第4話 やる気はとめどなく

「君には今日からソアラさまの配下となってもらいます」


 ソアラの使用人たちが暮らす別館の部屋の一つ、そこのベットの上で目を覚ましたルイの元へやってきたアルに告げられた言葉の意味が分からず、ポカンと口を開ける。


「どういうことです? 脈絡がわからないんですが……」


「ソアラお嬢様があなたを気にいられたようです。なので、配下にと」


にこりと笑う。いや、そんなことを急に言われても。


「お断りする、っていうのは……?」


 そう言った瞬間、ボンっという音とともに眼前を拳が通り過ぎる。その衝撃で、部屋の中に風が吹き荒れ、カーテンがはためきルイに掛けられていた布団が吹っ飛んだ。いやシャレじゃなく。目の前を通り過ぎていった死の気配に冷や汗をだらだらと流す。


「おや、虫が飛んでいました。危ないところでした、刺されたら大変なことになっていましたよ。それでよく聞こえなかったのですが、配下に加わっていただけますか?」


めちゃくちゃな殺気を放って言うアルに、ただコクコクと頷くことしかできない。


「それはよかった。ではこれからよろしくお願いします。ルイ」


 優しい笑顔でそう言うアルに頷き返す。アルも微笑みうんうんと頷いた。


「そこで、あなたに世話役を付けます。シルク」


「はい。わたしがシルクだ。これからキミをばしばし鍛えてやるので覚悟するように!」


 アルの横で立っていたシルクがふんぞり返ってルイに言う。


「おっふ、白髪ロリメイドとかマジすげえ。これは魔界に来なきゃ見られない光景だぼぶふぇえ!」


 シルクの手に持っていたほうきで顔面をひっぱたかれる。その衝撃でベットの角に後頭部を打ち付けたルイは、悶絶して転がり、ベットから落ちる。


「ぐおお……力つっよ、また気絶するかと思った……」


「シルクセンパイとよべい! わたしを甘く見るといたい目をみるぞ!」


「す、すみませんでしたシルクセンパイ」


「うむ、ゆるそう!」


 ふんぞり返って得意満面の笑みで言うシルクに、その痛みからほぼ土下座のような格好で謝るルイ。傍若無人な子供に振り回される大人の図にしか見えない。


「シルクはこの館の掃除部門を取り仕切っている責任者です。口の利き方には十分に気を付けるように」


 アルがそう告げると、ルイは鳩が豆鉄砲食らったような顔でシルクを見つめる。


「なんだ~?」


 シルクがジト目でにらみつけると、なんでもございませんとルイはすぐにまた土下座する。


「では、後は頼みましたよ、シルク」


「はい。しょうちしましたアル様」


 アルが去っていくと、部屋にはルイとシルク二人になる。アルが立ち去るのを見送ったシルクは、くるりとルイの方を振り向くと、ニマーッと笑ってこう言った。


「それではお仕事をはじめましょうか!」


 俺はソアラお嬢様の一撃を受けて、丸一日寝込んでいたらしい。起きたのは朝。ちょうど仕事が始まる時間だったのでそのまま仕事に参加した。


 控えめに言って、その後の仕事は過酷だった。まるで城のように広大なその屋敷を、隅から隅まできれいにしていく。この館にはメイドが20人ほどいるらしく、それぞれ役割を分けられている。掃除係は新しく入った俺を含めて10人。それぞれの持ち場は決まっているのだが、屋敷の10分の1の範囲を掃除するのですらめちゃくちゃ手間がかかる。おまけに少しでも汚れやほこりをとり逃すとシルクの手に持ったほうきでしばかれるのだ。その一撃ときたら、多分前世の俺だったら確実に死んでいるであろう威力……。


 あれ、俺脅されてしかたなくここで働くことになったんだけどな。なんでこんなブラック労働やってるわけ? 


 ただ、現状俺にはいく当てはない。魔界に来てから二カ月、ようやく文化的な生活をしている気がする。少なくとも、命を狙われながら過ごしているよりはよっぽど居心地はいい。


「シルクパイセン、どうでしょう?」


 そこは俺の掃除の持ち場の一つである大広間。パーティなど大勢が集まるときに使う部屋らしいが、その名の通りめちゃ広い。さきほどから何度も掃除し、何度もシルクセンパイに確認をもらっているが、そのたびにほうきの一撃をもらっている。これほどの面積をチリ一つ残さずというのはかなりの無茶ぶりだと思うが、確認のたびに汚れを見つけてくるシルクセンパイの目ざとさには恐れ入る。前世でも、ここまで徹底した掃除はやったことがないだろう。


