第3話 くそったれな世界で生きる理由

「試すか」


 上級魔人ソアラはそう言った瞬間、ルイの視界から一瞬にして消え失せる。


「ぶっっっっ」


 顔面にものすごい衝撃を受け、宙に浮かび上がる。すぐ目の前には様々な宝石のような輝きで彩られたシャンデリア。そこに激突する前にルイの体は停止し、落下を始める。


「うわああっ!」


 宙をかく手。下まで結構な高さがある。落ちたらケガじゃ済まないと、必死に態勢を整えようとするルイだったが、その体が床に着く前に襲ってきた衝撃によって今度は横に吹っ飛ばされる。


「おええええ!」


 魔人の体に胃袋というものが存在したら、きっと彼はその内容物を高級そうな絨毯にまき散らしていただろう。べっこりとへこんだお腹を押さえ、痛みを逃がすために必死にのたうち回る。


「お、お嬢様」


「黙れ」


 ルイを瀕死の状態に追い込んだソアラは、動いたことで顔にかかった赤い長髪を軽く払いのけながら、ルイを冷たい目でにらみつける。そのまま彼女はルイの元へと近づいてきて、押さえていた腹にもう一発蹴りを打ち込む。


「ああああ!」


 絶望的な痛みが襲ってくる。再び吹っ飛ばされたルイは、部屋の壁際におかれていた花瓶を粉砕して、そのまま壁に激突して止まる。あまりの衝撃に息もできず、意識が飛びかける。それを歯を食いしばり必死に耐えるが、絶え間ない痛みが全身を襲ってくる。それでも顔をソアラの方に向けると、そこには。


「マジか……」


 とどめとばかりに放たれた巨大な【魔力弾】。黄金の輝きを持つ魔力が渦巻き、きらきらと光る。そこに込められた威力は間違いなく致死のもの。


 ああ、俺はここで死ぬんだな。と諦めの境地に至るルイ。どうせ死のうと思っていたし、もし人間界に転生できたら御の字だ。転生できなくとも、魔界からいなくなれるというだけで今の俺にとってはうれしい。


 だが、ふと思う。ここで死んだとき、俺はどこに行くのだろうと。人間界でもない、魔界でもない。次は一体どこだろう。


 思えば、魔界に来てから今までいいことなんか一つもなかった。たった二カ月の間にいろいろなことが起こりすぎていた。人間界にいたときも、俺は結局何も成し遂げられず死んでしまった。全く。くそったれな人生だ。


 だからこそ、くそったれな人生がくそったれなまま終わるという事実に、怒りが湧いてくる。前の人生では何も成し遂げられなかったが、魔界に生まれ変わるという幸運を得ることができた。やりなおすチャンスをもらえたのだ。それを無駄にするなんて。


「もったいない、よな」


 自分の中に残っている魔力をかき集める。目の前の【魔力弾】に対抗するには明らかに足りない。ではどうするか。


「一点集中!」


 かざした手の前で漆黒の魔力が渦巻く。それは高速で回転しながら、まるで細長いドリルのようになっていく。


「生きていたら、俺は必ず人間界に戻る。魔人だろうが何だろうが、向こうに行って生きるんだ。」


 細く凝縮した【魔力弾】が放たれる。それは眼前に迫りつつあった黄金の【魔力弾】に当たり、貫く。


 それは、ソアラが放った魔力弾の中心を大きくえぐり取り、その威力を減衰させる。その穴から覗くのは、ソアラの少し驚いたような顔。


「ざまみろ、畜生」


 ルイのつぶやきは、威力を殺されながらも轟音を立てて直撃した魔力弾の音によってかき消された。


 __________


「ふむ……」


 ソアラはじっと右手を見つめる。そこに握られているのは漆黒の魔力弾。いや、「弾」というよりはもはや槍のようだ。といってもただ細長いだけではなく、らせん状にねじれている。なるほど、これによって回転を加えたときの威力を増したのか。だが、あの一瞬でここまで緻密な魔力操作をするとは……。


