第2話 上級魔人ソアラ
はあ、はあ、と先ほどからずっとため息を吐いて歩いているのは魔人ルイ。
前世で不幸な事故により命を落とし、魔界に転生した男だ。
普通にしていれば整った顔と言えなくもない容貌だが、今の辛気臭い顔とヨボヨボと歩くその姿を見るとどうも情けなくなってくる。
彼の側頭部からは、金色の髪からとぐろを巻いて飛び出した2本の漆黒の角が生えている。
彼の前を歩くのは、執事の格好をした魔人アル。壮年のイケおじの見た目をしているが、実際の年齢はわからない。そもそも魔人に年老いるという概念があるのかが疑問だ。そうすると彼は生まれたときからイケおじということになるが、そんなことあるのだろうか。ルイは取り留めのない疑問を浮かべ、先ほどから感じている不安を押し流そうとする。
ルイは今、アルにつれられて彼の主人であるソアラという上級魔人が待つソドムの街へと向かっていた。
アルは先ほどからため息ばかり吐いているルイの方を見て、苦笑をしながら口を開く。
「ルイ様。そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。お嬢様は優しい方ですから」
「あ、いやあ……。緊張しているわけではないんです。上級魔人の人って、アルさんみたいな感じなんでしょう? 理性的に話せる相手ってだけで泣けるほど嬉しいですよ、俺。緊張しているのは、そうですね……自分の願いは本当に叶えられるものなのか疑問に思ってしまって。」
今まであってきた魔人は下級魔人だった。その事実をアルから聞かされた時は、正直ほっとした。全ての魔人があんな感じだとしたら、ルイは本当に人間界への転生を賭けた死を選んでいただろう。それを考えると、いかに上級魔人といってもアルのように理知的な人物ならばまだ気が楽だ。出会い頭に殺されかける体験を何度もすれば、大抵のことは些細なものに思えてくる。
ルイが緊張している理由はただ一つ。人間界に行きたいという自分の願いをアルの主人である上級魔人が叶えてくれるのか、ということだ。それに、もしそれが叶ったとしても自分は魔人だ。行ったところで何をするというのか。
「一つ訂正を。私は中級魔人です。上級魔人と呼ばれる方々は、この魔界に100人しかおりません」
「えっ、そうなんですか」
少ないなと思う。魔界は人間界の裏世界であり、広さは同じだ。人間界にはたしか国が200ないくらいだったはず。それを考えると、100人しかいない上級魔人は。
「総理大臣より偉いってか!?」
思わず頭を抱える。どうやら、今から会いにいく人物は自分が思っている何倍も何十倍も大物だったようだ。上級魔人イコールめっちゃ偉い人という図式が頭の中で完成し、急に緊張が襲ってくる。もはやガクガクと手が震え出す。戦闘狂だらけの魔人の中で、上位100人に選ばれる。それがどういうことか。
なんとなくわかる。めちゃくちゃに強いんだろう、きっと。
「ソウリダイジン? ああ、総理大臣。そうですね、そのようなものかもしれません」
アルが首を傾げながら言う。え、ちょっと待ってなんで総理大臣知ってるの。とルイは目をがん開きでアルを見つめる。
「知っていますよ、人間界のことは。たまに行っていますので。今の日本の総理大臣は……確かスズキという名前でしたか」
「え、いやいや、マジですか……」
アルが日本の総理大臣の名前まで知っている。その事実に体の震えが増していく。行けるんだ。ホントに。人間界へ!
「あなたの願いというのは……もしや人間界に行きたい、ということですか。総理大臣の存在を知っているということは、あなたも以前人間界に行ったことが? いや、下級魔人が行けるようなところでもないですが……。ふむ、なるほど興味深い」
アルさん、そんな目で僕を見ないでください。なんだか目が怖いです……まるで実験動物を見るような目でこちらを見てくるアルに思わず息を止めるルイ。優しい人だと思っていたが、やっぱり魔人は魔人なのか。中級魔人というだけあってもはや物理的な圧力を放つそのまなざしに、体の震えがぴたりと止まった。う、動けない。今まで会ってきた魔人たちがまるで子供のように感じるほどの暴力的な気配。これは殺される?
