ヒトノインターネット

にわか

第1話 時代遅れのオカルト部


「今日は宇宙人よ!」


まるで今日の献立を伝える母親のように、凡人には理解不能なことを言い出す先輩女子。


昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り終わるよりも前。

一年教室の僕の席に忽然と現れたかと思うと、意味のわからないことを言い出し、ただでさえ目立つ胸をさらに主張するように腕を組み、自信満々な態度で僕の反応を待っている。


「・・・は?」


そんな彼女に僕が返したのは、不満混じりの疑問の声だった。


「なに、聞こえなかったの?宇宙人よ。う・ちゅ・う・じ・ん!!」

「いや、だから何?」


まるで全ての非が僕にあるかのように大きな溜息をつき、「やれやれ、これだから最近の若い奴は・・・」と呟きながら、僕と同じ制服を着た女子高校生が大げさに肩をすくめる。


「宇宙人っていうのはね、地球以外に住んでいる生命体のことよ。まあ、地球も宇宙にある星の一つであるから、私たち人間も一種の宇宙人であるといえるわね。最近の研究では・・・」


一体いつ息をしているのだろうかと不思議に思うくらいの早口で、丁寧に説明をしてくれているが、僕が望んでいる情報は何一つ得られない。


このモードに入った彼女を止められる人間を、僕はこの世で1人しか知らなかった。


彼が来るまでの間。通学時にコンビニで買っておいたおにぎりでも食べながら、彼女のことでも紹介しておこうと思う。


古川 瞳(ふるかわ ひとみ) 高校2年 B型。

僕の一つ上の先輩であり、僕も所属しているオカルト部の部長だ。

彼女を一言で表すなら『好奇心の塊』。

気になったことをそのままにしておくことをなによりも嫌う性格であり、都市伝説と呼ばれる類のものが大好物である。

そして、1人の人類を除き、人間と意思疎通ができないという致命的な欠点を持つ。



「やっぱりここやったか!」


教室のドアが乱暴に開かれ、額に爽やかな汗をかいたイケメン男子が、メガネのレンズ越しに僕たちを捉え、肩で息をしながら距離を縮めてくる。


先輩女子の時とデジャブを感じる先輩男子の登場を、僕は演劇でも見ているような気分で、おにぎりを食べながら眺めていた。


「瞳、昼飯の時間や。食堂に行くで!それと・・・結婚しよう!!」

「でたわね、宇宙人!成仏してくれる!!」


颯爽と現れたエセ関西弁のイケメン男子に向かって、どこから取り出したのか真っ赤な数珠を両手で擦り、「成敗!」と叫ぶ古川瞳。


イケメン男子のさりげない愛の告白など、彼女の耳には全く届いていない様子だ。


「・・ぐはっ。許さんぞ・・にんげん・・・。結婚しよう!」

「はーはっはー。世界の平和は私のものだ!」


息が合っているのかいないのか。独特の世界観を放つ寸劇は、僕を置き去りにして感動のクライマックスを迎えていた。


劇の内容は凡人の僕には到底理解のできないものだったが、食べ進めていたおにぎりがおかず部分に辿り着き、僕はささやかな幸せを梅干しと同時に噛み締めていた。


「それで何の話しとったんや?」

「宇宙人だよ!」

「なるほど、今日の夜に宇宙人を召喚するからオカルト部のみんなに集合して欲しいってわけか」

「なんでわかるんだよ!?」


