第2話 第一の試練
『申請ありがとうございます。こちらIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。以上3名の申請を受理いたしました』
申請は至ってシンプルで、用意されたリンクを押すだけだった。
IoH管理局と名乗るだけあって、こちらの個人情報は筒抜けということだろう。
『それでは第一の試練です。次の図が示す場所へ向かってください』
合成音と共に試練が書かれているであろうファイルが、視覚情報として送られてくる。
○○○○|○○○○|○○○○
白は虚無 赤は孤独
ヒント:視線は高く、目線は低く
「なんだこれ?」
中に書かれていたのは暗号のようなものだった。
丸が4つごとに区切られており、左から順に
『白 白 白 赤 白 赤 白 白 赤 赤 白 赤』
の色で塗りつぶされている。
その下に意味深な言葉も書かれているが、全くもって意味不明だ。
「白と赤。サンタのことかしら?」
僕の持ってきたサンタクロースの人形を持ち、古川がボソッと呟く。
そんな単純じゃないと思うし、そもそもあの白い髭のおじさんが唯一仕事をする日であるイベントを考えると、虚無や孤独とは無縁な気がする。
いや、案外真冬の空の下でプレゼントを配って回るというのは、ある意味孤独との戦いであるようにも思える。
それに、クリスマス当日以外は何をしているのか見当もつかない。もしかすると独り虚しい生活を強いられているのかもしれない。まさしく虚無である。
と、僕が古川の独り言に思考を奪われていると。
「なるほど・・・わかったで!」
すぐ隣から、先輩の頼れる一声が聞こえてきた。
「ほんとですか!?」
「ああ。ばっちしや!」
新谷は「ごほん」とわざとらしく咳払いをすると、名探偵のような口調で解説を始めた。
「いいか?まず『白は虚無 赤は孤独』のとこやけど、これはそれぞれ数字の『0』と『1』を表しとんのや」
「なるほど。ということは、丸をそれぞれ置き換えると・・・。『0001|0100|1101』になるわけですね」
「ああ、その通りや!」
新谷の言う通りに数字に変換することは出来たが、導き出された12桁の数字が何を意味するのかまではまるで見当がつかない。
「で、ヒントの『目線は低く』っちゅうのから、俺たちが普段使ってる10進法やなくて2進法で書かれとると考えられる。つまり、10進数に直した『333』っちゅうのが本当の数字なわけや」
新谷の説明に僕の理解は追いつかず、一年長く生きてるだけでここまで違うかと少なからずショックを受ける。
しかし、すぐ隣で同じように話を聞いていた古川も、頭に大量のはてなマークを浮かべているのを見て、少なからず安心した。
「『333』と『赤と白の配色』。これらの要素から導き出される場所といえば・・・」
「スカイツリー!!」「東京タワーですね」
古川の本気かどうかわからない発言はおいておいて、二つのヒントが導く場所といえば『東京タワー』で決まりだろう。
「よし、オカルト部出陣!目的地は『東京タワー』や!!」
「ちょっと、それ私のセリフ!」
時刻は深夜の1時頃。
オカルト部は、かつての東京のシンボルである、東京タワーを目指すことになった。
「あっ、きたで!」
公園近くのバス停で待つこと10分弱。
到着した東京タワー行きのバスに乗り込み、最後尾の椅子に横並びで座る。
「私が真ん中ね!」
「瞳の横に座れるんは俺だけや」
それぞれの願望を叶えるため、5人掛けの椅子の真ん中に古川、その隣に新谷、一番端に僕といった席順となった。
近年では自動車の自動運転技術が発達したおかげで、公共の乗り物は1日中動いているものがほとんどだ。
支払いは下車時に自動で行われ、位置情報と合わせて行き先や停車時刻などの情報が更新されていくため、その利便性は確実に向上している。
このシステム(主に自動運転)のおかげで、交通事故の件数は大幅に減少した。
しかし、それに反比例するように、自ら命を絶ってしまう人は年々増加している。
便利過ぎる社会は、人の心を窮屈にするのかもしれない。
物は考えようである。
「それにしても、人間をジャックなんて。そんなこと可能なんですかね?」
「そうね。私以外に可能な人物がいたなんて意外だわ」
新谷に質問したつもりが、一つ向こうの古川が身を乗り出して答えてくる。
