第4話 インターバル


「ここよ!」

「そういうことですか」


古川の案内でたどり着いたのは『古川食堂』と書かれた定食屋だった。

これで、彼女の「お金は取る」という発言にも納得がいった。


ちなみに、清水寺から古川食堂まではそこそこの距離があり、古川が清水寺周辺の地形に詳しくないのも理解ができた。


「パパ!ママ!愛娘が帰還したわよ!!」


古川が仰々しい言葉と共に、定食屋の扉を勢いよく開ける。


どうや彼女は家族の前でもこの調子らしい。

家族に対してよそよそしく接してしまう僕からすると、それは少し新鮮な光景だった。


「・・・あれ?」


古川の呼びかけに応える声は聞こえてこない。


「パパ?ママ?」


迷子の子どものように不安そうな表情で、厨房へ向かう古川。

嫌な予感を抱きながら、僕と新谷もその後をついていく。


「なんだ、いるじゃない!なんで無視するの?」

「・・・」


フライパンでなにやら炒めている古川の父親であろう人物と、料理を運ぶ母親であろう人物が視界に映る。


「ねえ。返事してよ」

「・・・」


しかし、古川の必死の訴えに返事はない。


「ねえ・・・」


目の前で手を振ってみたりするも反応はなく、やがて諦めたように手を下ろした。


古川瞳は普通ではないが、バカでもない。


気づいてしまった。いや、もしかしたら最初から気づいていたのかもしれない。


実の両親がジャックされていることに・・・。



「やっぱりそうよね。パパとママだけ無事なんて、そんな都合の良いことないわよね」


空いていた席に適当に座り、あっけらかんと話す古川。

しかし、それが空元気であることは僕にもわかる。


「先輩。大丈夫ですか?」

「平気よ、平気!むしろ最終試練のやる気が出たくらいだわ!」


そんな彼女に、僕は気の利いた一言も掛けてあげられない。

むしろ気を使われる始末だ。


自分のことがひどく情けなく、小さい人間に思えてしまう。


今まで人類をジャックと言われても、あまりピンときていなかった。

それは、目にしてきた人々が赤の他人であったからだ。


それはきっと先輩たちも同じで。だからこそ新谷は古川食堂に行くことを提案し、古川もそれに乗ったのだ。


しかし、見知った人物に声が届かない場面を目の当たりにしたことで、この非現実的な事態を現実として受け入れるしかなくなった。


その現象が自身に降りかかった時のショックは、相当なものだったろう。それが家族ともなれば尚更だ。


認知すらされないという究極の寂しさ。


今なら、怪奇現象を起こす幽霊の気持ちも少し分かる気がした。


「瞳、食うか?」

「翔?」


僕と古川が座っている席に、さきほどから姿が見えなかった新谷がやってきた。


「これって・・」

「ああ、親父さんの得意料理の炒飯や」


古川は新谷が持ってきた炒飯をじっと見つめ、やがて口へと運んだ。


「・・うん、おいしい」

「せやろ」

「うん。パパの次に美味しいわ」

「さすがに、親父さんには敵わんやったか」

「あたりまえでしょ!」


ちょっとした文句を言いながらも、古川の手が止まることはなかった。


「先輩には敵いませんね」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないです。僕にも炒飯ください」

「しゃあないなー」


そう言って厨房へと向かう新谷の背中は、やけに大きく感じられた。



「へい、おまち!」


器用に3人前の炒飯を運んできた新谷が、僕と自分が座る席、そして古川の前にそれぞれ配膳する。


古川は1品目の炒飯をすごいスピードでペロリと食べあげると、厨房の新谷に追加でオーダーしていたのだ。


夜食に肉まん2つ、それから駅弁を2人前、そして炒飯も2皿。


もしかしたら古川は胃袋が2つあるのかもしれない。

もしくは、体内に地球外生命体を飼育しているか。


どちらにしろ、小食な僕には理解ができないことだった。


「それにしても謎やなあ」

「そうね。謎だわ」

「謎ですね」


管理局曰くジャックされたらしい人々。

今まで目にしてきたのは、その呼称通り俯いたまま喋らない人たちばかりだった。


しかし、古川食堂にいる人たちはジャックされているにも関わらず、普通にご飯を食べている。


古川の両親にしても、普段通り仕事をしている様子だ。