危うくおにぎりを喉に詰まらせそうになりながら、古川瞳の宇宙語を易々と翻訳してみせたイケメン男子に思わずツッコミを入れてしまう。


「そりゃあ幼馴染やからな」


得意げにずれていないメガネをクイっとするイケメン男子。

その様はとても絵になっており、僕が女なら惚れてしまいそうだ。

もちろん先ほどのような会話を聞いていなければの話だが・・・。


「結婚式はいつにしようかー?」

「ダイエット中だからカツ丼にしようかな!」


とびきりの笑顔でイケメン男子の求婚をスルーする古川瞳。

それにめげた様子を一切見せず「カツ丼はカロリー高いからカツカレーにしとき」と、イケメン男子が的の外れたアドバイスをしている。


イケメン男子と呼び続けるのも癪に感じてきたので、このあたりで彼の紹介もしておこう。


新谷 翔(しんたに かける) 高校2年 AB型。

古川瞳と同じく僕の一つ上の先輩で、オカルト部の副部長だ。

彼を一言で表すなら『残念なイケメン』。

その抜群の容姿から女子の人気は高いが、彼の古川一筋の姿勢はこの学校では周知の事実であり、直接アタックするような子は滅多に現れない。

それでいて、古川本人には全く響いていないのだから残念としか言いようがないのである。


「漆黒がこの世を闇へ引きづり込む刻、世界を見渡せる塔の上で君たちを待つ」

「深夜12時に学校の屋上に集合やね。りょーかいや。鍵は俺が開けとくわ」

「うむ。苦しゅうない」


2人の先輩の異世界語漫才が終わったことを確認し、おにぎりの最後の一口をお茶で流し込む。


「ということは、今日は2人でデートってわけですね。先輩、頑張ってください」

「デート!?ってことは結婚やな!!??」


恋する乙女のように体をよじらせる残念なイケメン。


「じゃあ、僕はこれで」


先輩2人に一応声をかけ、食べ終わったおにぎりの袋を捨てるていで、逃げるように席を立つ僕。


「まった!」


新谷の面白い光景に一切見向きもせず、2人の間を通ろうとした僕の手を、古川瞳が慌てて掴んだ。

そして、疑いを知らない子どものような顔で彼女はこう続けた。


「なに言ってんの?3人で行くに決まってるでしょう」

「「ですよねー」」


仲良く同じタイミングで溜息をつく男2人。


こうして、唐突な恋愛イベントに喜ぶ新谷翔と、面倒事に巻き込まれずにすんだという僕の淡い幻想は、古川瞳の一言によってあっけなく壊されたのだった。



2人の先輩によって生まれた、季節外れの温帯低気圧が去った教室は、異様な静けさに満ちていた。


教室にいるのは僕を含めて5人だけ。

残りの生徒は食堂にいるか、そもそも学校に来ずに『仮想登校』しているかのどちらかだろう。


ヒトノインターネット。

通称IoHと呼ばれる技術が世に認知されてから早10年。


その普及率は95%を超え、今ではIoHがない生活は考えられないほどだ。


IoHとは、その名前から分かるようにヒトをインターネットに繋げる技術のことであり、一昔前のモノのインターネット、通称IoTの人間バージョンのようなものだ。


位置情報をリアルタイムに反映し、視覚情報と共有することで、目的地までの経路を現実世界に投影してみせたり、情報の共有が端末を必要とせず、距離を問わずに行えたりと、様々な場面で活用されている。


