第5話 戦うこと、その意味

 ソアラお嬢様の配下となったことで、屋敷の掃除係を任されたルイ。今日でこの屋敷に来てから10日経っていた


「くそおおお! 全然終わらねええ!」


 ルイは仕事に追われていた。分け与えられた掃除範囲だが、日を重ねるごとにだんだん増えていったのだ。多分最初は見習いということで少ない範囲を任されていたのだろう。今は初日と比べると、1.5倍ほどの面積に担当範囲が増やされていた。


「泣き言いってないで手をうごかすのだ! すばやくかつ丁寧に掃除するのだぞ!」


 ルイの後ろでぶんぶんとほうきを振るうシルク。そんなに振ったら埃が飛ぶだろと突っ込みたくなる。が、正直その元気もない。


「コーハイは仕事がおそいぞ。わたしなんか持ち場のお掃除を午前中には終わらすのだぞ。その他にもお仕事はたくさんあるのだからな!」


 ドヤ顔で言うシルク。彼女はこんな見た目だがこの屋敷では結構偉い立場についているらしい。きっと掃除以外にも重要な仕事を任されたりしているのだろう。


「ま、マジですか……。いったいどんなスピードでやってるんですかねえ? コツみたいなのを教えていただけると嬉しいんですがシルクセンパイ」


「うむ、それでは特別におしえてやろう。お掃除のコツは……」


「コツは……?」


 真剣な顔で、返答をタメにタメるシルク。ゴクリとのどを鳴らすルイ。いったい掃除のコツとは何だろう。少なくともルイよりも広い範囲を担当しているのだろう。それに、シルクが担当する部屋は尋常でなく綺麗だ。まるで新築のように。それを自分の2倍以上の速度でやるのは正直不可能に思う。まあ、手を抜きまくればできるかもしれないが、確実にシルクのほうきが飛んでくる。


 かっとシルクの目が見開く。タメにタメた答えが今シルクの口から発せられる……!


「いっっっしょう懸命に頑張るのだ。それもお嬢様のことを考えながら、愛情たっぷりそそぐのだ!」


 ばっと手を上に振り上げ、どや顔でキメるシルク。ばばーんという効果音が聞こえてくるような、見事なキメ顔。


「え、それだけ?」


 思わず口に出てしまった言葉で、シルクの顔が赤く染まっていくのが見える。あ、やべ。慌ててフォローを入れようとするが、時すでに遅し。


「むううん!」


 振りぬかれたほうきが目の前に迫る。ちょ待ってマジでそれきっついんだよあああ


「おや、ここにいましたかルイ」


 ほうきが顔面ギリギリで止まる。あ、あっぶね。ほんとにギリギリだ。


 廊下を見ると、歩いてくる人物がいる。アルだ。


「どうやら仲良くやっているみたいですね。安心しました」


「あ、アル様。そう見えます? 今まさに刈り取られるとこだったんですが、命を」


「ふっふっふ。面白いですね」


 面白くねーよ。この人知的で優しい人だと思っていたが結構脳筋だ。いやまあいい人なんだけども。


「えっと、俺に何か御用が?」


「ええ。今からコロシアムに行きますよ。試合が決まりました」


「へ、き、聞いてないのですが」


「今言いました。あなたはもともとコロシアムに参加するためにこの街にきたのでしょ? 逆に十日もお待たせしてしまって申し訳なく思っていたところですよ」


 にこやかに言うアル。前言撤回、この人いい人じゃない。確かにもともとはそういう話だったけどさ、もっとこう、前日に言っとくとかさあ!