とその時、ふっと圧が和らぐ。
「いや、失礼。やはりあなたは下級魔人のようだ。力を隠しているわけでもない。疑って申し訳ありませんでした」
目の前で深々とお辞儀をするアル。なるほど、自分は疑われていたのか。まあ、そうだよな。向こうからしてみたら、どこの馬の骨かもわからない木っ端魔人を自分の主人の元へ連れていくわけだから、不手際があってはまずいわけだ。ましてやここは力がすべての「魔界」なわけで。少々荒っぽくなってしまうのも仕方がないというものだよな。
「い、いえいえ。人間界のことを知っているのはですね、実は前世の記憶というか僕が人間界にいたときの記憶があるんですよ」
「ほお、なるほどそれは納得です」
え、納得すんの。
「上級魔人の中にも人間だったときの記憶がある方がいらっしゃいますからね。かなり珍しいことだとは思いますが、あなたもそうであると」
謎が解けたとばかりにうんうん頷くアル。予想外にすんなりと受け入れられたことにも驚いたし、上級魔人にも元人間がいる? いったいどんな人なのか気になる。
そうこうしているうちにソドムの街が見えてくる。街を出てからそんなにたっていないはずなのに、なぜだか久しぶりに感じる。それほど濃い経験をしてきたのだろう。重い足を動かし、ルイとアルはソドムの街へと入っていった。
ソドムの街に入ってからは、何事もなく上級魔人ソアラのいるところまでたどり着いた。いつ襲われるか戦々恐々としていたルイだったが、みんなアルを見ると目を逸らして逃げていくのだ。その光景に戦慄するルイを裏目に、街の中をまっすぐ進んできた。
目の前には、巨大な城としか表現できないほどの広大な館。これは……予想以上に大変なことになったみたいだ。できることなら今すぐ逃げ出してしまいたい。ちらりとアルの方を見るが、返ってくるのは優しげな微笑み。その裏に、早く行けやという圧を感じたのは気のせいだろうか。だが、今更逃げようなんて思うのは遅すぎる。ルイは勇気を振り絞り、館の中へ一歩踏み出した。
館の中に案内されたルイは、そこで一つの芸術を見た。
それはこの世の美を凝縮し、一点に集めたような存在。
それは豪華な玉座に座っていた。だが、その豪華ささえも彼女の美を引き立たせる背景としか思えない。玉座の周囲にもきらびやかな装飾が至る所に施されているのだが、ルイにはそれが目に入らない。見つめるは、彼女ただ一点のみ。それほどに彼女は美しかった。
「入ることを許可する」
「はっ」
彼女は足を組み、頬杖をつきながらけだるげにそう言った。扉の前で深々と一礼したままだったアルは、顔を上げ彼女のもとに歩いていく。それを見たルイもまた、一度お辞儀をしてアルの後をついていく。そして彼女のもとまで来ると跪く。
「面を上げろ。発言を許可する」
尊大な態度で彼女、ソアラは言う。
「はっ。この度お嬢様の命を受け、一人の魔人を連れてまいりました。ルイという名の魔人でございます」
「ほう。ご苦労」
興味なさげにルイに目を向ける。その眼光には圧を感じる。
「ふむ、わからんな。見たところ生まれたての下級魔人のようだ。立ち振る舞いも洗練されていない。ただの有象無象だな」
散々な言われようだ。思わず顔をしかめそうになる。初対面だぞ。
「だからこそわからん。お前、このソドムの街で魔人100人を滅ぼしたようだな。生まれたての下級魔人にそんなことができるとは思えん。ある程度力ある中級魔人か何かだと思っていたが、そうか」
組んでいた足をすっと外す。玉座に手をかけ、おもむろに立ち上がった彼女はルイをその鋭い眼光で射抜きながら、こう言った。
「試すか」
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