また、血圧や脈拍などといった健康情報を常時自動で取得することで、異常があればいち早く検知が可能であり、病気の早期発見にも有効に働いている。


そんな技術の進化に伴って、教育の現場も変化を見せた。


情報の取得が容易になったことで、従来の暗記をベースとした指導方法は見直しを余儀なくされ、知識を活用する力を身につけさせるものが増えていった。


それに合わせるように、髪の色や制服の着こなしを指導するような校則は多くの学校で撤廃され、生徒の自主性を尊重するのが主流となっていった。


その最たるものが『仮想登校』であり、その名の通り実際に学校には登校せず、自宅からネットを通じて授業を受けるスタイルのことだ。


遠方に住む生徒や、学校という空間が苦手な生徒は、無理して学校に通う必要がなくなったというわけだ。


23『あれが噂のオカルト部か』

4『この時代によくやるよなwww』

11『てか、部長可愛くね。まじタイプだわー』


仮想的な教室であるチャット欄に、仮想登校中の生徒の一部が先ほどの感想を打ち込んでいる。


匿名ということもあってか、その内容は人間の本音に近いものが多い傾向にある。


同じクラスの生徒でありながら、僕はこの人たちの顔も名前も知らない。

知っているのはコメントの左に表示される出席番号のみだ。


生徒の個人情報は以前よりも厳重に管理されるようになり、今教室にいる生徒にしても、住所はおろか名前すら知らない人もいる。


生徒の電話番号をクラスで共有していた時代もあったそうだが、今となっては考えられない話だ。


11 『あいつも部長目当てなのかなー?』

8 『なに言ってんだ?副部長だろ!』

11 『そっちかーwww』


僕を話題とした聞きたくもないやり取りが、インターネットを通じて脳内に直接響いてくる。


こちらの姿は見られているのに、相手の姿が見えないというのは、いつまでたっても居心地の悪いものだ。


「嫌な時代だ・・・」


誰に聞かれるでもない独り言を漏らし、なにかを拒絶するように、僕はIoHの設定をミュートに変更した。



「ただいま」

「おかえりなさい。まもるくん」


学校から帰って来た僕を、美味しそうな料理の匂いと優しい声が迎えてくれる。

声の主は僕の母親であり、その声色からは包み込むような優しさが溢れ出していた。


「夕飯の準備できてるから、手洗っておいで」

「はい」


母の言葉を素直に聞き入れ、廊下の奥にある洗面所へと向かう僕。


蛇口をひねって水を出し、手を洗ってうがいをし、ついでに顔も洗う。


ジャー


下を向き、目を瞑っていることで、水が洗面台を打ち付ける音がやけに大きく聞こえる。


キュッ


目を閉じたまま慣れた手つきで蛇口を止め、洗面台の左側に掛かっているはずのタオルを手探りで探し、手に取る。


「・・・誰だお前」


タオルで顔を拭き、ひらけた視界の先には、優しい母とは似ても似つかないぶっきらぼうな男が鏡に映っていた。


僕は幼少期の記憶がおかしい。

覚えていないわけではなく、変なのだ。


自分が知っている2人とは違う顔の両親。

今住んでいる家とは違う部屋の風景。

そこで幸せそうに笑う幼い自分。


その記憶のせいもあり、僕は今の家庭が偽物のように感じる時があるのだ。


「まもるくんまだー?」

