消えていった。


僕たちの前にあるのは、特別大きくも小さくもない、普通の一軒家だった。


IoHの地図にもこの家にマークがついているので、目的地はここで間違いないだろう。


『こちらはIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。どうぞお入りください』


管理局の言う通りに、家の中へと歩を進めるオカルト部。

タイミングよく来る通知にも驚かなくなっていることに、僕は乾いた笑みを浮かべた。


「お邪魔します」

「邪魔すんでー」

「いたずらするわよ」


1人だけ挨拶がハロウィン仕様だったが、それに対してツッコミをいれる人はいない。


代わりに新谷が差し出した飴を咥えると、古川は人が変わったように大人しくなった。


『準備が整うまで、リビングでくつろいでいて下さい。では』


相変わらず一方的な管理局からの指示に従い、僕を先頭に、玄関を上がってすぐ右にあるリビングへと向かう。


「なんや、埃がすごいな」


新谷がソファに座るのに合わせて、無数の埃が宙に舞った。


「翔、汚い」

「えー、俺のせい!?」


新谷にジト目を向け、近くにあった椅子に座る古川。

僕はソファの近くにあった座布団を叩いて地べたに置き、その上にあぐらをかいて座った。


『てててーれーれー、てれてれれっれれー』


真っ暗だったテレビの画面が突然明るくなり、陽気なBGMが流れ出す。


「なんや?」


『これは、ヒトノインターネット。通称IoHの開発者、清水余栄の半生を描いた物語である』


ナレーションと共に画面に映し出されたのは、30代前半と思われる男性だった。

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