それでいて会話は全く聞こえてこない。


まるで僕ら以外の音声だけが、切り取られているような感覚だ。


「親父さんの炒飯には隠し味でもあるんやろうか?」

「なんで、みんな炒飯食べないんだろう?」

「一体どういう仕組みで・・・って、え?」


どうやら先輩たちの頭は炒飯でいっぱいらしい。


「ジャックの仕組みのことじゃないんですか?」

「あー、そっちか。確かにそれも謎やな」

「そうね。私は砂糖だと思うわ」

「砂糖やて!?ほんまかいな?」

「はあ・・・」


すっかり炒飯の虜になってしまった先輩たちに呆れつつ、新谷特性の炒飯を口に運ぶ。


「え、うま・・」


口いっぱいに広がる香ばしい風味。

絶妙な炒め具合でパラパラのお米たち。


今まで食べてきた炒飯が偽物に感じるくらい、新谷の炒飯は美味しかった。


「これより美味しい炒飯が存在する・・だと・・・」


人類解放に成功した暁には、古川食堂の炒飯を食べに来ると、密かに誓う僕だった。



「ふう。美味しかったわ」

「ごちそうさまでした」

「おそまつさまや」


空になった食器を持ち、厨房へ向かおうとする新谷に「僕もやりますよ」と声をかけてついて行く。


厨房に着き、2人揃って洗い物を始めると、僕から徐に会話を始めた。


「先輩はどう思いますか?」

「砂糖の発想は無かったから今度試さんとな」

「いや、炒飯のことじゃなくて」

「わかっとる。冗談や」


会話の内容はふざけているが、真剣な眼差しは洗い物をする手先から一切離れていない。


「実はちょっと気になることがあってな」

「気になること?」

「ああ。それを確かめるのにちょっと俺の家に寄ってええか?」

「はぁ。それはいいですけど・・・」


確信がないからか多くは語ろうとしない新谷。

いつになく真剣なその表情は、二割り増しでカッコ良く見えた。


「・・・」

「・・・あれ?先輩?」


無口になった新谷を不思議に思い手元を見てみると、古川が使用したスプーンが握られていた。


「違うで!洗うのもったいなとか思ってへんで!このまま持って帰ろうかとか考えてへんからな!!」

「先輩・・・」


蛇口から流れる水をスプーンが遮り、扇状に薄い膜を張っている。


必死に言い訳をする新谷は、二割り増しでカッコ悪く見えた。



「ここや」

「え・・・でか」


古川食堂から徒歩10分。


新谷に案内されたのは、歴史を感じる風情ある大きな一軒家だった。


「先輩、お金持ちだったんですか?」

「まあ、それなりにやな」


否定はせず、嫌味にも感じない絶妙な言い回し。

新谷の変に謙遜をしないところは、僕が先輩に好感を持つポイントの一つだったりする。


「ただいまー」


自分の家でもないのに、古川が元気よく扉を開けて中へと入る。


「翔の家に来るのも久しぶりね」

「そうやな。中学ぶりか」


長い廊下を歩きながら、思い出に浸る新谷と古川。


そんな2人の背中を眺めながら、僕は少し寂しい気持ちになっていた。


僕が2人に出会ったのは高校に入ってから。

当たり前だが、それ以前のことは全くと言っていいほど知らない。


今日だけでも、今まで知らなかったことがたくさんあった。


古川と新谷が京都出身であること。古川の実家が定食屋であること。

新谷の実家がそれなりのお金持ちであること。


そして、古川の可愛い一面。新谷のかっこいい一面。


ジャックされた人類には申し訳ないが、今回の試練のおかげでオカルト部の結束は固くなっているように感じた。



「ここが俺の部屋や」

「うわー。全然変わってないわね」


長い廊下の突き当たりの部屋。

新谷が使っていたというその部屋は、綺麗に整理整頓がされており埃一つ無かった。


「先輩って、兄弟いるんですか」

「ん?おらんけど」

「そうですか」


ということは、新谷が東京に行った後も、この部屋を定期的に掃除している人物がいるというわけだ。


「先輩、愛されてますね」

「へ?なんでそうなるんや」

「はぁ。ほんと残念ですね」


前から思っていたが、新谷は人の気持ちに疎い部分がある気がする。

古川とコミュニケーションをとるために、犠牲にでもなったのだろうか。


それとも、周りの人間の目を執拗に気にしてしまう、僕の方がおかしいのだろうか。


「あ!これ懐かしい!」


