第3話 第二の試練


『第二の試練です。次の言葉が示す場所へ向かってください』


【風 音 水 心 すずしかるらん】


「なんやこれ?また暗号か?」

「なんだか、ゲームの属性みたいですね」


風属性や水属性はよく聞くし、音属性も安易に想像できる。

心属性はあまり聞かないが、相手の心をコントールできたりと、敵対したら厄介そうなイメージだ。


最後の『すずしかるらん』は、詠唱や呪文の類だろうか。


「なによ。次はやけに簡単じゃない」


頭を悩ませる僕と新谷の横を通り過ぎ、古川が1人、エレベーターへと向かう。


「え?先輩どこ行くんですか?」

「決まってるでしょ。京都よ」

「「京都!?」」


ろくに説明もしないままエレベーターに乗り込む古川に、僕と新谷も慌ててついていく。


「てか、なんで普通に動いとんねん!?」


メンテナンス中のはずだった、一階と展望台を行き来するエレベーターが通常運行していることに、新谷が怒りを露わにする。


なぜ京都に向かうのか。なぜエレベーターが再稼働したのか。

そして、あの映像は幻だったのか。


僕の抱える謎は何も解決しないまま、オカルト部を乗せたエレベーターは下降を始めた。



「先輩。そろそろ説明してくださいよ」


東京タワーを後にし、都合よく停まっていた東京駅行きのバスに乗り込んでから一息ついた頃。

僕は、古川探偵に推理の詳細を尋ねていた。


日頃の言動を鑑みるに、古川探偵の推理は『名推理』ではなく『迷推理』である可能性を否めないからだ。


「そんなの『松風や 音羽の滝の 清水を むすぶ心は すずしかるらん』だからよ」


謎の答えを求めたはずが、新たな謎を返されてしまった。

クリーニングに服を出したのに、ボロボロになって返ってきたような気分だ。


「えーと、なんですか?」

「『ゴエイカ』だよ!!」


絵に描いたようなドヤ顔をする古川だが、主語も無ければ単語も聞き慣れないもので、全くピンとこない。


「なるほど。御詠歌か」


すると、僕たちの会話を聞いていた新谷が、納得した顔でボソッと呟いた。


「先輩、分かったんですか」

「ああ。さっき瞳が言ったのは清水寺の御詠歌や。御詠歌っちゅうのは、平たく言うと仏様を讃える歌のことやな」

「なるほど」


古川迷探偵の謎をあっさり解決してみせるなんて、さすが新谷名探偵だ。


「ざっつれふと!!」


人差し指を突き立てて、今更探偵のような素ぶりを見せる古川。

どういう脳のつくりをしていたら、『ザッツライト』が『ザッツレフト』になるのだろうか。


古川の生きる世界は、きっと左右が逆なのだろう。

いや、きっと上下や前後も逆。まさに天変地異が起きているのかもしれない。


まあ、そもそもザッツライトのライトは『RIGHT』ではなく『LIGHT』であるわけだが。


『次は東京駅です。お降りのお客様は・・』


なんていらん思考を巡らせていると、バスはいつの間にか東京駅に到着していた。



「いろいろありすぎて迷うわね・・」

「先輩早くしてください!もう出発しちゃいますよ!」


米にパンにお肉に海鮮。

所狭しと並ぶ様々な種類の駅弁を前に、古川の好奇心は爆発。制御不能となっていた。


東京駅発京都行きの新幹線が出発するまで残り5分であるにも関わらず、古川は呑気なことに牛丼弁当と海鮮弁当を手に取って見比べている。


「そんな迷うなら両方買いや」

「そうね。牛は海を泳げるものね」


独特な納得の仕方をした古川が、二つの弁当を持って歩き出す。


なにを馬鹿なことを言っているんだと思いながらも一応検索をかけてみると、牛が泳いでいる映像が流れてきた。


どうやら牛が泳げるのは本当らしい。

先輩疑ってすみませんでした。


「なにやってんの。遅れるわよ」

「すみません・・って、僕のせいですか!?」


いつの間にか立場が逆転してしまったことに不満を覚えながらも、時間がないのは本当なので、駆け足で新幹線へと向かう。


本当にこの先輩には振り回されっぱなしだ・・・。



新幹線にもなんとか間に合い、進行方向の席に新谷と古川が、対面に僕と3人の荷物の配置で、ボックス席に座る。


古川は先ほど購入した駅弁を2つとも開き、


「これは牛を超えし牛。まさに『ウディー』ね。おいしいを通り超して『オイディー』だわ!」