「今、行きます」


タオルを掛け直し、両手の人差し指で広角を上げ、無理矢理に笑顔をつくって台所へと向かう。


仮面の文字通り、仮の面を引っさげて。



「「いただきます」」

「・・・いただきます」


父と母と僕の家族3人で食卓を囲み、夕飯をいただく。


唐揚げにサラダに漬物に味噌汁。

美味しそうなおかずがたくさん並ぶなか、僕が最初に口にしたのはご飯だった。


白米は僕の大好物であり、目標だ。


おかずに合わせて上手にサポートする引き立て役でありながら、自分ひとりだけでもその存在を遺憾無く発揮する。


それは僕が憧れる理想の人物像そのものだった。


僕は白米のような男になりたい。


「まもるくん、美味しい?」

「おいしい・・です」


僕の答えに笑顔を浮かべる母。

その顔は一見嬉しそうだが、少しの寂しさのようなものが垣間見えた。


きっと、僕の他人行儀な言葉遣いが、親と子の心の隙間を感じさせたのだろう。


どうやら僕は、白米とはほど遠い人間らしい。


『まもるー。ちょっといいかー』


ヒトノインターネットを通して話しかけてきたのは、新谷翔だった。


『なんですかー』

『今日の夜やけどな、12時丁度に始めんといかんらしいから、少し余裕もって来てくれるか?』

『やっぱりそのことですか・・。それって僕も行かないとダメですかね』

『瞳がそう言うんやからしゃーないやろ。コンビニの高級おにぎり奢ってやるさかい来てーやー』

『はー。しょうがないっすね。塩おにぎりもお願いします』

『了解や。ほな、あとでな!』


そこで通話は途切れ、僕は結局オカルト部に参加することになってしまった。


「今日の夜ちょっと出かけて来てもいいかな?」


お腹が程よく満たされたタイミングで、念のため確認をしておく。


「あら、めずらしいわね」

「たまには部活に顔出さなくちゃいけないから」

「・・そうね。もちろんいいわよ」


母の許可を貰ったことで用のなくなった僕は「ごちそうさまでした」と、一言残して席を立つ。


「まもる」


自室に戻ろうとした僕を、父親の一言が引き止める。


「・・・気をつけてな」

「・・・はい」


ぎこちない会話を最後に、台所を後にした僕は自室へと向かった。



「はやい!時間ぴったりじゃない!!」


伝令通り12時前に学校に着いた僕に、古川瞳はなぜかご立腹の様子だ。


「なんで怒ってるんですか?時間ぴったりならいいじゃないですか!」

「宇宙人召喚なんて非常識なことしようっていうのに、常識ある行動してどうするのよ!」


一理あるような無いような古川の物言いに、僕は呆れて言葉を失う。


「まあまあ。幽霊部員のまもるくんが来てくれたんやさかい、よしとしようや」


古川の後ろで何やら作業に取り込んでいた新谷が、ポケットから棒付きの飴を取り出し、古川の顔の前へ突き出す。


差し出された飴をパクッと口に咥えると、怒っていたはずの古川は人が変わったように大人しくなった。


「なんやこの可愛い生き物は!?結婚しよ!!」

「・・・」

「相変わらずの無視!けどそれがたまらんわー!」


美味しそうに飴を食べるオカルト部部長と、その姿を見て興奮する副部長。


そんな2人と知り合いと思われないために、幽霊部員の僕はあからさまに距離を取った。