古川が本棚からとある漫画を抜き出した。


その漫画は『おわりの百歩』というボクシング漫画で、関西出身の主人公がチャンピオンを目指す話だ。


「それ、瞳が「関西の男は強いんだよ」って、勧めてくれたんよな」

「そーだっけ?」

「そうやで。そんで、瞳の言う通りに関西弁で喋るようにしたら、不思議と熱がでらんことなったんや」


幼少期の新谷は身体が弱かったが、関西弁で喋るようになってからは、みるみる元気になっていったらしい。


『病は気から』という言葉があるが、その類の話だろう。

それか、体の成長に合わせて単純に丈夫になっただけか。


どちらちしろ、おわりの百歩の主人公は鍛えた結果強くなったのであって、関西弁はあまり関係ない気がするが。


「えーと。確かこの辺に・・・あった」


今度は新谷が本棚からとある本を抜き出した。


「それが目的のものですか?」

「ああ。そうや」


新谷が手に取ったのは、ヒトノインターネット(IoH)特集の雑誌だった。


「ここの部分読んでみ」


新谷が指差したのは、IoH開発者のインタビュー記事だった。



記者:ヒトノインターネットは人の思考をコントールする最悪の兵器に化得るとの意見もありますが、そのあたりのことはどうお考えでしょうか。

開発者:至極真っ当な意見だと思いますね。しかし、便利なものは危険と隣り合わせにあるものです。飛行機で例えれば墜落の可能性もありますが、その確率を極力下げることで信頼を勝ち取り、今のかたちがあるわけです。

記者:確かにそうかもしれませんね。ところで、ヒトノインターネットは別の技術の開発途中に生まれた副産物だという話を伺いましたが、本当なのでしょうか。

開発者:よくご存知ですね。私にはどうしても完成させたい技術がありまして、その開発途中でヒトノインターネットは生まれました。

記者:ほう、そちらの技術も気になりますね。進捗はいかがですか。

開発者:そうですね。もう少しでβ版が実装できそうです。

記者:そちらも興味深いですね。完成楽しみにしています。本日は貴重なお時間をありがとうございました。

開発者:こちらこそありがとうございました。



「この時点で、人類がジャックされるような未来は危惧されとったわけや」

「なるほど。その最悪の事態が今起こっているわけですね」


この雑誌の刊行日は今からおよそ10年前。

ヒトノインターネットが世に出始めた頃だ。


「あれだけのセキュリティを突破したとなると、開発者側の犯行の可能性もありますよね」

「そうとも言い切れんな。少なくとも開発の第一人者やったこの人は、このインタビューの直後に亡くなったらしいからな」

「え、そうなんですか?」

「ああ。それにプログラム上のバグが原因とも考えられる」

「なるほど」


そう言うと、新谷は回転式の椅子に座り読書モードに入ってしまった。


手持ち無沙汰になった僕はふと古川の方を見る。


さっきからやけに大人しいと思っていた彼女は、『おわりの百歩』の13巻を読んでいた。



「おっ、そろそろ時間やな」


雑誌を読み終えた新谷が、椅子を回転させて立ち上がる。


すると、


「あんのうんなっくる!!」

「ぐはっ!」


突如、拳を突き出した古川の一撃が新谷の急所に直撃。

新谷は言葉にならない悲鳴を上げながら、その場にうずくまってしまった。


「あ・・・ごめん」


古川も流石に悪いと思ったのか、珍しく素直に謝っている。


「先輩、さっきのって主人公の武がライバルの智に放った、渾身の必殺技。『未知の拳(アンノウンナックル)』ですよね」

「守、もしかして『ひゃっぱー』だったの!?」

「はい!漫画全巻揃えてますよ」

「こんな身近に同志がいたなんて・・・」

「いや、俺の心配は!?」


悲痛な声をあげる新谷をよそに、おわりの百歩トークで盛り上がる2人。

ちなみに、『ひゃっぱー』とはおわりの百歩のファンの呼称だ。


そんなカオスな状況の新谷の部屋に、


『こちらはIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。大変お待たせしました。最終試練の内容をお知らせします』


あいも変わらず感情の見えない合成音が届いた。

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