などと意味不明な感想を述べている。


「Cの次やからDってことか。瞳うまいな!おいしい、いやオイディーだけに!」


古川の専門通訳者である新谷の言葉で、僕もやっと理解が追いついた。


その法則でいくと『まずい』は『まZ』だから・・・。


「まずいは『まずE』やから、『マズエフ』やな!」


なるほど、古川語は奥が深い。

どうやら僕、いや人類にはまだ早かったようだ。


「もうお腹いっぱいだからあげるわ」

「ええんか?ほなもらうわ」


どちらも半分ほど残された二つの弁当が、新谷へと手渡される。


これはいわゆる関節キスになるわけだが、2人とも特に気にした様子をみせない。


「この年になると気にならないものなのかな」と思ったのだが、よく見ると新谷の鼻の下は伸びきり、鼻息も荒くなっていた。


「うわー」

「なんや、その残念なものを見る目は!」


これほど残念なイケメンは、世界中探しても新谷以外にいないだろう。


「ちょっと先輩、あれ良いんですか」

「先輩をあれ呼ばわりすなや」


僕は古川に話しかけたつもりだったのだが、その返答はない。


「シースー」

「・・ねとるな」

「・・ねてますね」


先ほどまで食事をしていたはずの古川が、変な寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。


欲に忠実すぎるその様は、まさに動物のようだった。


「それにしても、清水寺の御詠歌なんてよく知ってましたね」

「ああいう情報は瞳の大好物やからな」


古川が食べ残した牛丼弁当と海鮮弁当を、交互に食べ進める新谷。

公園でサンドイッチを食べていたからか、その表情は少し苦しそうだ。


そういえば古川も肉まんを食べていたから、弁当を食べきれなかったのだろう。

もしかしたら、最初から新谷に半分あげるつもりだったのかもしれない。


「新谷先輩も知ってたじゃないですか」

「そうやな。一応京都出身やからな」

「え!?そうなんですか?」

「せやで。ちなみに瞳もや」


てっきり2人とも東京出身だと思っていた。

身近な人間でも知らないことが案外あるものだ。


「でも、先輩の喋り方ってなんというか大阪っぽいですよね」


関西に住んでいるわけではないので明確な違いは分からないし勝手なイメージだが、新谷の喋り方は大阪の人のそれと同じであるように感じる。


「ああ、それにはちょっとした事情があってな・・・」


食べ終わった弁当を片付けながら、新谷がしんみりとした空気で答える。


触れてはいけない話だったのかと思い、新しい話題を考えていると、


「あれは、俺が5歳くらいの頃の話や」


新谷がいかにも回想に入るような物言いで、自らの過去を語り始めた。




「わーおにだーにげろー」

「まてー!」


鬼ごっこにかくれんぼに縄跳び。

可愛らしい幼稚園児たちが、幼稚園の前で先生と一緒に遊んでいる。


そんな中、屋内で絵本を読みながら、外の様子をちらちらと気にしている1人の男の子がいた。


「えーと。ひこうきは・・・」


男の子が読んでいるのはごちゃごちゃとした絵の中から、お題のものを見つけて遊ぶ絵本だ。


「ここよ!」

「わ!?びっくりした!」


男の子の後ろから、一人の女の子が絵の一部を指差す。


「これは『ひこうき』じゃなくて、『へりこぷたー』だよ」

「いいじゃない。どっちもそらをとぶんだし」

「えー。そうなのかなー」


女の子の強引な考えに、男の子は混乱してしまう。


「ねえ。あなたはそとであそばないの?」

「え?・・・うん。からだがあんまりつよくないから」

「そう。じゃあわたしといっしょね」

「え?きみも?」

「たいよーはおとめのてんてきなのよ」

「ふーん」


男の子は『乙女』や『天敵』の意味は分からなかったが、女の子が一緒に遊んでくれることだけは分かった。


「ねえ。あなたのおなまえは?」

「かける。しんたにかけるです」

「かけるね。わたしはひとみよ。よろしく」


そう名乗る女の子は、名前の通りくりっとした瞳で男の子を見つめる。


「う、うん。よろしく」


男の子は気恥ずかしくなって、視線を床に置かれた本に落とした。


「あっ、あった!」