「・・・バキッ。時間よ」


残り少なくなった飴を噛み砕き、三度雰囲気の変わった古川がくるりと回転して学校を目指す。


「先輩、この時間に学校に入って大丈夫なんですか?」

「心配あらへんで。鍵はハッキングしておいたし、監視カメラにも細工しておいたさかい、証拠は残らへん」

「普通に許可取ればよかったんじゃ・・・」


古川に続いて不法侵入を試みる新谷。

僕も覚悟を決め、2人の後をついて行く。


この行為が、大事件に巻き込まれる原因になるなど、夢にも思わずに。



「先輩はいつ頃着いたんですか?」

「ん。確か6時くらいやったかな」

「6時!?」

「瞳の活動を全力でサポートするんが、未来の夫の務めっちゅうもんやからな」


学校に侵入し、屋上へと続く階段を上るオカルト部員たち。

昼間と違い、異様に静かな学校は少し不気味だが、新谷のおかげで明るさの問題は全くなかった。


というのも、本来学校の電気は下校時間を過ぎると自動で消灯するようになっているのだが、新谷の手によってその設定は無効になっていたのだ。


どこで覚えたのか知らないが、新谷翔は機械の類にめっぽう強いのだった。


「さあ、地獄の門がついに開かれるわよ」


後ろに続く男2人の会話など気にもせずに、古川瞳が屋上の扉を自分で開く。


「っ!?すごい風!これも宇宙人の仕業ね。やってくれるじゃない!」


初めて来た学校の屋上は想像よりも狭く、周りには転落防止の網が張り巡らされていた。


それにより少し窮屈なイメージを受けたが、古川の言葉通りに強風が吹き荒れており、これから何かが起こることを暗示しているように思えた。


「さあ、早速準備に取り掛かるわよ!諸君例のものは持ってきたかしら?」

「もちろんや!」

「はい。一応持ってきました」


各々持ってきた鞄から何かを取り出し、部長に献上する。


新谷翔の手には『サンドイッチ』。

僕の手には『サンタクロースの人形』が、それぞれ握られていた。


「・・・はあ。なによあんたたち。もしかして私をバカにしてるの?」


強風によってなびく髪を抑えながら、呆れたように言い放つ古川。


ここに来る直前。部長から『3』にまつわる何かを持って来るように頼まれた(命令された)のだ。


「ギリギリに言う先輩が悪いんでしょ」

「俺としたことが瞳の期待に応えられへんなんて・・・」


屋上の床に四つん這いになり、大げさに嘆いて見せる新谷。

その横に置かれたサンタクロースの人形が、彼を慰めているように見えた。


「そういう先輩は何を持ってきたんですか?」

「ふっふっふ。よく聞いてくれたわね。これよ!」


自信満々に古川瞳が鞄から取り出したのは、新鮮な生の『さんま』だった。


「・・・さんま?」

「・・・さんまやな」


いきなり現れた新鮮な秋の味覚。


絵に描いたようなドヤ顔で出してきたのだ。『さん』が名前に入っているからなんて単純な理由ではなく、凡人には想像もつかない深い理由があるに違いない。


「どうしたの驚いて?もしかして知らないの秋刀魚?」

「いや、そうじゃなくてですね・・・」

「わかったわ!他の魚は漢字で書くと一文字であることが多いのに、秋刀魚は三文字も必要なことに疑問を覚えたのね!とてもいい質問だわ!まずは秋刀魚の語源からだけど・・・」