「お嬢様、彼は……」


 アルの言葉に、ルイという下級魔人の方を見やる。それは手足が焼け焦げ、気を失っていた。それの後ろの壁は内壁が破壊され、豪華さが見る影もない。ソアラは思わず顔をしかめた。


 実のところ、ソアラはルイを殺すつもりはなかった。放った魔力弾は確かに彼を死に至らしめるものであったが、当たる直前で消し去るつもりだったのだ。別に出会ったばかりの魔人を殺す趣味は彼女にはないし、部屋が壊れるようなことはしたくない。間違えて花瓶を壊してしまったことはショックだったが、上級魔人たる彼女はそれを顔に出すことはしない。まあ、イラついて思わず魔力弾を放ってしまったが……。


 その結果壁まで破壊してしまったことに軽く後悔するが、やってしまったものはしょうがない。まさか下級魔人ごときの攻撃で自分の魔力弾を破られ、ましてや反撃されるなど夢にも思わない。その攻撃を止めることに気を取られ、魔力操作が間に合わなかったのは仕方がないことだ。


「少しばかり力を試すつもりだったが、思わぬ収穫だな。面白い。こいつを私の配下に加えることを許可する。アル、はからえ」


「承知しました。お嬢様」


 深々と一礼するアル。ソアラは部屋の前に控えていた使用人を引き連れ、その場から去っていった。それを見届けたアルは、今までいた部屋、謁見室に向き直る。


 様々な宝石がちりばめられたシャンデリアからこぼれた光が、部屋の装飾に降り注ぐ。かけられたタペストリー、絨毯、玉座など布地が使われたものはすべて赤で統一され、真っ白な内壁との対比が荘厳さを引き立たせている。


 そこからしてみればあまりにも場違いに散らかった場所、ルイの方を見て少しだけため息を吐く。


「しかし、あの攻撃を防ぐとは……。彼の戦闘センスはなかなかに卓越しているのかもしれませんね」


 部屋の中ということもありかなり手加減してはいたが、それでもあの攻撃は下級魔人が保有できる総魔力を有に超えていた。ただの工夫のみで、魔力弾に込められた魔力量の差を凌駕したのだ。


「面白いことになりそうです。いつか彼も……」


「アルさま。お部屋のおかたづけにまいりました」


 そんな時、すっと現れたのはメイド服を着た少女。白色のショートヘアにホワイトブリムをつけ、人懐っこそうな笑顔でアルに話しかける。


「おお、シルクですか。ご苦労様です」


「いえ、お仕事ですので」


 ふふん。という感じで胸を張る。表情豊かだ。見た目は小学生のようだが、これでも中級魔人。それなりの年月を生き多くの戦いを勝ち残ってきた猛者であるのだが、せっせと部屋へ掃除道具を運ぶその姿を見るとなんだかほほえましく思えてくる。


「あれ、この方は……?」


 シルクは壁際に横たわるルイを見つけ、指先でつんつんとつつきながら言う。


「ああ、彼は今日から私たちの末席に加わることになった、ルイといいます。ちょうどいい、シルク、あなた彼の世話役になってくれませんか?」


「んん? この方はコロシアムにださせるために連れてこられたのではないのですか?」


「そうですよ。ですが、お嬢様が彼を気に入りまして。」


「ほーー。なるほどです。……それはおもしろいですね」


「ええ、面白いですね。それで、世話役になってもらえますか」


「それがお仕事であれば、よろこんで! では、センパイとしてお掃除のイロハを叩き込んであげましょう!」


 満面の笑みで手に持ったはたきを掲げる。


「しかし、お嬢様が気にいるなど本当におもしろい。彼は一体どこまでいけるのですかね」


 ルイを見ると、いまだ大口を開けて伸びている。アルとシルクの二人は互いに目を見合わせ、微笑んだ。








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