どうしても見つからなかった飛行機が、どうして気づかなかったのか不思議なくらい簡単に見つかった。


ごちゃごちゃとした絵の中で、飛行機だけが光っているように見えたのだ。


「ひとみのおかげね!」


そう言って胸を張る女の子に、男の子は「うん!」と嬉しそうに頷いた。




「・・もる。まもる。守!」

「・・・へぇ!?」


目を開けると新谷の顔があり、新谷の腕は僕の肩を揺すっていた。

どうやら新谷の話を聞いている途中で眠ってしまったらしい。


昨日は普通に学校に行き、そのまま一睡もしなかったのだ。

眠くなるのも仕方のないことだろう。


「瞳も起き・・」

「にくまん行かないで!!」

「っ!?」


僕に続いて古川も起こそうとした新谷の顎に、突然起き上がった古川の頭がジャストミート。


その拍子に舌を噛んだ新谷が、あまりの痛さに悶絶している。


「あれ?にくまんは?」


辺りをキョロキョロと見渡す古川。

しばらくすると、現実と夢の判別がついたのか「にくまん・・・」と寂しそうに呟いた。


「どんな夢見てたんですか?」

「愛豚のにくまんが海外に飛ばされる夢」

「どんな夢だよ!」


豚に愛を注ぐのは珍しくはあるが良いとして、その豚に『にくまん』と名付ける意味が分からない。

それに、豚を海外に飛ばすシュチュエーションとは、どんなだろうか。


「さあ、みんな。気を取り直していくわよー」


脅威のスピードで立ち直り、部長らしく音頭を取る古川。


「「おー」」


寝ぼけ眼の僕と舌を噛んだ新谷が、古川の号令に揃って覇気の感じない掛け声を返す。


かくして、オカルト部の3人は日本の古都である京都へ降り立った。



京都駅を出てすぐにあるバス停からバスに乗り、揺られること約15分。

五条坂のバス停で降りた僕たちは、清水寺を目指して歩き出していた。


「さあ、こっちよ!」


さすがは地元だけあり、古川が先陣を切って案内をしてくれている。


「いや、こっちやで」

「え、そうだっけ?」


新谷の一言で、オカルト部の進行方向は180度変わる結果となった。


「先輩地元なんですよね?」

「ええ、この辺りは私の庭みたいなものよ」


庭で迷子になる女子高生なんて聞いたことがない。

いるとしたら庭がとてつもなく広い大富豪の娘か、怪奇現象に巻き込まれたかのどちらかだろう。


古川は降板し、新谷の誘導で再び歩き出す。

交差点を渡って坂を上ると、清水寺の仁王門が姿を現した。


「見えてきましたね」

「そうね。あれが魔王の城よ」


魔王があんなに綺麗なところに住んでいるとは思えない。

それに、あれはあくまで門であり、魔王とて住むことは難しいだろう。


ちなみに、魔王だからあくまでと表現したわけではない。

あくまでたまたまだ。


「待ってなさい魔王。ボコボコのギタギタにしてこの世界を私のものにしてみせるわ」


立ち位置的には勇者のはずが、古川の言っていることは完全に魔王であった。



仁王門をくぐると、ここだけ時間が止まっているような、そんな感覚に襲われた。

辺りがうっすらと明るくなってきたこともあり、鏡内は幻想的な雰囲気を醸し出している。


「守、遅いわよ!」

「待ってくださいよー」


僕としては西門や三重塔などをゆっくりと見てまわりたかったのだが、ふたりからすると珍しくもない眺めなのだろう。

足早と本堂の方へと向かう先輩たちを、僕も急いで追いかける。


「・・・なにも起きないわね」

「・・・そやな」


音羽山の断崖に建つ清水寺の本堂。

清水寺と言われたら真っ先に連想するであろう場所までやってきたのだが、管理局からの通知はこない。


「翔!この景色を目に焼き付けるのよ!!」

「ぜっっったいにいやや!」


高所恐怖症の新谷は、本堂に着いてからずっと目を瞑っている。

東京タワーの時のように古川にこじ開けられないよう、両手で両目をガードする徹底っぷりだ。


「しょうがないわね。それなら『清水の舞台から飛び降りる』のよ!」

「それ決断しろって意味よな!?ここで言われると死ねって聞こえるんやけど!」

「ザッツレフト!」

「いや、どっちやねん!」


国宝の上で相変わらずの夫婦漫才を披露するふたり。

東京タワーの時のように、その場所に行くだけではなく、何か他の条件があるのかもしれない。