新谷は「瞳、おもい・・」などと言っているが、まんざらでもない様子だ。
きっと「重い」ではなく、「想い」の方が強いのであろう。
「あんなお店できたんだ!今度調査に行かなきゃ」
左折時に目に入った新オープンの喫茶店に、古川の心はいとも簡単に持っていかれる。
古川が自分から離れる形となった新谷は、心底寂しげな表情で口を開いた。
「人間をジャックか・・・。まあ、不可能ではないやろな」
「え?ほんとですか!?」
「ああ。IoHは脳の伝達信号を受信しとるからな。受信できるってことは送信も出来るわけや。そこには道が繋がっとるわけやからな」
当然といえば当然の話なのだが、現実として突きつけられると、とても怖い話に思える。
『便利』と『安全』は、反比例の関係にあるものなのだ。
「まあ、脳に信号を送るような通信権限は国が厳重に管理しとるし、人間が100億年かけても突破は不可能と言われとるからな。それが破られたとは考え難いが・・・」
振動音がやけに大きく聞こえる深夜のバス車内。
時間が時間なだけあって乗客は片手で数えられるほどだが、その全員が俯いたまま一言も喋らない。
東京タワーまでの長くもなく短くもない道のり。
古川の元気な独り言だけがバス車内に響いていた。
「いやあ。改めて見るとやっぱし高いなぁ」
綺麗にライトアップされた東京タワー。
後続の建物たちの影響もあり、以前よりも存在が薄れたようにも感じるが、真下から眺めるとそのスケールに圧倒されてしまう。
「うー。気持ち悪い・・・」
「なんや瞳。バス酔いか?」
「うー。翔気持ち悪いよ」
「俺やないよな?俺が気持ち悪いとちゃうよな!?」
車内ではあんなにはしゃいでいた古川が、人が変わったように大人しくなっている。
新谷の肩を借りてなんとか歩いているが、あっちにこっちにフラフラだ。
「それにしても、目的地に着いたのに何も言ってきませんね。もしかして場所が違ったんじゃないですか?」
「うーん。やっぱりそうやったか・・・」
何故か悔しそうな表情を浮かべる新谷は、古川を連れて東京タワーの入り口へと歩いていく。
「ちょっ、待ってくださいよー」
そんな新谷の言動に疑問を覚えながらも。ゆっくりとした足取りの先輩たちの後を、僕は慌てて追いかけた。
「なんやて!?」
チケットカウンターの前に設置された5台のエレベーター。
右の三台は展望台まで直行するのだが、左の二台は展望台へ続く階段までしか運んでくれない。
そして、5台のうち展望台に直行する3つだけ。階層を表示するパネルには、『メンテナンス中』と大きな文字で書かれていた。
「先輩。どういうことですか?」
「えーとな。管理局から送られてきた図の中に『視線は高く、目線は低く』ってあったやろ。あの『目線は低く』ってのは基数変換のことやったんやけど、『視線は高く』ってのは『展望台まで上れ』って意味やったんや」
頭の後ろをポリポリと掻きながら、僕でもわかるように丁寧に解説してくれる新谷。しかし、その表情はどこか優れない。
「なるほど。それでエレベーターが使えないってことは・・・階段で上るしかないですね」
「階段やて!?」
古川の事以外ではいつも冷静な新谷が、まるでこの世の終わりのような、絶望に満ちた顔をしている。
そのリアクションに違和感を覚えた僕は、新谷に尋ねることにした。
「先輩もしかして『高所恐怖症』なんですか?」
「くっ・・・その通りや。エレベーターだけやったら目瞑ってなんとかなるかと思ったんやけどな。そういうわけやから俺のことは置いて・・」
「階段で上るのね!やったー!私前から一度挑戦してみたかったの!」
さっきまで元気の無かった古川が、人が変わったように「さあ、行くわよ!」と、嫌がる新谷の手を引いて左端のエレベーターへと向かう。
「瞳!?嘘やろ?勘弁してやー!!!」
必死に抵抗する新谷だったが、高所への恐怖からか力が全く入っておらず。
未知の体験に魅かれた、惹かれた女の子に手を引かれて。
新谷は地上から150メートルの高さへと続く階段に、導かれていった。
「ちっ。なんでこっちは開いとんのや・・・」
「さあ行くわよー!」
古川の掛け声と共に、僕らを乗せたエレベーターがゆっくりと上昇していく。
必死の抵抗も虚しく終わってしまった新谷は、ボソボソと文句を言いながら、何やら作業をしていた。
「だめか・・・。誰や、エレベーターごときをこんなセキュリティ高く設計したやつは。許さんで」
