第6話 コロシアム、一戦目

 やはり、魔人という生き物とは分かり合えることはない。ルイはコロシアムのステージに立ちながら、改めてそんなことを考えていた。


 観客席の方をふと見ると、やれ、殺せと騒ぎ立てる魔人たち。興奮しすぎて周りの魔人と殺し合いを始める魔人たちもいる。


 娯楽のために命を懸けるなんて馬鹿げてる。命があるからこそ娯楽を楽しめるんじゃないのか、普通は。その価値観の違いに虫唾が走る。


 前を見据える。そこには一人の魔人。細身だが身長が高い。薄気味悪い笑顔でこちらを見つめている。その顔は何度も見た、戦闘狂の顔。戦いという娯楽のためには命も惜しまず向かってくる魔人という生き物の顔だ。


 ふと自分の手を見る。小刻みに震えていた。最近震えてばっかりだなと薄く笑ってしまう。ほんと、この世界に来てからすべてが変わってしまった。元人間にとってはこの世界はつらいよ。決して魔人の価値観と俺は交わることはない。だが、もう弱音を吐くのはなしだ。


 ……俺は人間界に戻りたい。たとえ居場所がないとしても、俺が魔人でも。そのためには、このコロシアムで何が何でも勝ち残る。


「はじめ!」


 号令が響く。こちらに走り出してくる魔人。その巨大な右手には魔力が集まりだしている。


「【魔具召喚】、つらぬけぇ魔槍!」


 暗い青色の魔力が長槍を形作り、両手に握られたそれを突き出し突進してくる魔人。


 武器を作り出す魔法は、魔人の基本的な技能の一つだ。作り出す武器は人によって様々だが、その性能は魔人の待つ魔力量や、魔力操作によって大きく変わる。


「【魔具召喚】」


 震える手に集まる漆黒の魔力。現れたのは、鍔もなく装飾もない漆黒の長剣。


 胸を狙って突き出してきた槍の一撃を大きく横に飛んで回避する。すると、回避した方向に向かって横薙ぎに振るわれる。


「だろうな」


 単純な攻撃だ。とルイは思った。魔界に来てから二ヶ月、さまざまな魔人と戦ってきた。それからすると、この魔人の攻撃は早い。だが、それだけだ。


「なぁっ!?」


槍の一撃をギリギリまで引きつけたところで、思い切りかがみつつ間合いを詰める。


 大振りな攻撃を仕掛けた魔人は、突然飛び込んできたルイに対応できない。


 ルイはそのまま長剣を構え、足のバネを活かし魔人の首に向かって突きを放つ。咄嗟に身を捻り回避する魔人。だが、避けきれず左耳が切り飛ばされる。


「くそがぁ! 【魔装】、ぶち抜かれろ!」


 魔人の基本技能その2、身体の部位を魔力によって変質させる魔法。【魔装】によって右手が太く大きくなり、トゲが生える。間合いを詰めたルイに対して強力な一撃を繰り出す。


「なるほどなあ」


 槍を持った相手が間合いを詰められる。それは致命的だ。だからこの魔人はその弱点を補うために腕を強化した。しかしそれは、槍の持つリーチという長所を手放すことになる。


 だから、ルイは魔剣を相手に向け、。魔力操作によって刀身を2倍に伸ばされたそれは魔人の首を貫いた。


 ボフ、という音を立てて魔人の体がチリになる。魔人から溢れ出した魔力はルイの体にまとわりつき、吸収されていった。


 魔力が体に馴染み、力が増す感覚。魔人は倒した魔人の魔力を奪い強くなっていく。


「やっぱり何も楽しくないな。命を奪うってのは」


 歓声が聞こえる。これだけの人数だ。めちゃくちゃうるさい。


 ふと観客席の中にひとつだけある、大きな部屋のようなところに目を向ける。そこには、アルとその主人、ソアラが椅子に座って観戦しているのが見えた。


「いいご身分だ。安全なところで高みの見物。さぞ楽しいだろうな」


 正直、彼の主人であるソアラのことは嫌いだ。出会い頭に殺そうとしてきたという点では、上級魔人のソアラと下級魔人たちは彼の中で同レベルだ。


 まだ、中級魔人であるアルやシルクのほうが品性があると思う。まあ、ソアラの配下となった今、そんなこと決して言わないが。


 そんなことを考えていると、アルが部屋の中からこちらに向かい、手招きしているのが見える。え、こちらに来いと?


「あいつに会うのやなんだよなあ……。また殺そうとしてこないだろうなあ」


 何気に、配下になってから初めて会う。主人に対して散々な言いようだが、一度植え付けられた印象は簡単には変わらない。例え目を見張るような美女であっても、内面が戦闘狂では台無しなのだ。


 ルイはステージを降り、彼の主人の待つ部屋まで歩いて行った。後には未だ鳴り止まぬ歓声が響いていた。


「入ることを許可する」


 部屋の前にたどり着くと、そう声が聞こえてきた。え、まだノックもしてないんだけど。どこかで見られてるのかと思い軽く見回すが何もない。少し怖くなるが、とりあえず扉を開けて中に入る。椅子に腰掛けたソアラの横顔と、その横に立ったアルが目に入る。


 あ、そうそう、一応跪いた方がいいのかな。無礼者とか言って殺されるのはごめんだ。


「貴様が私の配下となってから、一度も挨拶できずすまなかったな」


 ソアラがこちらを向いて言う。その顔は無表情のままだ。


「い、いや、その、滅相もありません」


 しどろもどろに返すルイ。まさか彼女からそんな言葉が発せられるとは思わなかった。もっとぶっきらぼうな態度をされると思っていたのだ。


「そうか、それではこれからも私の配下としてよろしく頼む」


「はっ、こちらこそ誠心誠意お仕えしたく」


 慣れない言葉は難しい。ただ、アルがうんうんうなづいているのを見るに、悪くはなかったようだ。


「貴様の願い……人間界に行きたいというものらしいな」


 自分の願いはすでに知られているようだ。アルが言ったのか?


「このコロシアムで勝ち残った暁には、必ず叶えてやろう。活躍を楽しみにしているぞ」


 自分に向けられた薄く笑った顔を見て、どきりとする胸に手を当てた。普段厳しくされる相手に優しくされると嬉しくなるという、あれか。


「恐るべき、上級魔人の人たらしテク……!」


「小声で言っているようだが、聞こえているぞ」


 呆れたように、半目でこちらを睨むソアラ。しまった、絶対聞こえない声で言ったのに。上級魔人は耳もいいのだろうか。


「失礼しました。嬉しいお言葉にテンションが上がってしまいまして。お許しください」


 予想外に人当たりの良いソアラに気を抜いてしまったが、失言だったかもしれない。


「まあ、よい。私の配下となったわけだからな。そのくらいの無礼は許してやろう」


 よかった。失礼だという理由で殺されてもおかしくない相手だ。さすがにそんな死に方はいやだ。しかし、やたらと機嫌がいいな。逆に怖くなってくる。が、こっちが素の彼女なのかもしれない。もしそうだったらかなり接しやすいのでそうであって欲しい。


 ルイは跪いたまま言う。


「必ずや、活躍をご覧に入れましょう」


 そして願いを叶えてもらう。そのためなら俺はこの地獄のような闘いに何度でも挑もう。すべては人間界に行くために。

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