「先輩。もう一度御詠歌を言ってもらえますか?」

「ええ。『松風や 音羽の滝の 清水を むすぶ心は すずしかるらん』よ」

「その中に条件になりそうなのってないですかね?」

「そうね・・・」

「あっ!音羽の滝やないか?」


どうしても『本堂からの景色を目に映す』以外の条件であってほしい新谷が、違う条件の可能性を提示する。


「確かにありえるわね」

「いってみましょう」


本堂からの美しい景色を目に焼き付けて、僕と古川は音羽の滝へと向かう。


「まってや!どっちに行けばいいんや!?」


自分の向いている方向が分からなくなった、残念な先輩を1人残して。



「これが音羽の滝ですか」

「そうよ」


本堂からの階段を下りた先の左側。

およそ4メートルほどの高さから、三筋の滝が流れ出ている。


「おいていくなんて酷いやないか」


僕らの声や足音を頼りになんとか追いついてきた先輩が、ブツブツと文句を垂れている。


「この水を飲めばいいのかしら?」

「そうかもしれませんね」

「おぅ、圧倒的無視・・・」


寂しそうでいて少し嬉しそうな新谷をよそに、古川は向かって右側の滝の前へと進む。


「知ってる?これらの滝にはそれぞれ違ったご利益があるのよ。左が『学業成就』。中央は『恋愛成就』。そして右が『延命長寿』。私は不老不死になりたいからここね!」

「なら俺は真ん中や!」

「じゃあ、僕は左で」


それぞれが位置につき、滝の水を柄杓ですくう。


「じゃあ、せーので飲みましょうか」

「わかりました」

「了解や」

「いくわよ。よーい、どん!」

「せーのやないんかい!」


息の合わない合図のせいで少しばらつきはあったが、3人が滝の水を口に含む。


「ん?またか・・・」


次の瞬間。東京タワーの時と同様、僕の視界にノイズがかかった。




「ぼくぜんぶのみたい!」


少年が母親の方を向いて3つの滝を指差している。


「欲張るとご利益がなくなるのよ」

「だめなの?」

「でも、湧水点は同じなんだろ」

「またそんなこと言って」


理系的な発言をする父親に、母親が呆れたようにため息をつく。


「・・・は右の滝がいいわね」


母親が少年を抱き上げて、延命長寿のご利益がある滝へと導く。


母親が少年の名前を呼ぶ部分だけ、何故かうまく聞き取れなかった。


「はい、あーんして」

「ぼくじぶんでのめるよ」

「そう?じゃあ、はい」

「うん」


母親から水の入った柄杓を受け取り、ゴクっと飲み込む少年。


「おいしい!」


満面の笑みを浮かべているが、柄杓からこぼれた水で服はびしょびしょに濡れていた。


「もう、しょうがないんだから」


呆れながらもまんざらではない表情で、少年の服をタオルで拭く母親。


「お前は飲まなくていいのか?」

「私はいいのよ。・・・が元気に育ってくれることが私の1番の願いだから」

「そうか・・・」


そんな愛情あふれる母親の言葉に、父親は何故か複雑な表情を浮かべていた。




『こちらはIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。第二の試練クリアとなります』


再び現実世界に戻されたかと思うと、タイミングよく管理局から通知が届いた。


どうやら今回の条件は『音羽の滝の水を飲むこと』で合っていたらしい。


『尚、次の試練が最終試練となります。内容の発表は正午となりますので、それまでごゆっくりとお過ごしください』


管理局の通知は、またしても一方的に切られてしまった。


「正午か・・・まだ結構あるな」

「そうね。どうしようかしら」


現在の時刻は朝の8時を過ぎたところ。

正午まではまだ3時間以上ある。


「そうや。瞳の家にでも寄っていこうや」

「そうね。たまには愛娘の顔も見たいでしょうし」


自分のことを愛娘と言いきってしまうあたりが、古川の悪いところであり良いところだ。


「僕もお邪魔していいんですか?」

「もちろんよ。まあ、お金は取るけどね」

「え?」


最後の言葉に違和感を覚えつつも、その真意は確かめられないまま。

僕は、古川の実家にお邪魔することになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る