「ううむ……。よし、合格をくれてやろう!」


「よっしゃ!」


 思わずガッツポーズをする。五度目にしてようやくオッケーをもらえたのだ。うれしくないはずがない。


「それじゃ、ほかの場所はまかせるぞ! わたしも自分の持ち場があるのでな!」


 どや顔でびしっと俺を指さすシルクパイセン。それドヤることじゃないよパイセン。ていうか。


「自分の持ち場があるのに俺の仕事についてきてくれてたんですか……? なんてお優しいんだシルクセンパイ!」


 見た目にはそう見えないが、この少女は館の掃除部門責任者であるらしい。決して暇なわけではないだろうに俺についてきてくれたその優しさが嬉しい。暇を持て余しすぎて俺を殺すために丸一週間ほど追いかけまわしてくれたあの魔人クソ野郎とはまるで天と地の差だ。ほんとに。あの時は、最後丸一日かけて殺し合いを繰り広げた末に崖から叩き落して倒したんだっけ。ギリギリの闘いだった。


「ふっふ~ん。もっと感謝するがいいぞコウハイ。ただ、コウハイに仕事をおしえるのもセンパイの仕事だからな! これからの働きでかえすがよいぞ!」


 ふんぞり返ったシルクのその顔に、天狗の鼻を幻視する。ほんとに表情豊かだなあ。コロッコロ変わるじゃん。


「ははあ、この御恩必ずや返せるように頑張ってまいります。必ずや!」


 冗談めいた言い方をするが、結構マジで感謝している。どこの馬の骨とも知らんこの俺に、ここまで親しく接してくれているということにもう感謝だ。というか、出会い頭に殺しかかってこないというだけでただの魔人とは一線を画す。俺にとっては。


「ところで、コーハイはソアラお嬢様にどうやって気にいられたのだ? なかなかないことなのだぞ、お嬢様の配下にしてもらうなど」


 すっと表情を真面目なものに変え、首をかしげながらシルクが聞いてくる。


「どうやって、って言われましても……。俺も目が覚めたら突然配下にしてくれるって言われただけで、何がなんだか……」


 本当に、俺が寝ている間に何があったのだろう。いや、気を失う前にしてたことといえば……


「そういえば、力を試してやるといってソアラ様に殺されそうになったんですけど、どうにか防いで生き延びたんです。もしかしたら、そこで生き延びたら配下にしてやろうみたいなことを考えたんですかね?」


「はっ」


 何言ってんだこのバカ。的な顔で鼻で笑われた。え、結構いい推理だと思うけど……


「ソアラお嬢様の攻撃をコーハイが防げるわけないです」


「いや、防いではないにしても生き延びたんですって」


「はっ」


 また小ばかにしたような顔で笑う。


「コーハイのかんちがいです。お嬢様は最初から殺すつもりのない攻撃をしたんです。じゃなきゃコーハイは生きてないです」


 やれやれという態度で言ってくる。そうかなあ、あれ結構ヤバイ一撃だったと思うんだけど、マジで勘違いなのかなあ。でも考えてみれば魔界の上位100人に入る魔人の攻撃を防いだっていうのもありえないかあ。シルクパイセンの言葉にがっくりと肩を落とす。


「まあ、それでもお嬢様に気にいられたっていうのはすごいことです。なんたってわたしたち中級魔人が束になってもかなわないのが上級魔人なんですから! ……だからコーハイ、きをおとすでないぞ!」


 口調の大渋滞だな。いや、もしかしたら俺に対する尊大な口調は主人の真似をしているのかな? だとしたらめっちゃ可愛いなおい。


「ははっ。お嬢様の配下になれたこと謹んで感謝致しておりますで候!」


 恭しく頭を下げる俺。どうやらこのかわいいセンパイとは仲良くなれそうだ。そんなことを思い、俺は次の持ち場の掃除をするために準備する。


「わたしがいなくてもちゃんと掃除するように! ちゃんとやってなかったらこうだぞ」


 ぶんぶんとうなりをあげながらほうきを振るシルク。それはほうきが出しちゃいけない音だ。


「ご安心を。この俺、ルイがこのお屋敷中を綺麗にして見せますとも!」


 意気揚々と次の仕事に取り掛かる。魔界に来て最初はどうなるかと思ったが、思ったより文化的な仕事ももらえて。これからもこの世界でやっていけるかもしれない。かつてないほどのやる気に満ち溢れた俺は、雑巾とほうきを手に、これからの生活に思いをはせる。


「よーし、やるぞお!」


 __________


 持ち場のすべての掃除が完了したころには精根尽き果て使用人たちの暮らす別館へとふらふらと戻っていた。もう日が暮れている。


「は、はは。なかなかやるじゃあないか。見くびっていたよ……」


所詮掃除。そんな俺の考えは、この広大な屋敷の掃除範囲の広さによって粉々に叩き潰されていた。単純作業の中にも数々の小技、細やかさがあって、なかなかどうして難しい。全力で取り組んでも、日が落ちるまでには終わらなかった。


 疲れでガタガタになった体に鞭を打ち、別館にある自分に与えられた部屋に戻っていった。

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