「はあ・・・」


どうやら秋刀魚を持ってきたのは、僕らの想像通りの理由だったらしい。

いや、もしかしたら秋刀魚に関する博識を披露したかっただけかもしれない。


「ちなみに魚へんに秋と書くと鰍(かじか)という別の魚になるから注意が必要よ」


おそらくこれからの人生で役に立つことはないであろう豆知識を最後に、古川の長い演説は終了した。


「そういえば、なんで『3』にまつわるものが必要なんですか?」

「私の好きな数字だからよ!!」


これでもかと言わんばかりに胸を張り、強風に負けないくらい大きな声で言い放つ古川。

僕の本当の疑問はたった一言で済んでしまった。



「これで準備完了よ」


サンタクロースと秋刀魚とサンドイッチを中心に置き、それらを崇めるように囲い、お互いに顔を合わせる形となったオカルト部。


荒れ狂う風に、意味ありげな供え物に、特に意味のないであろう陣形。

その絶妙な意味のわからなさが、気味の悪さを加速させていた。


「いい。私が合図をしたら「トオル・アイシテタノニ・サヨナラ」と連続で唱えるの。そして、日付が変わるタイミングに合わせてジャンプよ。わかった?」

「はいはい。もうなんでもいいですよ」

「りょーかいや!」


半ば投げやりな僕と、ノリの良過ぎるエセ関西人。

宇宙人を呼ぶための呪文というよりは、別れ際の恋人の会話のように聞こえるが、もう細かいことは気にしないことにした。


「ああそうだ。宇宙人は電波に拒否反応を示すから、IoHの電源は切っておくこと!」


言われるがままに電源をオフにする僕と新谷。


普段はつけっぱなしであることが多いIoHだが、プライバシーなどの理由から自らの意思で切ることもできるのだ。


電源を切るのが久しぶりだったからか、インターネットに繋がっていない身体はいつもよりとても軽く感じた。


「よし、始めるわよ」


どこから取り出したのか、古川がアナログの時計を供え物の近くに置き、いよいよ宇宙人召喚の儀式が始まった。


「「「トオル・アイシテタノニ・サヨナラ トオル・アイシテタ・・・」」


取り憑かれたように呪文をくりかえす3人。

真面目にやっていると頭がおかしくなりそうなので、僕は無心で呪文を唱え続ける。


呪文の効果かは定かではないが、ただでさえ強かった風がさらに強くなった気がした。


そして、中央に置かれた時計の針が一つに揃ったその時、


「「「サヨナラ!!!」」」


呪文もキリよく終わり、僕たちは風に乗るように力の限り跳んだ。


「「「・・・・・・・・」」」


圧倒的沈黙。


なにかを予感させるような雰囲気を醸し出していた強風も、何故かぴたりと止んでいた。


日付の変わった屋上には、愚かな地球人が3人いるだけだった。



「いたっ。なんやねん」


学校を離れ、近くのコンビニにやってきたオカルト部一同。

いつもは自動で開いてくれるはずの扉が開かず、新谷が頭を打ちつけていた。


「翔ったら存在が薄いんじゃないのー」


ゴン。


新谷を嘲笑しコンビニに入ろうとした古川も、仲良く頭をぶつけてその場にうずくまる。


「IoHの電源がオフだからじゃないですか?」


ヒトノインターネットの電源を入れ直した僕だけを、2人には無愛想だった自動ドアが優しく迎え入れてくれた。


「そうやったな」

「くっ。一生の不覚だわ」


後に続く2人の先輩をみて、僕はちょっとした優越感に浸った。



コンビニも時代に合わせて変化している。


24時間営業であるが故のブラックな労働環境や、バイトの若者がSNSで炎上行為を行うバイトテロなどの問題を受け、無人で営業を行うスタイルが一般的となった。


品出しは機械が行い、会計はインターネットを通じて自動で決済される。

そのため、人間が行う作業は最小限となり、バイトを雇うコンビ二は随分と少なくなった。



「それにしても何がいけなかったのかしら・・・。わかったわ!きっとサンタの髭が苦手だったのね」


ぶつぶつと独り言を言っている古川をよそに、僕は今回の報酬であるおにぎりをどれにするかで悩んでいた。


「高級梅に高級昆布だと・・・。非常に悩ましいぞ・・」

「どっちでもいいさかい、はよしいやー」


2つのおにぎりを手に取り、見比べる。

どちらも高級と名乗るだけあって、凛々しい佇まいだ。


「先輩はどっちが良いと思います?」

「私は肉まんが食べたいなー」

「なんやて!よし肉まん2つや!!」


肉まんが入ったケースが開き、そこからほかほかの肉まんを2つ取り出す。


「じゃあ僕も梅と昆布どっちも買ってくださいよ」

「それはダメや」

「なんでですか!先輩だけずるいです!」

「瞳は特別やからな。それに塩おにぎりもいるんやろ?」

「あ!そうだ」


高級梅おにぎりを元の棚に戻し、新しく塩おにぎりを手に取る。


高級おにぎりが並ぶ棚の隅に申し訳なさそうに置かれていた塩おにぎりは、かつての僕のようで少しだけ切ない気持ちになった。


「なにしとんや、おいてくでー」


僕の様子に気づき、自動ドア付近でこちらに手を振る新谷。


「すみません。今行きます!」

と返事をし、2人の先輩の元へと駆け足で向かう。


その時にはすでに、先ほどの暗い気持ちはどこかへ消えていた。



「なんだこのおにぎりは!?噛みごたえのある昆布と柔らかめの白米が食感に緩急を生み、塩と昆布のしょっぱさが互いに互いを高め合っている。これが巷で噂の高級おにぎりか・・・。リピ確だな」