どうやらメンテナンス中の方のエレベーターにハッキングを試みて、失敗に終わったらしい。
確かに、展望台まで行けるエレベーターだけメンテナンス中というのは不自然だ。
嫌がらせのようにも感じるが、きっとなにかしらの理由があるのだろう。
「さあ、着いたわよ」
ドアが開き、エレベーターから降りて少し歩くと『メインデッキ行き階段』と書かれた階段にたどり着いた。
「ほんとに上るんか?」
「当たり前でしょ!」
古川を先頭に、展望台へと続く階段を上っていく。
段数にして約600段。時間にして約15分。
結局、新谷が外の景色に目をやることは、一度もなかった。
「案外楽だったわね」
「はぁ・・はぁ・・。先輩元気すぎ・・・」
すっかり息の上がった男2人とは対照的に、息一つ乱さず爽やかな表情の古川。
体力面から見ても、やはり彼女は宇宙人なのかもしれない。
「見なさい!!人が生ゴミのようよ!!」
「『生』をつけると妙に生々しくなるので、やめてください」
疲れた様子の一切見えない古川が、ガラスにへばり付き物騒なことを言い出す。
『ゴミ』と呼ばれると生まれる感情は「怒り」や「悲しみ」だが、『生ゴミ』だと「畏怖」の感情が勝ってしまう。
人間を『動く肉塊』としか捉えていないような、サイコパス的な思考を想像してしまうからだろう。
「翔も見なさい。いい景色よ!」
「あー、そうやな。めちゃめちゃ綺麗やなー」
ガラスの向こうの景色には目もくれず、そっぽを向いたままの新谷が見ているていで答える。
古川はそれに気づかずに、子どものように目を輝かせながら夜の東京を見渡していた。
僕も景色を楽しもうと歩みを進めた、その時。
「あれ・・・?」
急に視界にノイズがかかり、目の前の景色が書き変えられていった。
次の瞬間。さっきまで真っ暗だった外の景色が、何故だか急に明るくなっていた。
先ほどまでとは打って変わり、展望台はたくさんの人で溢れていた。
「どうしたー。もしかして怖いのか?」
「こっ、こわくないもん」
ガラスから数歩下がった位置から、東京の街を見下ろす1人の少年。
その背丈から考えて5歳くらいだろうか。
強がって見せてはいるが、その小さな足は小刻みに震えていた。
「それならこれでどうだ!」
「ぱぱ!?」
少年の父親が、少年の股に頭を入れて持ち上げる。
肩車された少年はさらに高くなったことで、恐怖から目を閉じてしまった。
「目をあけてごらん」
父親に言われ、恐る恐る少年が目を開く。
「あれ、こわくない?」
「そうだろ。人は大きな変化を見た後では、小さな変化に気づかないものさ」
「ふーん」
わかっているのかいないのか。少年は不思議そうな顔で景色を眺めている。
「そろそろ次行かない?」
「そうだね」
少年の母親が声をかけ、父親が少年を肩から床に降ろす。
『恐怖』から『興味』に変わった景色に後ろ髪を引かれながら。
少年は両親に両手を引かれて、展望台を後にした。
少年の足の震えは、いつの間にか止まっていた。
「ほんま堪忍してやー!一生のお願いや!!」
「ダメよ!観念しなさい!!」
新谷に景色を見せるため、古川が新谷の瞼を無視やり開こうとしている。
いかにも新谷が喜びそうなシュチュエーションであるにも関わらず、本気で嫌がっているところから考えるに、新谷の高所恐怖症は重度のものなのであろう。
「一体なんだったんだ・・・」
さっきの映像は幻だったのか。
どうやら新谷や古川には見えなかったようだ。
このことを、2人の先輩に相談するべきか悩んでいると、
『こちらはIoH管理局です。古川瞳様。新谷翔様。今山守様。第一の試練クリアとなります』
管理局から第一の試練突破のお知らせが届いた。
「どうよ?綺麗だったでしょ!」
「あかん・・死ぬかと思ったわ・・・」
新谷の瞼がこじ開けられたのと同時であったことから、展望台からの景色を目に映すことが、クリア条件だったのだろう。
新谷には申し訳ないが、古川の行動は正しかったと言える。
まあ、本人に自覚はないのだろうが。
『第一の試練クリアに伴い、第二の試練の内容をお知らせします』
相変わらずの抑揚のない合成音で伝えられた第二の試練は、これまた意味の分からないものだった。
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