「それでは行きましょうか。シルク、よいですね?」


「はい、アルさま」


 ぺこりとお辞儀するシルク。ほんと、俺への態度とは全然違うよなあ。おしとやかで、こうしているとまさにメイドだ。じっと見ていると、こちらを振り向くシルク。


「コーハイの仕事は今日は他のものにまかせるです。明日からまたしっかりお仕事するのだコーハイ」


 その顔が少し名残惜しそうだったのは意外だった。


 __________


 アルに連れられて屋敷を出た俺は、ソドムの街の中央にある大きなコロシアムに連れてこられていた。そこにはすでに大勢の魔人たちが集まってきている。


「すっごいっすね。こんな大きいんですか」


「ええ。ここらでは一番大きなコロシアムです。それでもいつも観客が入りきらないくらいですがね」


「へえー。娯楽に飢えてるんですねえ」


 大勢の魔人たちを見て、体がぶるっとする。まだトラウマは治っていないようだ。だが、隣にいるアルのおかげかこちらに近寄ってくる魔人はいない。


 アルの後をついて入り口へと向かう。途中、殴り合っている魔人たちがちらほら目に入ったが、努めて無視して歩いていく。


 コロシアムの中に入ると、すでに闘いが行われていて客席が湧いている。中は広かった。中心には円形のステージがあり、周りを階段上の観客席が囲んでいる。飾りっけはなく、石を削ってブロック状にしたものがいくつも積み上げられただけの武骨な作りだ。


「666連勝です」


「へ?」


 アルが突然言う。


「このコロシアムで666連勝すること。それがソアラお嬢様に願いを叶えてもらう条件です」


「666連勝て……そんなの無理じゃないですか。一度でも負けたら最初からやり直しなんでしょう?」


「いえ、やり直しなどありませんよ」


 くい、とステージを指すアル。そこでは試合の決着がつくところだった。一人の魔人の持った剣が、対戦相手の首を落とした。瞬間、黒いチリとなって消えていく。


「ここでの負けは死ですからね」


 ぞくりとする。一度でも負けたら死ぬ? そんな勝負を666回も行うなど、正気の沙汰ではない。


 というか、普通に考えて666連勝など無理だ。一体どれだけの倍率を生き残らなければならない。そして一体どのくらいの時間がかかるのか。


 正直甘く見ていた。ここで行われているのは純粋な殺し合いだ。そして、その勝者のみが願いを叶えられる。


 そして、魔人たちはそれを娯楽として楽しんでいる。参加する方もだ。自分が殺されるかもしれないのに、それすら楽しむなど。


「狂ってる」


「魔人にとっては普通の価値観です。魔界では強きものだけが生き残り、弱きものは死ぬ。このコロシアムで死ぬような者たちは、結局強きものではなかったということなのです」


「わからない。強い弱いとか、生きるのに関係がありますか? 力がなくても、何か他のことに楽しみを見つけて生きていけばいい。なぜそんな簡単なことができない!」


「魔人にとっては闘いが全てです。それ以外には価値を感じない。魔界では、弱さとはそれそのものが罪なのです」


「……っ! そんなの……、虚しいですよ」


 弱肉強食の世界。力がないものの存在が許されないなど、とても知恵ある者たちの価値観とは思えない。そんなもの、野生動物と変わらないではないか。


「私も、そう思いますよ」


 そんな魔人たちを見ていると、アルの存在は異質だ。あと、シルクも。闘い以外のものに価値を置き、ソアラに仕えている。だが、その異質さがルイにとっては親しみ深い。


「別に、あなたがこのコロシアムに参加したくないというのなら、無理に止めたりはしません。ソアラお嬢様の元で使用人として暮らせばいい」


 それはすごく魅力的な提案だ。こんな地獄のようなところで生き死にをかけた勝負をしなくても、あの屋敷での労働は楽しかった。少し厳しいが楽しいセンパイもいて、闘いとは無縁の仕事内容。正直、揺らぐ。だが。


「俺は、人間界に帰りたい。たしかにあの屋敷での生活は楽しかったです。でも、俺はやっぱり人間なんです。魔人にはなれない」


 あるいは、前世の記憶をもたずにこちらに生まれ変わっていればこのままソアラの使用人として暮らしていったかもしれない。


 でも、俺はあくまで人間でいたい。人間界に戻りたい。それなりの未練も残してきた。


「まあ、この姿で人間界に行ったところでっていう話にもなりますが、その時はその時。やっぱり、一回行ってみないことには諦めもつかなくて」


「そうですか。それもまた、あなたの選択です。尊重しますよ」


「ありがとうございます」


 アルに頭を下げる。この人には感謝しかないな。魔界に来てこの人には出会って無かったら、俺は今頃……。


「あなたならきっと、願いを叶えられますよ。健闘を祈っています」


「ええ、必ず」


 願いを叶える。無謀な挑戦というのは分かっている。666連勝なんて考えただけで気が遠くなる。もしかしたら1戦目で倒され、死亡なんてことも十分ありえる。


 でも、俺は必ず人間界に戻る。

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