新谷に奢ってもらったおにぎりを夢中に頬張る僕。


コンビニ近くの公園にやってきたオカルト部一同は、ベンチに横一列に腰掛け、夜食を頂いていた。


「そんな美味しそうに食べてくれると、こっちも奢った甲斐があるってもんやで!」

「そうね。私もしゃぶしゃぶはポン酢よりゴマだれ派だわ」


新谷翔はサンドイッチ、古川瞳は肉まんをそれぞれ食べている。

ちなみに僕はポン酢派だ。


「三刀流奥義!三・百・世・界!!!」


急にベンチから立ち上がり、口と左手に肉まん、右手に秋刀魚と、不恰好な三刀流姿を披露する古川。


秋刀魚は名前がそれっぽいので百歩譲ってまだわかるが、肉まんは無理があるだろ。

それと、三百は肉まんと秋刀魚のおおよその合計金額であると推測できた。


僕も新谷には劣るが、古川の宇宙語翻訳スキルが上がってきたように感じる。

ちょっとした危機感を覚え、決して新谷のようにはならないようにしようと密かに誓った。


「この刀も歴戦の戦いで刃こぼれがひどくなってきたわね」

「ん?いらんなら俺にちょうだいや」

「素人に刀を渡すわけ・・・いや、そなた武士を志す者ね。いいわ。大事に使いなさい」


古川が言葉巧みに邪魔になった秋刀魚を新谷に手渡す。


「ちょっとまてや。これってもしかして瞳からのプレゼントっちゅうわけか!?」


新谷は騙されているなんて夢にも思わず「家宝にしよう!」と、自らの鞄に生の秋刀魚を入れた。


私物が生臭くなるなんて僕からしたら地獄でしかないが、新谷には古川からの贈り物ということの方が重要らしい。


一方、古川は何事もなかったかのように2つ目の肉まんをおいしそうに食べていた。


本当に変わった先輩たちだ。

と、心底思いながら、僕は高級昆布おにぎりを食べ終え、塩おにぎりに手を伸ばした。



締めの塩おにぎりも食べ終わり、満足した僕は先ほどから感じていたちょっとした違和感を2人に投げかけることにした。


「先輩。何か変じゃありません?」

「失礼やな。瞳はともかく、俺はまともで頼れる先輩やろが」

「そーだよ!翔はともかく、私はジョーシキジンでしょ!」


新谷の言い分はまだしも、古川のは論外だ。

彼女を表すなら『常識人』や『地球人』よりも、それこそ『宇宙人』の方がしっくりくる。


「いや、そうじゃなくて。ほら・・・」


と、視線で公園の方を見るように促す。


「・・・たしかに、変やな」


僕の視線の意図に気づいた新谷が、違和感に気づき疑問の声を漏らす。

ちなみに古川は僕の意図に気づかずに、何故か星を眺めていた。


時刻は12時30分頃。


深夜ということもあり公園が静かなのは当たり前なのだが、その静かさが少し異様なのだ。


向かいのベンチに座るカップルと、ブランコに座る二人組の男。

さらには公園周りの通行人。


周りにいる人間全員が、一言も喋らずに俯いているのだ。

それは魂を失ったゾンビのようで、不気味という言葉がぴったりな光景だった。


「あっ!流れ星!!」


遠い宇宙の出来事に星のように目を輝かせる古川。

急な大声に僕と新谷は思わずびくっとなる。


しかし、公園内に響き渡るようなボリュームであったにも関わらず、僕たちの他に反応を見せる人はいなかった。


「どうなっとんや・・・」


いつもの余裕を感じない先輩の声に不安が高まる。


「宇宙が私のものになりますように。宇宙が私の・・・」


いつも通りのもう1人の先輩の声に安心を覚える。


懸命に無謀なお願い事を繰り返す古川だったが、流れ星は遠の昔に銀河の彼方に消えていた。


『この声が聞こえている選ばれし人間の皆様。初めまして。こちらはIoH管理局です』


「なんや!?」


脳内に直接語りかけてくる機械じみた合成音。

静寂の中での突然の出来事に、新谷が思わず素っ頓狂な声を上げる。


『突然ではありますが先刻95%以上の人類をジャックさせていただきました。人間の皆様におかれましては、これより私どもの支配下となっていただきます。しかし、それでは面白みに欠けるため、人類解放のための試練をご用意させていただきました。もちろん参加は自由です。挑戦の意がある方のみ当局に申請を行ってください。才溢れる者の挑戦を心よりお待ちしております。では』


IoH管理局を名乗るメッセージは、そこで一方的に終わった。


「人類をジャック?人類解放の試練?一体何を言ってるんだ??」

「なんやえらいことに巻き込まれたらしいな・・・」


古川以上に意味のわからない言葉の数々に、僕の頭は許容量を完全にオーバーしていた。


愉快犯のいたずらと思いたいところだが、ゾンビのようになった人たちを目の当たりにしたことで、いたずらと言い切れない自分がいる。


新谷にしても、整った顔の奥に焦りのようなものが見て取れた。


「選ばれし人間・・・。これも才能ある者の定めね」


そんな中、いつもの調子を崩さない古川の発言のおかげで、僕と新谷の顔から緊張の色が徐々に薄れていった。


「それってまさか?」

「そのまさかやな」


不安や期待など様々な感情が込められた声色。

見合わせる僕と新谷は、二人とも呆れたようで、それでいてワクワクしたような顔をしていた。


「オカルト部出陣!任務内容は『人類救出』よ!!!』

「「ですよねー」」


こうして時代遅れのオカルト部は、人類救出のための試練に挑むこととなった。

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